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【400字の独りごと】 フェルメール

 フェルメール


 フェルメールの絵は優しかった。
 柔らかな陽光が差し込む窓辺で、ひとりの女性が手紙を読んでいる。ほんのりとピンクに色づいた頬、しっとりとした立ち姿。女性の手前に描かれたベッドカバーの質感は、こちらの指先にまでも伝わってくるかのようだ。全体的にあたたかな空気が滲み出ていた。
 ゴッホやピカソの晩年の作品にみられる、うねるような感情が、痛みを伴って観る者をはねよけるようなことは決してなかった。
 私は安心して、長い時間をフェルメールの絵の前で過ごすことができた。
 驚くことに、この優しい絵もその他の作品も、彼が描いたものはすべて緻密な計算が施されている。カンバスに収める構図を決める時点から、彼の計算は始まっている。
 より自然に、より完全に仕上げることが、フェルメールの目指した作風だ。自然と完全。一見矛盾しそうなこのふたつの要素が、彼の作品には見事に織り交ぜられている。
 私がもし同じ時代に生きていたならば、その神の如き手に直接触れてみたかった。

(2005年9月8日)

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