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TCGとDCG - カードゲームのデジタル化によるプレイ体験とゲームデザインへの影響

デジタルカードゲーム(DCG)はトレーディングカードゲーム(TCG)をデジタル化したゲームジャンルですが、紙のカードがプレイヤーに与える印象とデジタル化されたカードがプレイヤーに与える印象は、何となく違います。

この記事では、デジタル化による「何となくの違い」を掘り下げるとともに、成功したDCGがこの違いに対応しゲームデザインを変化させていることを解説します。

現金と電子マネーの違い

紙のカードとデジタル化されたカードの違いを考えるとき、参考になるのがクレジットカードや電子マネーだ。紙幣や硬貨などの現金と、銀行預金やプリペイドポイントなどのデジタル化されたお金にはどのような違いがあるだろうか。

博報堂生活総合研究所による「お金に関する生活者意識調査」によれば、20歳から69歳の男女のうち、「キャッシュレス社会にならない方がよい(反対)」と回答した人の理由上位が、「お金を使っている感覚がなくなってしまいそうで怖い」「使った感覚がない売買は湯水の如く金を使いそうで怖い」などの「お金の感覚が麻痺しそうだから」「浪費しそうだから」に分類されるものだった。

また、経済学や心理学においても現金はクレジットカードと比較して「支払いにより強い痛みを感じる」「消費額が少なくなる」「購入者は商品により強い愛着を示す」ことが知られている。

多くの人は現金とデジタル化されたお金に異なった感覚を抱き(恐らく現金を強く知覚し)、このことが行動にも表れると言えるだろう。

デジタル化されたカードとマナ

以上のことを紙のカードとデジタルカードに置き換えてみると、プレイヤーは紙のカードをデジタルカードより強く知覚し、ゲームのプレイ感も紙とデジタルで異なる可能性がある。この仮説を実際のゲームデザインと照らし合わせていこう。

まずTCGとDCGの違いとして注目したいのはマナシステムだ。

TCG・DCGにはカードを使用するときにコスト(マナ)が必要なゲームが多い。Magic: The GatheringなどのTCGではマナを生み出すためにマナ用のカードを使用するが、HearthstoneLegends of RuneterraなどのDCGではマナが自然に増加し、カードを必要としないシステムが主流になっている。

この理由について以前の記事では、

・DCG:カードを選択してマナにするのが煩雑
・TCG:マナの数を記録するためにカードが必要

と機能面から分析したが、今回はカードそのものに着目する。TCGでは紙のカードから強い所有感を得られるのに対し、DCGでは多くのカードを並べても紙のカードほどの所有感を得られない。

TCGの起源であるボードゲームは、点数をカウントするときに駒やカードなど実物のコンポーネントを使用する。モノポリーや人生ゲームの「お金」を使わずに所持金額を電卓に記録すると、手間は省けるがゲームは味気ないものになるだろう。

実物のカードを場に出す・手元に置く行為自体が楽しく、ゲームをより魅力的にする。一方でデジタルカードにこの力はない。マナにカードを使うシステムはデジタル化によって煩雑になるとともに魅力が減っており、廃止は必然と言える。

大変な方が愛着がわく

また、カードをプレイするときの労力も紙とデジタルで大きく違う。

現金はクレジットカードと比較して、支払いに強い痛みを感じ、購入者は商品に強い愛着を示すが、「支払いの痛み」を決める要因の1つに「身体的努力」があるとされている。

財布を出して硬貨を数えるのが最も身体的努力を要し、次いで財布を出して紙幣を数える、小切手帳を取り出し、金額と署名を記入する、財布からカードを出して提示し、サインまたは暗証番号を入力する、財布を出し財布からカードを出して提示する、(財布ではなく)携帯端末などのモバイル端末をリーダーにかざす、何もしない(で自動的に金額が引き落としされる)の順に身体的努力を要さなくなる。これらの身体的努力と支払いの実感度には相関関係があると考えられる。

季刊 個人金融 2018年冬号 - 支払い手段によって支払いの痛みは異なるか?
http://www.yu-cho-f.jp/wp-content/uploads/2018winter_articles07.pdf

マナを支払う労力や、カードを場に出す労力はTCGの方が大きい。そのためカードを使うことの苦痛が大きく、「商品」である場のカードに対する愛着も強くなることが予想できる。

こう考えるとHearthstoneのユニット戦闘システムが、Magic: The Gatheringと比較してユニットの生き残りにくいシステムであることも納得できる。
このシステムが採用されたのは、相手ターン中の行動を禁じてゲームを簡素化・テンポアップするためだろうが、デジタル化によるゲーム体験の変化とも合致している。

総じてTCGはカードを蓄え、場を増強していくシステムと相性が良い。それに対しDCGは、多くのカードを使い捨てることが許容されやすいと言えるだろう。

ランダム性と納得感

TCG・DCGの肝であるランダム性にも紙とデジタルによる違いがある。TCGのゲームデザインにおいてプレイヤーが納得するランダム性と、納得しないランダム性があることは開発者の間で以前から知られていた。

Magic: The Gatheringの開発者コラムによれば、「コイン投げ」や「サイコロを振る」は「技術に関係ない」ためプレイヤーから拒絶される一方、「山札のシャッフル」は受け入れられており、山札を利用したランダム要素(続唱)の人気も高い。

山札のシャッフルが受け入れられている理由は複数あるが、そのうちの1つが山札のランダム化(シャッフル)はゲーム開始前に行われ、そのゲーム自体がランダム化の結果に対応するものと見なされているというものだ。
いわばランダム化された山札はゲーム内のランダム要素ではなく、ゲームの前提条件である。

シャッフルされた山札のカードは実際に存在しており、山札の並び順は強い説得力を持っている。もちろん、これはプレイヤーの感じ方に過ぎない。カードの並び順が非公開情報である限り、上から順番に引こうが、山札の途中から出鱈目な順番で引こうが確率的な影響はない。
しかし、一番上のカードを引かずに途中のカードを引くことは「ズルい」と感じる人が多いだろうし、ゲームの途中で山札を不意にシャッフルされると不愉快に思う人が多いだろう。

山札が紙のカードの束のとき、その並び順にはプレイヤーに対する説得力がある。並び順がランダムかつ非公開であっても、実際にそこに存在してることが説得力となるのだ。
これはスポーツ大会の対戦組み合わせ宝くじなど、重大なランダム化を行うときに実物のくじやルーレットなどが用いられることとも合致している。

デジタルの山札

一方でデジタルカードの束であるDCGの山札には、この説得力がまったく無い。そもそもデジタルカードの「束」や「並び順」自体存在するか怪しい。

並び順が存在するためにはシャッフルのたびに山札内のカードの順番が設定され、記録される必要がある。各DCGが内部でどのような処理を行っているかは公開されてないが、このような処理を行うより山札に残っているカードから都度ランダムにカードを引いた方が簡単な処理になる。

この問題に自覚的なのがHearthstoneだ。あらゆるDCGのカードを引く演出は山札の上からカードを引くように見せているが、Hearthstoneだけは違う。

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画面右上のカードに注目してもらいたい。これは対戦相手がカードを引く瞬間を撮影したものだが、山札の途中からカードを引いているように見える。自然に作ると山札の一番上から引くのが普通の演出を、あえて山札のランダムな位置から引くように見せているのだ。

Hearthstoneの開発者は紙の山札が持つ説得力がデジタルカードの山札には存在しないことに気づき、演出でランダム性を明示した。それでは、この発見がゲームデザインにどのように反映されたか見てみよう。

ランダム性の削減

さきほども紹介したようにDCGのマナシステムはマナが自然に増加し、カードを必要としないものが多い。このシステムはMagic: The Gatheringなどのマナ用カードが必要なシステムと比べ、山札のランダム性の影響を受けにくい(TCG用語でいう「事故りにくい」)。使いたいカードはあるのに、マナ用カードを引けずにカードを使用できないことが起こらないからだ。

さらにHearthstoneには事故を緩和する要素としてヒーローパワーがある。ヒーローパワーはマナを支払うことで起動する能力で、使えるカードがないときの救済としてマナだけでできる行動が用意されている。

Hearthstone以後のDCGはこのように、事故りにくいマナシステムと事故を緩和するシステムが併用されているものが多い。

Shadowverseのエンハンス・アクセラレート(複数のコストとモードを選べるカード)、Legends of Runeterraのスペルマナ(スペル専用に持ち越せるマナ)などが代表例だが、極め付きはMagic: The Gatheringのオンライン版Magic: The Gathering Arenaで、このゲームの一部モードにはゲーム開始時の手札を操作して、「カード / マナ用カード」の比率をデッキ全体の比率に近づけるシステムが搭載されている。

MTG ArenaのBO1には従来とは異なる、初手のランダム化システムがある。(中略)2つのコピーされたデッキからそれぞれ初手を生成して、デッキの土地と呪文の比率に近い方の初手がプレイヤーに与えられる。(筆者訳)

https://forums.mtgarena.com/forums/threads/347

また、Arenaのリリース以降タイトル全体のデジタルシフトを加速させているMagic: The Gatheringでは、「相棒」という山札から引かなくても使用できるカードが登場した。

このシステムは似た展開が増えすぎる(ゲームのランダム性が下がりすぎる)ことから、アナログ側のプレイヤーを中心に否定的な声も見られる。しかし、TCGとDCGの両立が求められるMagic: The Gatheringが初手の操作や「相棒」などの極端なシステムを導入したことは、DCGにおける山札のランダム性の削減傾向を示していると言えるだろう。

ランダム性の移動

ここで注意したい点が、Hearthstoneは山札のランダム性の影響を引き下げる一方、カードの効果のランダム性はTCG・DCGの中で比較的高く保っていることだ。

ランダムなカードを手札に加える、ランダムなユニットを召喚する、ランダムにダメージを与える…このようなカードが多いのがHearthstoneの特徴だが、これらはMagic: The Gatheringで嫌われるとされる「ダイスを振る」に近い挙動だ。

デジタル化によりランダム処理を実行しやすくなったこともランダムカード増加の一因だが、紙のカードの山札が持っていた説得力がなくなったことから、山札に特権的に割り振られていたランダム性をほかの要素に移動させたと見ることもできる。

いずれにせよ、DCGにおいて山札のランダム性は削減される傾向にあり、山札のランダム性が担保していたゲーム展開の多様性をどのように担保するかは、DCGにとって重要な課題と思われる。

まとめ

以上のように紙のカードのリアルな存在には、

・場のカードの価値
・山札のランダム性への納得

を感じさせる力がある。
デジタル化されたカードはこの力に持たないためDCGは、

・場のカードの数が少なく
・1ターンにプレイするカードの枚数が多く
・山札のランダム性の影響も少ない

傾向にある。

山札のランダム性が下がったことにより、ゲーム展開の多様性がなくなるのはDCG共通の課題であり、ランダム性を別の領域に設けるか、ランダム性以外の要素でゲーム展開の多様性を確保する必要がある。

デジタル化・オンライン化の教訓

この記事で紹介したDCGの特性も、紙のカードの存在感を考慮して設定されたものばかりではない。場のカードの数はUIの改善が主な目的で、1ターンにプレイするカードの枚数は主にゲームバランスによって決まっている。

しかし、別の目的で設定されたシステムであったとしても、デジタル化にともなうプレイヤー体験の変化と「噛み合っている」ことは事実であり、この半ば偶然の噛み合いがHearthstoneをはじめとするDCG繁栄の一因であることは間違いない。今後開発されるDCGは、紙とデジタルの違いを認識した設計が求められるだろう。

筆者は紙のカードが優れているとは全く思ってない。ただ、紙のカードとデジタルのカードは似て非なるものであり、ゲームのデジタル化にあたっては形式的に移し替えるだけでなく、デジタル環境の特性にあった再設計が必要だ。

この教訓は、あらゆることのオンライン化が求められる昨今、特に重要になっていると感じる。形式的にデジタル化・オンライン化するのは簡単だが、体験をデジタル・オンラインでそのまま再現するのは困難だ。再現すべきは体験であって形式ではない。

デジタル・オンラインがどうしても再現できない体験は存在する。これこそがリアルの持つ威力だ。デジタル化・オンライン化が進むほど、リアルの威力は世に知れ渡ることになるだろう。

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