【エッセイ】現在形でのモノクローム

 土曜日が好きだった。とたけけに会えるからだ。
 僕が金髪美少女凄腕プロゲーマーなのは周知の事実だ。しかし、得意なゲームジャンルはあまり知られていない。結論から言ってしまえばACTとRPGなのだが、それだと話が進まないのでサンドボックスということにする。
 サンドボックスは良いジャンルだ。明確な目標やストーリーがなく、プレイヤーが自由に行動できる。例を挙げると『Minecraft』『Terraria』であろう。好き勝手に行動する(それこそ幼少期の僕らのような)子供にはピッタリのジャンルなのだ。
 小学生の僕は、そのサンドボックスの最たる人気ゲーム『とびだせどうぶつの森』なるゲームに夢中だったものだ(ここでインターネット老人会の語彙力を披露しよう。「アイカ村」「シャチパンダ村」「虫取り網で通り抜け」「くらいにちようび」)。
 簡単に説明すると、主人公がとある村(名前は自分で決められる)に引っ越したところ、なぜか村長にされるので、いっそ村を死ぬほど発展させて自己顕示欲満たそうぜ、という内容だ。
 コマンドーもびっくりのトンデモ導入なのだが、中身はしっかり面白い。カフェや占いの館、川を横断する橋まで作れたり(しかも住民の募金で建てられるぞ!)、村の条例を定めたりなど、割とガチで村長ができる。
 そして、この村長プレイは、万能感に満ち溢れた全国の小学生たちによって実行されるわけだ。あとはご想像にお任せする。
 ところで、『とびだせどうぶつの森』には「とたけけ」なる弾き語る犬が存在する。毎週土曜日の20時、ゲーム中にあるクラブ施設に行くと、かのとたけけに会えるのだ。そして歌を聴くことができる(無料だよーん)。それでいて、いちいち琴線に触れる曲ばかりなのだ。
 さあ、想像してもらいたい。『とびだせどうぶつの森』は2012年発売、当時のスマホ普及率は25%もなかったとされている。
 そう。当時の僕ら小学生には、動画サイトでとたけけの曲を聴くという発想がまるっきりなかったのだ。
 たとえるとしたら、みんなの親御さんだ。リビングのソファに座って、スマホで曲を聴きながら「昔はカセットテープでしか聴けなくて」なんて語っていたのを耳にしたことがあるだろうか。ある人、手を挙げて。あの感覚だよ。ない人は知らないもんねー。
 ともかく、僕はとたけけの曲が好きで、しかしスマホなんて持っていなかったから、毎週土曜日にクラブに通うしかなかったのだ。
 家族がホットプレートで焼肉を嗜んでいる間、僕はせこせこと3DSを起動して、とたけけに会いに行ったものだ。
 背が割れた攻略本を開いて、とたけけの曲リストをまじまじと眺めて、一度も聴いていない曲を最初にリクエストした。最初に選んだ曲はCDとして渡されて、蓄音機やスピーカーで聴けるようになるのだ。
 二曲目以降は好きな曲をリクエストした。『けけアイドル』『けけディスコ』『おさんぽ』『ほうろう』は外せないとして、あとは気分で『けけワルツ』も聴いた気がする。
 最後の曲は、決まって『くらいにちようび』だった。正確には、こんな物騒な名前の曲はゲーム中に登場しない。一種の都市伝説だ。あまり良い内容の話ではないので、ワザップとだけ伝えておこう。
 この『くらいにちようび』をリクエストすると、「こんな曲ないんだけどね」と、ごく普通の曲を演奏してくれる。毎度、毎度だ。それでも「今日こそ流れてくれねえかな」と、毎週土曜日に『くらいにちようび』をリクエストしていた。
 あの頃は、ゲームのキャラクターには心がこもっているのだと信じて疑わなかった。いつからチェスの駒のようだと思うようになったのだろうか。
 とたけけ以外にも、楽しめる要素が豊富なゲームだった。たとえば、南の島に行くと知らない人と会話ができる。アバターを介して言葉を交わすというのは、SNSに通ずるものがあったのかもしれない。事実、僕は毎日南の島に入り浸っていたのだから。
 両手で数えられないほどのフレンド(ゲーム内の呼称だ)ができたし、色々な人を僕の村に招いた。フレンドの名前だって、今現在、五人は思い出せる。
 最近、3DSのインターネットサービスが終了したらしい。ふいに顔も名前も知らないフレンドのことを思い出して、同時にとたけけのことを顧みて、今こうして筆を執っている。
 土曜日は人に会えないから好きではない。それなら、久々にとたけけに会いに行ってやろうと思う。僕の村、多分雑草でひどいことになってんだろうな。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?