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犬との生活

一年ほど前からYouTubeで見ているワンちゃんたちとそのご家族がいる。

「今日のルンルン」

グレートピレニーズのルンルンちゃんとアラン君という大きな犬と、2匹を見守る人間のお父さん、お母さん、お兄さん。

毎日見ていてとても癒される^_^
2匹ともとても表現豊かで、ご家族も沢山の愛を注いでいるのだなぁと感じることができる。

私は小さい頃と20年前に実家で犬を飼っていた。主飼い主は父だけど…。

2匹ともシェットランドシープドッグという、羊を追いかける犬種だった。父はこの犬種が好きだったんだと思う。どちらもお転婆な女の子だった。

ベル(1匹目)が来た時は可愛くて仕方なくて、夜泣きをするのでこっそり自分のベッドに連れてきて一緒に寝たりしていた。父にそれが見つかり、あっさり引き離されたけど…。

散歩の時に逃走を図ったベルは、田植え前の田んぼに自らダイブ。どろんこで帰ってきたことがあった。ベルの母犬をしばらく預かっていた時で、母犬含めて家族全員が「この子、お転婆すぎる」と思っていたに違いない。(母犬が、チーンとしながらどろんこの我が子を眺めていた姿が忘れられない笑)


犬が嫌いだった祖父母は、ベルに関してはものすごい可愛がりようだった。ベルの出産直前は、祖母がお産婆さんのように一生懸命マッサージをし、祖父は毎日ゲートボールに連れて行った。
4匹の赤ちゃんを産んでくれ、近所の人もみんな見に来てくれた。

祖母が亡くなる時に1番に気がついたのはベルだった。夜中にあんまり鳴くので不思議がっていたら、もうすぐ息を引き取りそうだと電話がなった。きっと祖母が先に帰ってきたことにベルだけ気がついたのだと思う。

そんなベルが亡くなった時、泣いたところを見たことがなかった祖父が声をあげて泣いたと母から聞いた。いつも一緒だった相棒を失った悲しみは相当だったのだろう。程なくして祖父も天国へと旅立った。


「また犬が来たよ」と母から写真付きでメールが来たのは、私がもう働き始めた頃だ。

リンは真っ黒な毛並みと小ぶりの体つきで本当に可愛かった。写真が私の手元に残ってないのが残念で仕方ない。

特に私の従姉妹がものすごく可愛がってくれ、暇さえあれば家に来て躾や芸を仕込んでくれた。

リンには人間の格付けがきちんとあって、
1位 お父さん(一番偉い人)
2位   お母さん(美味しいものをいつもくれる人)
3位 従姉妹と叔母(いつも遊んでくれる人)
4位 zoé(たまに帰ってくる、自分より格下な人)

という感じだ。

私がたまに帰省すると、モコモコの毛皮のくせに一番暖かいストーブの前を陣取り、近所の人がリン用に作ってくれた手編みのチョッキも着ていた笑。「人間かよ…」と思うほど色々と自己主張があり、私が寝ているとしばしば朝4時に私のベッドにあがって私を踏み倒していく。まるで「自分の方がこの家では偉いんだぞ」と言いたげだった。

リンが悪戯をしたので母が叱ったら、よほど不服だったのか母がトイレに入っている間に、抗議のようにトイレ前に粗相をしたこともある。

北陸でものすごい大地震があった時、腰を抜かしているリンを私が抱えて逃げたこともあった。

お父さんの車の音はどんな遠くからでもわかったり、「リン」なのに近所の人から「ベン」と言われて振り向きもしなかったり、従姉妹んちの犬を預かることになるとめちゃくちゃ怪訝な顔をしたり、行きたくない散歩は絶対行かなかったりと、言葉は発しないが言いたいことが私たちにはよく伝わってきた。

犬は人間よりも早いスピードで年をとるわけだが、リンもだんだんと白内障が進み、とうとう見えなくなってしまった。

怖がるリンを散歩に連れて行くのが私の仕事で、私が先に歩いてリンが後からとぼとぼとついてくる。
最初は怖がっていたけど、家族がリードすることでなんとか散歩はできた。

だんだんと認知症のような症状が出てきたりと、人間が老いるように犬も老いる。

最期の時、父を呼ぶように「ワン」と一声鳴き、父が口に水を少し含ませるとそのままスーッと息を引き取ったらしい。

お気に入り(だったかはわからないが嫌がってはいなかった)のあのチョッキを着て、今もベルの隣で眠っている。

犬がいることで私たち家族はそれぞれ何かしらの喜びを受け取ることができた。会話や笑いが増えたし、祖父に関しては運動の機会にもなった。勝手な解釈かもしれないが、ひっそり家族に寄り添ってくれてもいた。もちろん雨の日も雪の日も散歩はある。病気にもなる。犬を飼うって大変なことだ。だが彼女たちは間違いなく家族の一員だった。

出会いがあるようにお別れもある。こんな悲しいことはもう嫌だと、両親は犬を飼うことはなくなった。
父は犬に好かれる人なので、たまにご近所の犬と散歩に行ったりしていた。その子も父のことが大好きだった。

私は小さい時に犬に噛まれたり追っかけられたりして犬が苦手だったが、2匹のおかげで犬を好きになるきっかけとなった。

私の方がいつも格下だったけど、2匹とも近からず遠からずの位置で私のことを見ていたなぁと思う。「都合のいい人、おやつあんまりくれない人」という感じだったかな。私がリンに寄りかかってテレビを見ていると、めんどくさそうにたまに付き合ってくれた。

先にご紹介したルンルンのお父さんを見ていると、いつも一生懸命お世話していた父と重なるところがある。ルンルンのお父さんもペットロスを何度か経験しながら、今も大切に2匹をお世話している。

動物の命も大切な命。

命を預かるということは、最後まで責任を持って共に生きることなんだなぁとペットを飼ってみて思う。昨今行き過ぎた繁殖により、「災害級の動物虐待」という環境の中で生きていたワンコたちのニュースをみて、この記事を書こうと思った。


犬は商品なのかもしれない。だがそれ以上に1匹1匹が個性を持ち、意思のある命だ。

我が家の犬たちは、広い庭と家の中を走り回り、可愛がられ、犬生を全うした。厳しい環境下で救出された犬たちも、誰かを愛し、愛される犬生を送って欲しい。犬はただ「商品」を生み出す機械ではない。それは私たち買う側である人間も今一度考えなくてはいけないことなのだと思う。

「リーン!」と呼ぶと、いつも照れ臭そうに下を向きながら尻尾を振って歩いてきたあの姿が、いまも恋しくてたまらない。


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