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物語をリタイアする勇気

私はいくつかの強いこだわりを持っている。そのうちのひとつは「本を最後まで通読すること」だ。

これは小学生の頃から持っている不思議なこだわりで、どんなに返却期限ぎりぎりでもとにかく最後のページまで目を通してからじゃないと返却するところに気持ちを持っていけなかった。

ときどき当時の年齢にしては難解すぎる本を借りてしまい、あまりの理解できなさにリタイアすることはあったけれど、それ以外の場合は必ず物語のエンディングを見届けてきたつもりだ。


けれどもついに昨日、私は物語をリタイアする選択をし、まだ見ぬページがある書物を、積読の山から本棚へと移動させた。


うつくしい表紙に心惹かれて、どうしても新品で欲しいと思ってお金を貯めて買った本だった。
あらすじも何も知らない。ただ「読んでみたい」と思ったから家に連れ帰ってきた本。図書館でも本屋でも、私は同じ文芸書の選び方をする。

逆にいえばろくろくあらすじを読まないから、心の古傷をえぐるような本にも当たってしまうのかもしれないけれど。

読書という趣味に目覚めてからというもの、ずっと同じような本の選び方をしているから、自分が「どちらかというとファンタジー・謎解き系が好き」以上の好みの情報がない。
表紙が綺麗な本、本屋で目が合った本を手に取っている。逆にTRPGシナリオみたいに、読む前から作品の系統を把握して選ぶってできるものだろうか?


話を逸らしてしまった。

そう、TRPGの話も関わってくる。
「読み進めるのつらい……リタイアしちゃおうかな」という思いが頭をよぎったとき、最初は「もったいない」と思った。

表紙は大好きだし、新品で買った(つまり決して安くはない)し、なにより自分の20年間ほど守ってきたこだわりを曲げるのが我慢ならない。

でも、と思いついたのが、TRPGのこと。


小説と同等かそれ以上にネタバレに弱いTRPGシナリオは、プレイヤーの地雷(絶対に触れて欲しくない要素)を事前に避けるためにあらゆる方法が用意されている。

シナリオを通過する前には「地雷チェックシート」を使うことができ、通過中に「あ、これ無理かも」と思う要素にさしかかってしまったら「Xカード」を提示してKPに知らせるという制度もある。

ちょうど私も数ヶ月前に、自分がKPをするときに使ってもらえるようにとXカードを導入したばかりだ。


自分と、手の中にある本とをくらべて考えた時、自分がいわゆる「地雷」の渦中にいることは明白だった。Xカードを掲げるに足る。

もし私がこのシナリオのKPをしていて、プレイヤーがXカードを提示しようか迷っていたとしたら、すぐにシナリオをやめて「雑談しよ!」とか言い出すことだろう。少なくともシナリオをそのまま進行することは絶対にしない。もししたらなんのためにXカードを設けたのか分からない。

そうやっていろいろ考えた末、私はようやく自分のこだわりを曲げる決心がついたのだった。


まだ見ぬ物語の結末を、見届けられないのはとても口惜しい。

でも表紙が大好きで手に取ったものだから、本棚の仲間にして大切にとっておこうと思う。もしかしたら、いつか「続きを読んでみよう」と思えるようになるかもしれないし。

ならなかったとしてもそれはそれでいい。
うっかり自分に似合わない服を買ってしまうことがあるように、「好きな服」と「似合う服」が違う時があるように、「あ、素敵」と思ったものが必ず自分の心にやわらかくはまるものとは限らないと思うから。


私がこだわりを曲げられなかったら、無理して読み進めて私は私の心を痛めつけていただろう。

こだわりを曲げるという勇気を行使したことで、私は自分の心を守ったのだ。
それってすごく大事なことじゃないかと思う。

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