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四つ目の黒犬、ポチョ

かつて愛媛の山奥に、一軒家がありました。庭には小さな滝と池があり、そこでは曾おじいちゃんの大切にしている水彩模様の鯉達が優雅に泳いでいました。

その傍らに僕の大切にしていた小鳥達のお墓がひっそりと並び、記憶の中の裏庭ではいつも木々は生い茂り、それらは夜になるとなぜだか背丈が伸びて、恐ろしくなるのでした。

客人を招く為の家だったのか、家族で暮らすには広すぎて、隙間風も無いのに寒々しかったのを覚えています。そこで僕と弟は、靴のサイズが18cmだった頃の短い期間二人暮しをしていました。日中はそれぞれ別の学校へ。僕は、素敵なおばあちゃん先生が担任を務めるクラスに入ることができ、帰りのホームルームの時間には毎日1冊、日本や異国の絵本を読んで聞かせてもらいました。

ある日の帰り道、「振り向くとトイレの花子さんが追ってくる」という怪談を脳裏から振り払えずに、懸命に歩を進めていると、四つ目の黒い仔犬が彷徨っているのを見つけました。

ぬか喜びにならぬよう慎重に観察します。仔犬はどこかの飼い犬ではなく、様々な家の庭へ出入りを繰り返している模様。20分強経過した時点で僕は満を持してランドセルの中からせかせかと給食の残り物を取り出し、仔犬に接近しました。懐いてきたものの、抱っこしたりされたりするにはどちらの身体も見合っておらず、その上集中力が散漫な仔犬。惹きつけながらの帰り道は壮絶な戦いでした。

帰宅後、早速父に電話を掛け、四つ目の犬はインド神話では、人を死の国に連れていく役目を持つ偉大なる犬種だったのだからとても賢いのだと、何の信憑性もないプレゼンを意気揚々と試み、しかしその心は逡巡を露わにする父を想像していたのですが、父は至極簡単に心を打たれ、晴れて僕の仔犬となったのでした。

名前はすぐに思いつきました。数日前、先生が読み聞かせてくれたエジプトの絵本に出てきた働き者で人気者のヒトコブラクダ「ポチョ」。

当時、週末のみ父の家に帰る事を許されていたため、父は僕達を迎えに来る道中で首輪を買ってきてくれたのですが、繋いでおく紐を買い忘れ、その上家の中に置いてはいけないと言われたので初日から放し飼いです。
ポチョを自宅に残し、父の家へ出発。父と弟は焼肉屋ではしゃぐも、僕の心はボロ雑巾の如く。終いには号泣。紐を買い忘れた後ろめたさからなのか父は、「まだいるか見に行くか!」と提案し、自宅に戻りました。早速カーライトで門を照らします。・・・・そこには、微動だにぜずお座りして待っているポチョがいたのでした。

*写真は瑞葉ちゃん家の犬、とろろ。

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