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入管法改正、これは命の問題だ。難民当事者と向き合ってきた視点からの大きな懸念とは?

2021年、国会に提出された「改正入管法(出入国管理及び難民認定法)」というものが廃案となったこと、記憶にありますでしょうか?

それとほぼ同じ内容で、今月3月7日に再び閣議決定がされました。

入管法の正式名称は「出入国管理及び難民認定法」といって、難民に関わることのみを扱っているのではなく、日本に出入国する全ての人の出入国と、在留する全ての外国人の公正な管理、それから、難民の認定手続を整備することを目的に存在しているもの。

今回の改正の目的のひとつに入管は、
「不法滞在(非正規滞在)の外国人が入管施設で長期収容されている問題の解消、退去を命じられた外国人の速やかな送還」と掲げています。

「収容の在り方を見直す」とか「補完的保護の制度を創設する」という入管の文章に、一見、「ついに日本の入管法が改正されるんだね、大事なことじゃない?」とか思う人もいるかもしれないのですが、NPO法人WELgeeで、日々、日本に逃れてきた難民の方々と関わり、日本で人生を再建してゆくためのキャリアプログラムや事業を運営している立場では、特に難民に関わる部分について、今回の改正法への大きな懸念があります。

懸念;難民申請3回目以降の難民認定申請者が、祖国に送り返されてしまうかもしれない。


日本は、難民条約に加盟しています。難民条約には、ノンルフールマン原則というものがあり、現在は、難民認定手続中にある人は、一律に祖国への送還が停止される(送還停止効といいます)のですが、今回の改正では3回以上の難民申請者に関しては、送り返せるようになってしまいます。

これは何がまずいかというと「難民としての理由がある人が、きちんと難民認定してもらえてない」という状況にある日本では、祖国に戻ったら命の危険がある人たちを強制的に返すことになってしまうということなのです。

難民認定の審査結果が不認定になったとて、それでも祖国に帰れない人たちは、どうするかというと、もう一度、難民認定申請をする(再申請といいます)しかないのですよね。しかし、その多くがまた不認定になる。3回目の申請中の難民申請者、4回目の難民申請者も存在します。

ちょうど今月、同性愛者であることが理由で祖国で迫害されてきたウガンダ人が、日本で難民と認定されるニュースがありました。ウガンダでの同性愛は、最も重い場合は終身刑になります。

日本でLGBTQケースでの難民認定は4件目らしいので、ニュース自体は本当におめでたいもの。しかし、この方は審査の結果、一度は難民と認められず退去強制命令(帰ってくださいね)が出ていたのです。それがひるがえって、難民認定されたというニュースなのです。

今回の改正入管法ではこのように「難民認定審査で、誤って"不認定"とされてしまった人」が、2回目の再申請までは日本にどうにかいられるけれどそれ以降は、強制送還される可能性が高くなることに懸念の声が上がっています。


2021年に難民認定された人は74人。そのうち4人は複数回申請者でした。そして、難民としては認定されなかったものの祖国に戻ると危険がある等の人道配慮によって滞在を認められた人の20%が複数回申請者だったということです。(参照:NHK解説委員室「入管法改正 十分な審議を」)

ということは…
難民としての理由がある可能性のある人を審査する側の国が見過ごして、祖国に帰らせてしまったら?取り返しのつかないリスクが想定されます。

他にも今回の改正案には、「補完的保護」「管理措置制度」「送還忌避者の罰則強化」など、いくつも論点があるのですが、

参照:NHK解説委員室「入管法改正 十分な審議を」

では、なぜ入管庁は、個人にとってのこのような懸念があったとしても、この改正をしたいのか考えてみたいと思います。

入管庁側の意見、見解

以下が、入管庁側の意見・見方です。

ごく一部ではあるものの、"難民申請中は送り返されない"というルールに着目し、難民申請を繰り返すことで送還を逃れようとするケースがある」

「非正規滞在(不法滞在)の外国人が入管施設で長期収容されている問題の解消が必要」

「入管法に定められた退去を強制する理由(退去強制事由)に該当し、日本から退去すべきことになった外国人の多くはそのまま退去しますが、中には、退去すべきことが確定したにもかかわらず退去を拒む外国人(送還忌避者)もいる」

しかし、何度も何度も難民申請を繰り返さないといけない中で、日本でも受け入れられず、祖国にも帰れない宙ぶらりんの生活の中で、"不法滞在(非正規滞在)"状態になってしまう人たちがいます。

そのように在留資格がない両親のもとに日本で生まれ、生まれてこのかた非正規滞在になってしまっている若者たちがいます。

そして、長期収容されて衰弱しても帰国をできない人たちがいます。

「3回目も不認定をくらったら、強制送還の対象にしますよ」というのは、まずは国際水準で保護すべき難民認定をできるようになって、その上で言わないと、順番が違うのです。

さて、どうしたら、ちゃんと難民認定審査ができる国になれるのでしょうか?もちろん、難民申請をしている人、全員が認定を受けるものではありません。それは、他国の統計を見ても明らかです。認定率とは、難民審査の処理がなされた中で、認定された人の割合となります。

難民認定数の各国比較(2021年)

出典:認定NPO法人難民支援協会「日本の難民認定はなぜ少ないか?-制度面の課題から」

そもそも、難民申請をするのにハードルがある国もあれば、申請者の母数ももちろん違います。しかし、2021年の同年比較でも日本は0.7%。さすがに低すぎやしないだろうか?むしろ、この0.7%にはどんな人が入るのですか?!という質問もよくあります。

先進諸国とのここまでの乖離を見て、「そもそも本当に、保護すべき人を見つけられているのか?」「何か、この難民の審査の制度そのものに課題がないのだろうか?」というふうに、今回の議論が進まなかったのが残念です。

難民審査参与員という制度

2005年に導入された難民審査参与員制度という役割があります。
難民と認定されなかった外国人による"異議申し立て"に対して、法曹実務家、外交官やNGO職員、法律の専門家などの参与員が3人一組で、直接本人と接して口頭意見陳述や質問を行い、法務大臣に意見する制度です。

難民の分野で経験のある弁護士や研究者等も入っていますが、多くは、難民の専門家ではないメンバーで構成されています。外国で大使をした経験があっても、残念ながら難民の国際法上の地位についての専門家ではないのです。

入管庁の資料に、以下のようなものを見つけました。

入管発表資料より

「見落としている難民を探して認定したいと思っているのに、ほとんど難民を見つけることができません」

難民審査参与員発言


もちろん日本でも、他国でも、「難民申請者は全員、難民認定/保護すべきだ」というものではありません。そりゃそうです。そうしたら制度の存在理由がなくなってしまいます。

しかし、上記の参与員の発言は、普段、日本に逃れてきた方々と接する仕事をする私には不思議でならないのです。

2022年に、アフガニスタン人に異例の難民認定が出ましたが、それ以前にも日本に逃れてきていたアフガニスタン人は大勢いました。シリアから来た人も、ロヒンギャの人たちも、イランの人もコンゴ民の人も。

難民申請から7年経っても、まだ入管での面談にさえ一度も呼ばれてない人もいれば、迫害から逃れ、同時期に他国に渡った兄弟は皆認定されているのに、日本に辿り着いた自分だけが今もひたすら、認定申請を繰り返すしかないという人もいます。自分が難民認定されたら、今も祖国で危険な状態にいる子どもたちを呼び寄せたいというお母さんもいます。難民申請中に就労許可がなくなり、家族もいる中でどう生きていったらいいか途方に暮れるお父さんもいれば、迫害を恐れ、名前や顔を出しての取材には応えられない人もいます。

WELgeeのキャリアプログラムを通してMBAに通い、その後就職を果たしたアフリカ出身の青年。当局の迫害を逃れて日本にやってきた彼も、認定をずっと待っている。


10年ほど、この審査員を務めた、国際人権法の研究者・阿部先生は取材の中でこう語っています。

難民申請を審査をする法務省出入国在留管理庁は特に厳しくしているという意識はないのではないでしょうか。「日本に真性の難民はほとんど来ない」という意識が、本当に強いんだと思います。「本当の難民は適正に認定している」と。

朝日新聞デジタル


「認定したいと思っているのに、難民をほとんど見つけることができません」は、難民支援に携わる立場からすると、さすがに首をかしげてしまいます。よかったら、お連れしましょうか?という感じでさえあります。

ところで、勉強会の講師をしたり、報道番組のコメンテーターをしたり、メディアのインタビューを受けたりする際に、そもそも、よく聞かれる質問があります。それは、「難民申請者って、全員が本当に難民なんですか?」

「難民申請者って、全員が本当に難民なんですか?」

この入管法の改正案の提出前後には、より、この質問を受けることが多くなりました。これは、なかなかに難しい質問です。ただ、悪意のある質問でもなければ、率直な疑問のこともある。触れている人、関わっているコミュニティ、得ている情報によっては、この率直な疑問を抱く日本の人たちも多いのではないでしょうか。

難民申請の繰り返しが、「政府のいう"濫用"」なのか、それとも、「支援者のいう"国際水準からはほど遠い難民認定制度のしわ寄せ"」なのか。誰に聞くかで、全く異なった答えが返ってくるのが現状だと思います。

特に、この外国人を巡るトピックは、日本が、労働力不足からの外国人労働者の呼び込みを政策にしてきてから(技能実習制度や特定技能制度)、閉じられていた移民政策(外国人政策)が、一般の人の目にもよく触れるニュースになってきました。そこに総務省の多文化共生の推進、高度人材ポイント制、ウィシュマさんの入管での死亡事件、ロシア軍のウクライナ侵攻、逃げ出す技能実習生の人権侵害に関するニュース・・・

「難民申請者って、全員が本当に難民なんですか?」という質問は、難民支援に携わる人にとっては、正直、どきっとする質問でもあります。年末、自分なりに整理をしていました。

ここからは個人的な見解で、所属団体の統一の見解ではありません。自分の中でも明確な提案にはまだ至っていない部分もあります。しかし、前提を揃えて話をしよう、ということを試みたく、その上で、今回の改正についても考えてみたく、書いています。

さて入管のいう「難民申請者が、難民認定をくり返す」についてです。
当事者や当事者を支える支援団体にとっては、上で表した色付きの部分の人々(広義の難民)の存在を指すことが多いです。

迫害、紛争、政治的混乱など命の危険から逃れてきた人々が、その危険のある祖国に強制送還されてしまうことは、絶対に許容できるものではありません。

ところが、「難民申請者が、難民認定をくり返す」について、入管が何とか祖国に返すという対応をしたいのは、グレーの部分に分類される人たちなのです。

難民としての理由がないにも関わらず「難民申請」を日本に在留するための手段として使用し、送還を拒否する人たちのことなのです。この人々を対象にして「送還忌避罪」を作り、どうにか送還したいというのが今です。

さて、この様々な人が混在する「難民申請者」をめぐってですが、いったんどのくらいのボリュームの話をしているのでしょう。

2021年の統計を参考に、数値を置いてみました。

ただ、「処理数=審査された数」「認定数」「在留を認めた数」は入管庁の公式発表からわかるのですが「日本政府は難民認定しないが、国際水準では難民といえる可能性」のある人たちの人数は、正確にはわかりません。

ただ、難民認定制度に関して経験豊富な弁護士によると「本来は認定されてもいい人が難民申請者のうち20%くらいはいるのではないか」という見解でした。そうすると、そこから74人と580人を引いて、約2,000人くらいと考えられます。

さて、そうすると「難民としての理由はないが、在留を望んだ結果、難民申請した人」が約10,000人ほどいることとなります。

ここの人たちが「難民申請を、日本に滞在するための手段として使う」という状態にあるならば、制度を見直して、ルールを厳しくしたくなる入管庁の気持ちもわからなくないでしょう。

「本当の難民が少ないじゃないか!」と思う方がいるかもしれないが、仮のこの数値で難民認定率を出してみると、約19%。

難民認定数の各国比較(2021年)

出典:認定NPO法人難民支援協会

先ほどの表で見てみると、ドイツが25%、フランスが17%なのだから、そんなにおかしな数字ではないはずです。むしろ、このくらい認定できないと、国際水準にはなれないかもしれません。

しかし、ここで今問題になっているのは、例え、上記に示したグレーの部分の人たちを送還できてミッション達成になったとしても、同時に、黄色のところに分類されるはずの人たちまで帰国させてしまうことになることが人権的には大変なことだということだ。「送還忌避問題」の解決のために、難民申請者を強制送還できるようにすることは違うのです。

これは命の話

これは命の話です。
そして難民条約に入っている日本の話です。

「全部、入管が決めます」というブラックボックスが、あまりにも多くなっていないだろうか、司法も立ち入れない、家族も立ち入れない中で、収容されていた人の命が絶たれたことを、国連から勧告を受けていることを反映しているか?申請者のインタビューに弁護士の立ち会いが認められないままでいいのか?などが問われています。
どんな人にも、どんな機関にも判断の絶対はありません。
逮捕の判断も、死刑の判断もそうです。だから、収容するか否かに司法の判断が差し込める余地を作ったり、第三者によるチェック機能を設けたりすることが求められています。

「対案がない」と、これもまたよく言われますが、野党有志の議員さんたちが市民団体と話し合いながら提出した法案があります。難民認定の回数を制限する、などではなく、本来は、日本でどういう難民保護を進めてゆくべきかが盛り込まれたものです。難民支援協会さんのサイトの解説が一番わかりやすいので貼っておきます。

まずは、難民を適切に、国際水準で保護できるような制度にしてゆくことが最優先。

それから、難民ではない人が、難民認定申請という手段を使える状態になってしまっているのであれば、その制度の濫用の改善に取り組む必要があります。濫用者が増えると、難民としての理由がある人たちの審査が逼迫し、長期に待つことにもなります。ここはどんな国も国境管理の中で、それぞれ試行錯誤しています。

後者のみ行い、前者に手をつけなければ、身に危険があったり、祖国にいられずに逃れてくる人たちにとって、ますます過酷な国となってしまいます。

入管側の改善点

入管庁の改善点ポイントもあります。
例えば以下。

難民の定義をより分かりやすくする取組
難民条約上の難民の定義には、「迫害」等、そのままでは必ずしも具体的意義が明らかではない文言も含まれています。そこで、これまでの日本における実務上の先例や裁判例を踏まえ、UNHCR発行の文書や諸外国の公表する文書なども参考にしながら、こうした文言の意義について、より具体的に説明するとともに、判断に当たって考慮すべきポイントを整理する取組みを進めていきます。

出入国在留管理庁HP

こちらに関しては、さっそく昨日(3/24)、「難民該当性判断の手引」が策定されました。

日本にはこれまで具体的な判断基準を提示した資料がなかったので、支援団体や弁護士団体などが透明性を高めるよう長らく求めてきていました。不十分な点も指摘されていますが、これまでこの基準の明示化もされていなかったことを考えると、大きな進歩だと言っていいでしょう。

そして、せっかく手引きを策定したので、全国難民弁護団連絡会議が提案しているように、

もし、過去に不認定とされた申請者のうち、同手引きによれば難民として認定されるべき者がいる、ということであれば、まずはその人たちを、さかのぼって追加的に難民認定し、同手引きがこれまでの認定基準とは違うこと、より多くの者が難民として保護されることを示すべきです。

全国難民弁護団連絡会議HP

これまで基準の明確化がなかったから認定できなかった、見過ごしてしまった人たちを、遡って難民認定したらいいと思います。明らかに迫害要因があって逃れてきているのに、不認定になっている人たちが何人もいます。この該当性判断の手引きは、改正前のアメではなくて本当に機能させるものなんだと、思わせてくれることを期待しています。

ちなみにこちら、8年も前の「難民認定制度に関する専門部会」での提言の内容がやっと形になったものですが、2022年の難民認定数の増加、手引きの策定など、長年動かなかったことが動いている時期です。何十年にも渡り、大切なアドボカシーを続けてこられた支援団体や弁護士の先輩方に感謝と敬意を表します。



最後に

最後にもう一度。
出入国在留管理制度は、国家にとって非常に大切な制度です。しかし、「送還忌避問題」の解決のために、難民申請者を強制送還できるようにすることは違うのです。せっかく"改正"しようと思っていても、これでは"改悪"になってしまうのです。

改正に反対する市民ネットワークの記事、読んでみてください。

入管庁の特設サイトも、ぜひ読んでみてください。

普段、あまり自分の生活に関わらない人も多い法律の改正だからこそ、関心を持ち続けるのは難しいかもしれない。しかし、日本という国家のあり方を考える時に、大切な法律だと思っています。
法律は国会で決まってゆくけれど、国民の関心がないと、議論のテーブルにも上がりません。関心を持ち議論を重ね、日本が移民政策においても少しでも良い選択を取れるようになりたいと切に願います。



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