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将棋の確率論

 将棋に運や確率はない――というのは、神の視点での話です。
 実際には「指運」のような言葉もありますし、プロでも戦型選択の時点で「勝率」を意識しているくらいなので、プレイヤーの体感として確率的な要素があるわけです。
 本稿では、客観的には数値化されない部分での確率的な考え方について論じ、その主観的な確率論がプレイヤーの指し手に大きな影響を持つこと、確率論的な判断の適正化によって勝率が上がる可能性があることを示します。

「多数局での勝率」と「単一局での勝率」

2種類の勝率

 将棋は勝ち負けを競うゲームなので、勝率こそ正義なのです。
 ところが、将棋界隈で使われる勝率という言葉には2つの異なる意味/用法があります。
 1つは、たくさん対局した中で何回勝ったかをカウントして、戦績ベースで出す勝率。すなわち「多数局での勝率」です。
 もう1つは、現在進行中の対局において、勝てそうな度合いを示す勝率。すなわち「単一局での勝率」です。

「多数局の勝率」は目標にもなる

 「多数局の勝率」はかなりわかりやすい概念です。
 対局サイトのレーティング戦で、同程度のレートを持つ相手と対戦を繰り返すと仮定すると、勝率5割ならレートが安定していることでしょう。その状況を打ち破りレートを上げたいと思うならば、勝率を6割とかに上げる必要があります。勝率6割でしばらく維持できれば、レートは上昇していくでしょう。
 他にも、階級分けされたリーグ戦を想定してみると、同程度の棋力のメンバーであれば期待勝率は5割でしょうが、昇級を目指すには勝率7割とかを目標として設定することになると思います。
 「多数局の勝率」は実績から算出されるものであると同時に、目標として設定されるものでもあるということです。

「単一局での勝率」は一局の中で揺れ動く

 一方で「単一局での勝率」はかなり主観的な怪しい概念です。
 これが将棋ソフトの算出する形勢判断の値でないことは、賢明な読者の皆様には当然のことかと思います。例えば十七手詰めの詰みがある局面でも対局者が読み切れていなければ、心の中で詰みそうな度合いや詰まさなくて勝てそうな度合いなどを考慮していることと思います。そういった主観的な「勝てそう」とかいった感覚が「単一局での勝率」という概念の取り扱うものです。
 この勝率は、その瞬間で判断される勝率でしかないため、一局を通していろいろと変動するものです。投了の瞬間は、おそらく対局者が10割負けだと思ったときに投了するのでしょう。
 また、将棋は互角の局面からスタートしますが、仮に相手のほうが格上/格下であればその時点でも勝率は傾いているかもしれません。これは、例えば格上との駒落ち戦で、盤面が互角になったら既に格下に勝ち目は薄いという話をすれば、納得いただけるでしょう。

勝率目標の影響

勝率目標が閾値として機能する

 さて、1つ1つの将棋に対して6割の確率で勝利する人がいた場合、その人の「多数局の勝率」は6割となるでしょう。逆に「多数局の勝率」6割を目標としたときには、1つ1つの将棋に対して6割の確率で勝利することが必要になってきます。
 仮に、過激な攻め合いの手順で、「単一局での勝率」が5割くらいだなと感じる変化があったとして、「多数局の勝率」6割を目標とする人は、その変化に踏み込むでしょうか?
 厳密な議論は難しいですが、感覚的には、そんなことをしていては5割しか勝てないと思うでしょう。目の前の将棋に5割しか勝てないと、多数局の勝率でも5割程度にしかならない、という発想です。(この考えが妥当かはわかりませんが)
 そういう考え方をすると、「多数局の勝率」における目標設定は、「単一局での勝率」を考慮して指し手を選択する際にある種の閾値として機能するということになります。
 これは完全に対局者の心の中の話です。

アンダードッグの優位性の例

 昨年のA級順位戦で中村太一さんが残留しましたが、前評判(あるいは他棋戦での実績)で言えば降級しそうなところをなんとか残留したという結果です。残留できたことについて、ご本人はYoutubeで「アンダードッグ」の心構えでぶつかっていけたことを1つの理由として挙げています。
 仮に総当たりリーグで優勝争いをするつもりならば、勝率5割の激しい変化には飛び込みにくく、もっと分の良さそうな変化を探すでしょう。しかし、当初から残留を目標としていれば、勝率4割の変化にも飛び込めるかもしれません。
 こうしたことは棋譜を見てもわかりませんが、例えば「他の変化を探す労力を省略できる」だけでも対局者にとっては大きな利点になる可能性があります。

加藤一二三と中原誠

 以前、加藤一二三さんを取材したドキュメンタリー番組で、中原誠さんとの戦績について扱っていました。当初は中原さんに負け続けだった加藤さんが、ある時を境に互角の戦績を残すようになるのですが、その転機について、加藤さんが「中原さんは強い」と認識したという話です。
 Webのデータを探すと、加藤さんは中原さんに対して1敗1勝のあと20連敗を喫しています。当初は王座戦も名人戦もストレート負けで全く勝てていなかったわけですが、その後はタイトル戦で勝ったり負けたりの戦いを演じています。
 このあたりも、やはり心理的な認識が実際のパフォーマンスに影響してくるということのような気がします。自分のほうが強いと思って高い勝率を目標にしていると失敗し、相手の強さを認めることで適切な判断に至ったということなのかもしれません。

心理的な閾値の適正化

パフォーマンスを良くするには

 ここまでで、「多数局の勝率」での勝率目標が、対局中の指し手の選択の際にある種の閾値のように機能し、それによって実際のパフォーマンスが影響されるということを書きました。
 それでは、パフォーマンスを良くするにはどうすれば良いかという将棋プレーヤーの本来の関心ごとに話しを進めます。根本的には棋力を上げないと強くなれないので、こんな話は全く小手先のその場しのぎのパフォーマンス向上なのですが……。
 基本的には、期待できる勝率とマッチした適切な閾値を設定してそれを基準にプレイを進める、という内容になります。強い相手を見くびったり自分勝手な目標からの逆算で高い勝率目標を設定してはいけません。
 ただ、目標とそこから導かれる閾値を活かすための前提として、「単一局での勝率」に対する正確な評価、そのための感性が必要になります。大局観という言葉が近いですが、ここではもう少し複雑なニュアンスを含んでいます。

ギリギリの攻めへの評価

 私はわりと厚い攻めを好みます。これは他のプレーヤーよりも「ギリギリの攻め」に対してリスクを大きく見積もっていると考えることができるでしょう。
 私は、ギリギリの攻めというのは、成功すれば勝てるが失敗すれば負けるものというように考える節があります。そう仮定すると、成功率がそのままその一局の勝率になるので、5割とか、そのときの目標に応じて高い成功率が見積もれなければ踏み込めません。
 しかし、よく考えてみると、攻めてる側には主導権があることが多く、途中で攻めきれないなと思うと手を戻したり緩急の調整をすることもできます。そう考えると、成功率4割でチャレンジして、だめそうなら途中で踏みとどまればいいじゃないか、という発想ができます。
 私はわりと寄せのギアを入れると戻せないところがあるので、そういう癖を改め、いつでもブレーキが踏めるという発想をすることで、攻めのチャンスを活かすことができるかもしれません。

対局中に閾値を変える

 上記は途中の方針転換を考慮に入れておくことで「単一局での勝率」をより正確に評価しようという試みですが、対局中に閾値のほうを変える必要もあるかもしれません。
 なにしろ、序盤で失敗した場合にはすでに期待値が下がっているので、閾値を高く維持したところでそれを達成できる選択肢が存在しません。逆に序盤で成功した場合は、イチかバチかの勝負ではなく確実に勝ちにいくべきという考え方ができます。
 こうして、その対局における「閾値」のベースは期待勝率と一致した勝率目標から設定されるものの、対局中の状況に応じて「閾値」を変動させていくことがその対局に勝つ可能性を高めてくれるでしょう。

相手の強さで閾値を変える

 最後にこれはなんとも姑息な話なのですが、相手の強さによってちゃんと閾値を変えておきましょう、という話があります。期待勝率が変わってくるから勝率目標を変えるべきで、そうすれば対局中の選択における閾値も変わってくるということです。
 格上には思い切ってぶつかっていかなければ勝ち目がない、という言い方をすれば、まあ当然だと思っていただけるでしょう。成功率40%の攻めを実行しなければ、他にチャンスもなしに負けてしまう確率が高いわけです。
 逆に格下には慎重に勝ちに行くという考え方もあるように思います。

まとめ

 期待勝率に見合った適切な勝率目標を設定し、それを対局中の指し手の選択における基準として採用することで、勝率を高めることができる、かもしれない。
 今回は、プレイヤーの内面に踏み込んで勝率のための最適化を目指す話でした。私個人が勝負への取り組み方としてこういう考え方をしています。
 現在、指す将順位戦という有志の集う棋戦で格上ばかりのリーグに入って残留を目指して戦っているため、昇級を目指すときとは大分心構えが違うなぁと感じ、その内容を記しました。
 ただ、客観的な指標の無い話なので歯切れが悪くなっていることをご容赦ください。

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