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低用量ピルで「働き方改革」?


 とんでもないニュースが飛び込んできた。

 ホリエモンこと堀江貴文が5月末に出版する本『東京改造計画』とその概要だ。( 調べてさらに驚いたのは、この著書の編集者が、元ライターの女性にセクハラをし批判されている箕輪厚介だということ。)

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画像:堀江貴文「東京改造計画」 / Amazon

 の提言「低用量ピルで女性の働き方改革」という文言に私は不安を覚える。そして同じように感じた人が多くいた。

 「ピルの副作用については知っているのか?」「仕事をするために飲むというのはおかしくないか?」といった批判の声に対して、彼は以下のように返事している。

だったら「女性の働き方改革」の手段として提言することは間違っている。

低用量ピルに関する性教育・周知メディア見直し
低用量ピル処方システムの改善
低用量ピルの全面保険適用・減額

でいいのだ。

 現時点ですでに多方から批判されているのは、中身が見えない概要のうちから批判要素があるためで、彼がツイートで言う内容がそのまま真実だとすれば、単純に校閲と広報に大きな欠陥があると言わざるを得ない。


低用量ピルとは

 低用量ピルは、生理不順、月経困難症の治療や避妊を目的として女性が服用できるホルモン剤のこと。月経困難症の症状には月経痛・頭痛・吐き気・めまい・貧血・気分変動などがあるが、低用量ピルを普段から服用することでこれらの症状を若干緩和する作用がある(個人差がある)。

 もちろん低用量ピルには副作用もあり、不正出血やむくみ、血栓症のリスクがある。そのため、身体に合わない場合や服用しても生理痛が軽減されない場合には服用を止める必要がある。特に、喫煙や加齢によって血栓症のリスクが非常に高くなるため注意が必要だ。


本当は何が問題?

 低用量ピルの周知や普及を女性の働き方改革と称することがなぜ批判されるのか。それは、女性が働きづらいのは生理や生理痛が主な理由ではないからだ。むしろ以下の理由によって女性は働くことを阻まれている。

①女性は男性より年収が低い

女性と男性の給与には明らかな格差がある。

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参照:生涯賃金など生涯に関する指標 - ユースフル労働統計 2019 / 独立行政法人 労働政策研究・研修機構

 男女雇用機会均等法は、配置・昇進等あらゆる雇用管理の段階における性別を理由とする差別を禁止しており、また育児・介護休業法等は、産休・育休取得等を理由とする不利益な配置の変更等を禁止している。女性が不当に不利益な取扱いを受けることは許されない。

 しかしこのように女男の賃金格差は続いている状態だ。女性は経済的に自立することが難しいのだ。女性が働く意欲を削がれる大きな原因といえる。

 また日本では、家庭内で、収入の多い男性が働き、収入の低い女性が専業主婦を務める習慣がまだある。女性が働きたい場合でも、夫や親から仕事を辞めて家事育児に専念することを要求されるケースがあるのだ。「女が家のことをするべき」というステレオタイプが未だ根強いことも忘れてはいけない。

 ※厚生労働省は平成22年に「男女間賃金格差解消に向けた労使の取組支援のためのガイドライン」を作成しているが、未だ著しい成果が得られているとはいえない。


②セクハラ・パワハラによる就業妨害

 ハラスメントは、優越的地位にある者が権力を利用して、立場の弱い者に対して行われる場合が多い。紹介した著書の編集者箕輪厚介のセクハラの件がまさにそうだ。

 職場におけるセクシュアルハラスメント、妊娠・出産等ハラスメント等の相談件数は年々増加傾向にあり(この問題を取り扱うことが一般化し、相談できる窓口が増えたため可視化されるようになった)、都道府県労働局の相談件数・内容の内訳は以下の通りになっている。

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参照:職場におけるセクシュアルハラスメントおよび妊娠・出産等ハラスメント等の相談件数 / あかるい職場応援団

 女性従業員に対するハラスメントで顕著なのがセクシャルハラスメント、そして結婚・妊娠・出産などのライフイベントを理由とした不等な扱いである。具体的な内容は、プライベートに関することを執拗に聞かれる、社内外での関係を迫られる、性的な冗談を言われる、身体への接触などだ。

 都道府県労働局によると、アンケートでハラスメントについて「何度も繰り返し経験した」と答えた人は、その後の変化として「眠れなくなった」「休むことが増えた」「通院したり服薬をした」などを選択している。

また、日本労働組合総連合会「仕事の世界におけるハラスメントに関する実態調査2019」によると、ハラスメントを受けた人の54%が「仕事のやる気喪失」、22%が「心身不調」、19%が「退職・転職」をうったえており、ハラスメントを受けた20代の3割近くが離職を選択していることもわかった。

 ハラスメント被害が仕事の継続に大きな影響を与えていることは明らかである。


③結婚や出産時の離職

 先述したように、ライフイベントを理由に理不尽な扱いを受けることは女性が働きにくい大きな原因の1つだ。また、家庭内からの離職要求、両立の難しさなどから離職する女性はまだ多い。

 育児休暇取得について、厚生労働省は「平成30年度雇用均等基本調査(速報版)」で以下のように公表している。

 育児休業取得者の割合
  女性 : 82.2%
  男性 : 6.16%

 こうして見ると、ほとんどの女性が育児休暇を取得しているように見えるが、実は出産時の離職者の割合はここに含まれていない。

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参照:「第15回出生動向基本調査 - 子育ての状況」/ 国立社会保障・人口問題研究所

 女性の育児休暇取得率が1980年代後半(60.3%)から2010年代(81.0%)へ増えているというのは事実だが(女性が働くことが増えたため)、2010年代に入ってからも出産前就業者を100%としたときの出産を機に退職する女性の割合は46.9%である。

 また、多くの企業が男性が育児をすることを想定していないため、男性が育児休暇を取得できる環境が十分に整っていないのも原因だろう。育児の負担が女性にばかり偏ると、会社への復帰はさらに難しくなるのだ。


④家事育児の分担、最も多いのは 女性:男性=9:1

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参照:夫婦の家事・育児の分担割合 -  平成21年度インターネット等による少子化施策の点検・評価のための利用者意向調査 / 内閣府

 ショッキングな結果である。近年は共働きの家庭が約7割となっているが、夫フ間における家事育児の分担は”平等”からは程遠い。

 また、家庭を持ちながら働く女性に多いのは、パートやアルバイト従事者(非正規雇用者)である。夫がしない家事や育児をしながら時短で働くことを強いられているケースも少なくないはずだ。

 男性の家事育児参画は女性の働き方を大きく変えるはずである。そのためには、男性への家庭教育と、企業に労働状況の見直しを求める必要があるだろう。


⑤通勤時の性被害

 コロナ禍による影響でリモートワークに転じた女性たちにとって大きな変化があったのは、通勤時の不安が解消されたことではないだろうか。

 日本では性犯罪が横行している。これは紛れもない事実だが、一方で性被害に遭っても通報する被害者は少数派である。さらに通勤中となると、仕事に影響が出るためその場で対処できるケースは非常に少ないだろう。

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参照:女性の7割が電車や道路でハラスメントを経験。「実態調査」でわかったこと - 伊吹早織 /  BuzzFeed
(関東圏の男女約1万2千人(15〜49歳)を対象とし2018年9月にインターネット上で実施)

 この調査では女性の約7割が交通機関や路上でハラスメント被害に遭ったことがあるとしており、その約半数が「我慢した」と答えている。警察庁による調査では、痴漢を通報しなかった人の割合がそれより大きい結果となっている。

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参照:「平成29年度 犯罪被害類型別調査 調査結果報告書」/ 警察庁

 78%の痴漢被害者が警察には通報していないのがわかる。

 また性的な被害にあった際の相談状況では、「どこにも(誰にも)相談していない」が52.1%、また相談しなかった理由として「他人に知られたくなかった」(29.5%)が最も多い回答である。性的な被害を受けた人は、誰かに話すのが恥ずかしい、他人に知られたくないという気持ちが強く、相談をすることが難しい。また中には「通報・相談しておけばよかった」との後悔の念を持つ人も多い。

 さらに、加害者が近所に住んでいる者の場合(通勤途中に被害に遭った場合、勤務先や最寄り駅がバレている可能性がある)、加害者に口止めされる・加害者からの仕返し・再被害を怖れるなどの理由により相談できず、被害が潜在化する例もみられている。

 被害による影響としては、時折思い出すと吐き気がする、事件後心身状態が悪化していき休職を余儀なくされた、孤独である、男性不信から男性上司・同僚の言動に過敏に反応してしまう、被害から十年以上経っても苦しいなどの意見がみられている。性的被害による女性の生活・就業状況への影響は考慮されるべきである。

 最近では痴漢レーダー痴漢通報アプリ(実証実験中)なども開発され、被害者が通報できる工夫がなされるようになってきたが、法制度の見直しや周囲からの理解・協力はまだ追いついていない。


つまり、女性の働き方改革ですべきことは

①女男の年収平等化
②ハラスメントの厳罰化、防止ガイドライン周知、教育強化
③マタハラ防止ガイドライン周知、女性の育児負担軽減
④男性の家事育児参画支援、男性の就業時間・条件見直し
⑤性犯罪の厳罰化、電車への防犯カメラ導入、痴漢通報アプリの周知・普及、女性駅員・警官の増員

なのであって、決して低用量ピルを働く女性に届けることではないのだ。


 では、低用量ピルに関する政策は必要ないのか?

 それも違う。


低用量ピルは女性の権利

 低用量ピルの服用は、女性が、自分の症状に応じて治療したり、自分の身体を守るために自由に選択できるものだ。

 他の目的で社会から期待されるべきものではない、とここではっきりと言っておく。この自由な選択は、女性の就業状況に関わらず彼女らが持つ権利なのだ。

 女性が働きにくい環境を見直さずに、社会や企業が低用量ピルを「働き方改革」に利用することはあってはならない。


私が考える低用量ピル政策のあり方

 堀江貴文が言及している「ピルのイメージが悪く、本当に必要な人が堂々と飲めない」状況については、確かにそういった状況があるといえる。

 しかし、それは彼が言うように、副作用に関する批判によるものだろうか?むしろ、低用量ピルについての知識不足が原因ではないか。

 私は高校生になってから、脚の痙攣や立ちくらみを伴う月経痛に悩まされ、親に相談したが「生理痛はそんなもの」「性行為をしたことがないなら婦人科なんて必要ないはず」「そんな薬飲んで不妊になったらどうする?」「行っても薬代は出さない」などと言われた。恥ずかしさや知識不足、金銭的な問題から、結局大学生になるまで婦人科を受診できなかった。

 子宮は女性の身体の一部であり、性交渉の有無に関わらず、不安な症状があれば婦人科を受診すべきだ。生理痛には個人差があり判断することが難しいが、あまりにも痛くて起き上がれない、生理用ナプキンを3時間に1度変えなければ漏れてしまうほど経血の量が多いなど、不安要素が少しでもあれば専門家に相談していいのだ。痛みが酷い場合、月経痛ではなく子宮筋腫や子宮内膜症などの別の病気の可能性もあるため、早めの受診をおすすめする。また、低用量ピルは不妊の原因とはならないことがわかっている。

 情報をもう少し早く、特に学校で得られていたら、また、家庭で間違った知識を教えられても、ネットなどで正確な情報が得られていたら、と私は思う。(当時はネットで婦人科クリニックが専門知識を掲載していることは少なかったが、現在では多くある。)

 このように、無知や偏見によって「ピルのイメージが悪く、本当に必要な人が堂々と飲めない」状況が生まれているのではないだろうか。Twitterで「低用量ピル飲んでるってことはヤリマン」などと嬉々として女性を誹謗中傷する男性が多くいるのを見ると、低用量ピルに対する偏見は男性にももちろんあることがわかる。


 そこで、私が低用量ピルに関して政治家に求めることは以下のことだ(記事の初めに紹介した)。

①低用量ピルに関する性教育・周知メディア見直し

 女男ともに低用量ピルに関する知識をつけ、当事者が正しい判断をできるよう、また他人が偏見で当事者に心無い言葉をかけることがないよう環境を整えていくことが大切だ。

 医療知識については、ネットやテレビで正確な情報を伝えることが重要である。Twitterで「低用量ピルで生理を止める」など誤った情報が流れているのをよく目にするので、間違った医療知識の発信を報告する機能が必要であると考えている。


②低用量ピル処方システムの改善

 現在は、低用量ピルは婦人科を受診し処方してもらうことになっている。国の制度では、一回の受診で最大で3ヶ月分(3シート)までの処方に限られており、継続して服用する人は少なくとも3ヶ月に一度の通院をすることになる。

 もちろんはじめに診察を受けることは患者の状況把握や病気の早期発見のために必要だが、継続的に服用する人が近くの薬局やオンラインで購入することが可能になれば、より負担の少ないものとなる。

 コロナ禍ではオンライン診療による低用量ピルの処方も行われているため、ぜひこれを今後も続けてもらいたい。


③低用量ピルの全面保険適用・減額

 現状では低用量ピルは月経困難症治療用(保険適用)と避妊用(保険適用外)に分けられている。どちらも効果に違いはない。種類やジェネリックかどうかにもよるが、低用量ピルは通常1シートにつき3割負担で1600~3000円程度である。私は、低用量ピルの用途によって負担金額が変わる今の制度には反対だ。

 女性は自身の身体についての選択・決定を自由におこなう権利を持っているはずなのに、現状ではそれが金銭的に阻害されている。女性が低用量ピルによる避妊を選択する自由は、男性が男性用避妊具(低用量ピルより避妊効果の低いコンドーム)を購入する自由と同じように認められるべきなのだ。日本における避妊の自由についての意識は、特に女性のものに関して、かなり遅れている。

 すべての低用量ピルが保険適用されるべきだ。保険適用でも、毎回の受診料や検査の費用を合わせると年間約40000円も支払っていることになる。女性の避妊だけなぜこのように金銭的負担が大きいのか、甚だ疑問である。この状況を改善し、将来的には低用量ピルの値段を下げることが、この薬を必要とする女性への普及に繋がるだろう。


 以上が、私の考える低用量ピルに関する政策のあるべき姿である。

 これは決して、女性の働き方改革の一環として行われるべきものではないのだ。



※女性のリプロダクティブ・ヘルス/ライツについて議論をする際、男性側から必ず少子化の話題が出てくるが、少子高齢化問題と望まない妊娠の防止は分けて考えるべき問題なので取り上げていない。



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