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アート×ボタニカル【芸術としての植物】

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埼玉在住の30代女性。 ランサーズの認定ランサー。 趣味と実益を兼ねた文筆業を楽しんでいる人。 少しだけディレクターも担当。得意分野は健康食品・美術など。 ツイッター⇒ht… もっと読む
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記事一覧

【児島虎次郎】日本を代表する印象派の画家

岡山県倉敷市にある大原美術館は、日本で初めて設立された西洋美術中心の私設美術館として知られています。このミュージアムを創設した大原孫三郎は、洋画家の児島虎次郎と深いつながりがありました。 本記事では、児島虎次郎の人生や作品について解説します。彼が残した作品は多数存在しますが、今回は《朝顔》に焦点を当てました。 これから大原美術館に行く予定がある人、児島虎次郎の略歴を知りたい人は、ぜひ最後までご覧ください。 児島虎次郎とはどんな人物?児島虎次郎は明治時代から昭和時代にかけて

【歌川広重】ジャポニズムを巻き起こした風景画の名手

歌川広重は江戸後期に活躍した絵師の1人です。とくに風景画が得意で、ときには現地へ取材に赴いて作品を描きました。 なかでも広く知られているのが《東海道五十三次》であり、江戸の旅行ブームに乗じて好評を博したのです。 知名度の高さゆえに作品のイメージが先行し、広重という人物の人生を詳しく知る人は少ないかもしれません。彼の生き様をひも解いてみると、地道な努力をしていたことが伺えます。 この記事では、広重について解説します。 日本美術に興味がある人だけでなく、江戸の歴史が好きな人も

【竹久夢二】大正ロマンの旗手として活躍した詩人画家

竹久夢二は明治から昭和初期にかけて活動した人物で、おもに美人画が有名です。 その他にデザインや詩歌などでも才能を発揮しました。 意外かもしれませんが、夢二の創作の源は女性遍歴にあったといっても過言ではありません。芸術家によくあることですが、仕事と恋愛が密接に結びついていたのです。 この記事では、竹久夢二の生き様や作品について解説します。 日本美術が好きな人はぜひ最後までご覧ください。 竹久夢二の生涯竹久夢二の作品には、線が細く儚げな佇まいの女性が数多く登場します。彼の人

【上村松園】実力で人生を切り拓いた女性画家

上村松園は明治から昭和にかけて活躍した画家です。文化勲章を受賞した初の女性であり、鏑木清方と双璧をなす美人画の名手として活躍しました。 その腕前は天下一品で「松園の前に松園なく、松園の後に松園なし」と称賛されるほど。 彼女の生涯を一言で表すと「闘い」でした。男性優位だった画壇に立ち向かい、己の画力でのし上がったのです。 松園の絵はどれも美しく格調高いですが、描かれている女性たちからは芯の強さを感じます。おそらく画家の人生がそのまま反映されているからでしょう。 この記事では

【葛飾北斎】理想の絵を追い求め続けた絵師

葛飾北斎は日本を代表する絵師の1人です。 ゴッホやロートレックなど西洋の画家たちにも影響を与え、ジャポニズムのきっかけを作りました。 北斎に関する逸話は多く、生涯に93回も引っ越した・画号を30回も変えたなどのエピソードがあります。 北斎は売れっ子の絵師だったものの、描くこと以外には無頓着だったため裕福から程遠い暮らしをしていました。 同居していた娘の応為(お栄)も父と同じ性分で、親子そろってゴミの中で生活していたそうです。 この記事では、北斎の生き様や作品について解説します

奇想の絵師・伊藤若冲【好きな物を好きなように描いた人生】

伊藤若冲に関心がある人なら、2016年に開催された若冲展をご覧になったかもしれません。 最長で4時間待ちの行列ができる盛況ぶりで、待ち時間の長さが記事になったほどです。 江戸中期に活躍した若冲は、曽我蕭白や長沢芦雪らと並んで「奇想派」と称される絵師です。 40代で画壇にデビューし、当時としては異例といえる85年の長寿を全うしました。 しばしば円山応挙のライバルとして名が挙がりますが、生前の知名度は応挙のほうが上でした。 しかし現在では、応挙をはるかに凌ぐ人気絵師として知られ

まさに超絶技巧!描かずに描いた絵師・円山応挙

円山応挙は江戸時代中期に活躍した絵師です。 応挙といえば足のない幽霊を思い浮かべる人が多いかもしれません。 もちろんそれも有名ではありますが、その他にもさまざまな作品を残しました。 『雨月物語』で知られる上田秋成は、応挙をこう評しています。 「絵は応挙が世に出て、写生といふ事の流行り出て、京中の絵が皆一手になった事じゃ。これは狩野家の衆が皆下手ゆえの事じゃ」 要するに応挙が京都の絵を変えたということ。それほどまでに多大な影響力を持っていた証拠です。 この記事では、応挙の代

型にはまらない芸術を追求した日本画家・速水御舟

速水御舟は、明治から昭和初期にかけて活躍した日本画家です。 早熟の天才だった彼は、たった26年ほどの画業で数々の名作を残しました。 写真家の土門拳は、御舟の熱烈な愛好家だったことで知られています。 肖像写真を見ると繊細そうな印象を受けますが、その内面には強靭な精神を秘めていました。だからこそ過酷な創作活動に耐えられたのでしょう。 その人生をたどってみると、比類なき挑戦者であり続けたことが読み取れます。 この記事では、速水御舟の略歴と代表作について解説します。 日本美術が好

琳派を代表する天才絵師・尾形光琳【経歴や代表作について解説】

尾形光琳は江戸中期に活躍した絵師です。 光琳といえば、「燕子花図屏風」や「紅白梅図屏風」などの作品を描いた人物というイメージが定着しているでしょう。 しかし人生や暮らしぶりなどについては、よくわからない人が多いかもしれません。 芸術鑑賞を楽しむコツは、アーティストのバックボーンを理解することです。 どんな人となりなのか、なぜその作品を制作したのか。 描かれたものより、描かれていない要素のほうが重要なのです。背景にあるものを知れば、より深く楽しめますよ。 この記事では、琳派