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2021/07/04 試行錯誤と自分の時間

できる限り「できている」・「成功している」姿を見せたいというのは人間のエゴなのだろう。僕も例外ではない。常に自分のいいところを切り取って誰かに伝え、すごいと言ってもらえるのが嬉しいというのは正直ある。

それでも僕がいろんなことを続けられているのは、そんなすごいと思ってもらえるということよりも、「自分が失敗してそこを試行錯誤して乗り越える快感」が優っているからだと思う。

他人の評価や評判を一番に考えてしまうと、いつか自分が何者かわからなくなる。誰かのためだけに生きていると、ふとした環境の変化でその支えがなくなり、膝をついてしまう。いかに自分が自立していなかったかを痛感し、立ち上がれなくなる。

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僕は自分に自信がなくて、誰かが喜んでくれることばかりを考えて、何度も失敗して、立ち上がれなくなっている。

繰り返すぐらいなら自立したらどうかと毎回考えるのだけど、「本当に自分にできること」というのがずっと見つからないでいる。見つかった、と思っても、続かなかったり、その世界に足を踏み入れてそれまで見えなかった雲の上が見えてしまい、絶望して足がすくみ、歩けなくなる。

それでも少しずつ歩けるようになったのは、誰かのためじゃなくて「自分のため」に時間を使えるようになったからだと思う。自己中心的と捉える人もいるかもしれない。波があって愛想よく振り撒いていたかと思えば自分中心で活動している。そんなムラがある人間と付き合いたくない、という方もいるかもしれない。

でもちゃんと自分のことを大事にできる人間だけが他の人に本当の優しさを出せる。自分のことに興味がない人が他の人に興味を持つのは難しいと思うんだ。

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僕は自分が何かをできないことよりも「試行錯誤する自由」がないことの方が辛い。人生知らないことだらけで、好奇心が自分をつき動かし、全てが冒険だと思っている。だから成功することよりも失敗して試行錯誤することが大事だ。そのためには誰かのためにではなく、自分のために時間をもっと使う必要があるって最近思うようになってきた。

本当に大切だと思っている人のために、自分自身が表面的な優しさじゃなくて自立した人間として自分自身を届けるために。

言い訳をしたいわけではない。でもやっぱり自分は不器用なので、自分の思うところ、やりたいこと、手を動かしたいことにしっかりと時間を使って自分を見つけようと思ってる。

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