ゆっくり読んで、ゆっくり書く。


小学生だった頃の話。僕が国語の教科書を忘れてしまい、隣の子に見せてもらう機会があった。だが、一緒に読み進めていくとその子はとんでもなく読むのが速かった。1ページを数秒で読み終えてしまう。「何でそんなに速いの?」と疑問をぶつけてみたところ「え?普通に読んでるだけだよ」と逆に不思議がられてしまった

僕は昔から本を読むのが遅く、それは大人になっても変わらなかった。どうやらそれは目に原因があることがわかった。僕は斜視があるので普通の人よりも目が疲れやすい。だから、スラスラと本を読むことができない。速読に関する本を何冊も読んだことがあるが上手くはいかなかった

ずっと長い間それがコンプレックスだったが、あえて本をゆっくり読む「スローリーディング」というテクニックがあるということを知った。それもプロの作家と呼ばれている人達にもスローリーダーが一定数存在しており、芥川賞作家の平野啓一郎さんもその一人だという

言われてみればたしかに僕達は速読というものに騙されている。速読なんてものは本を早く消費してもらいたい出版メーカーが仕組んだ戦略みたいなものではないか。それに年間、何百冊も本を読むとか何千枚もCDを持っているなんていう話を聞くと、どうしてもその人に対して「浅い」という印象が拭えない

例えば、他のジャンルに比べてわかりにくいと言われているジャズ・ミュージックだって100枚のCDを一回ずつ聴くよりも名盤と言われる一枚のCDを100回聴いたほうがジャズの理解は確実に深まる。人間関係も同じではないだろうか。100人の女性と1回ずつデートするよりも、1人の女性と100回愛し合ったほうが女心はわかるようになると思う

バッハやモーツァルトはまだレコードすら存在しなかった時代に素晴らしい音楽をたくさん創造した。明らかに今の音楽家と比べて彼らは他人の音楽を聴く機会が少なかったはずだ。それなのに何故あれほどの音楽を残せたのだろう?それは一つの芸術をとことん掘り下げたからに違いない

1冊の本を1時間で読む能力よりも、1冊の本に書いてあるテーマを何年でも熟考できる精神力のほうが大事だ。一つ一つの言葉をゆっくりと味わうように読んだほうが記憶に残りやすいし、実際にスローリーディングをするようになってからの方が集中力が上がり、読書が楽しくなった

人生で10冊しか本を読んだことが無くても偉大な作家になれると思うし、CDを10枚しか持っていなくても偉大な音楽家になることは可能だ。かつてブルース・リーが言っていたように『一万の技を覚えるよりも、一つの蹴りを一万回練習した者の方が強い』のだ

僕はどちらというと本を読むより文章を書くほうが速いんだけど、これからは平野さんを見習ってスローライターになろうと思う。ゆっくり読んで、ゆっくり書く。目まぐるしい時代に逆行するかのように、ひとりの友人と語り合う。




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