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震災以後の災害医療:実働訓練で感じた事

阪神淡路大震災から25年。あの当時はまさか自分が医者になるとは思っていなかったし、ましてや災害医療に関わる事になるとは思っていなかった。あの日から四半世紀がたち、震災の教訓を反映し災害医療は大幅に前進した、と思う。
最も象徴的なものはクラッシュ症候群だろう。当時は多くの方が救助後に命を落とした。一方で以前参加した警察・消防・陸自との合同訓練ではクラッシュ症候群に対する対応はかなり洗練されていた。瓦礫にはさまれた人を救助する前には必ず医療チームに要請が来て、我々はその瓦礫の中で静脈路を確保し、輸液負荷をかけてから、瓦礫が救助隊によって除去される。

私が参加したのは令和に入ってからの災害訓練であり、情報の鮮度は高いはずなので、書き溜めていた忘備録を最低限形を整えて公開しようと思う。以下の内容は個人的な振り返りの記録でもあり、また経験もまだ浅いが、これを見た誰かと知識と経験がシェアできれば幸いである。

//////////////////以下訓練参加時の所感文//////////////////

倒壊現場対応

状況
発災直後に倒壊した家屋の下に1人の要救助者がいる。2時間以上の挫滅が想定され、クラッシュ症候群の可能性が高い。当院DAMTチームに要請がかかり、救護所から倒壊家屋の現場指揮官のもとへ移動。状況のブリーフィングを受け、DAMTからの方針をご説明。救出現場まで行き、瓦礫の隙間から静脈路を確保し輸液負荷をかけた上で、レスキュー隊が瓦礫を除去。バイタル変わりない事確認した上でAEDとともに救護所に搬送

所感
阪神淡路大震災以後、警察も消防もクラッシュ症候群にとても詳しくなっており、(多分高い確率で)瓦礫除去前にDMATに要請しての処置を要求してくれる。一方で現場の処置はあくまで心停止になるまでの時間稼ぎでしかないため、透析できる医療機関にいち早く運ぶ必要がある。問題点とては2点。往々にして救護所は比較的安全な場所に設営されるので、DAMT1隊がそこを離れ倒壊現場に向かうと、救護指揮所からは目視できなくなるし、マンパワーが不足する。
限られたリソースでpreventable trauma deathを最少化するための災害医療なのでマンパワー不足は常に起きており、後ほども記載するが、救助された赤、および高い可能性で赤である要救助者を最優先する。その意味でクラッシュ症候群は自動的に赤になるので、緑、黄エリアが滞ったとしても迅速にそこから人を派遣すべきである。(ここは指揮所業務目線)
救護所を離れると救護指揮所から声も届かず目視もできなくなる。倒壊現場というのは通常阿鼻叫喚なので、自ずとそちらに注意が行ってしまうが、忘れてはいけない事は(おそらく)赤の人の事を救護指揮所も非常に気にしている事である。重要な無線が飛び交ってる中、自分の隊の現状を指揮所に報告するのは敷居が高く感じるが、赤の傷病者情報より優先度の高い情報は存在しない(くらいの気持ちな)のでこまめに、なんなら自分が思ってるよりこまめに報告する。
今回の訓練ではレスキューチームは輸液負荷がクラッシュ症候群の根本的治療でないことを熟知していたため、テンポよく搬送までつなげる事ができたが、実際の現場では「医者が何か点滴したからもう安心」と思われないよう、適宜警察や消防のレスキューチームに、今何をしていてこれから何をする必要があるか、というのは伝える必要がある。
あとすごくどうでもいいけど膝と肘のプロテクターのバンドは並行につけるとずれるので、クロスさせてつける。すくなくとも警察・消防・自衛隊は全部そうしてた。プロテクターとか大げさなとか思ってたけど、倒壊現場入るときにかなり役に立ったので、覚えておきたい。

救護所

状況
日没後の発災。工事現場程度の明かりとテントはある。雨は中等度。地面はブルーシートが敷かれそこを黄色エリアに設定。簡易ベッドが8つの状態でスタート。状況開始直後より多数の患者を受け入れ。途中で赤ベッド不足のため2ベッド提供。黄色エリア後の再トリアージで赤判明が2名。最終的にベッド6に対し15名受け入れ、2名転出、7名がベッドなし。

所感
個人的に、黄色というのは一番幅が広いと考える。トリアージ基準上は歩けないだけのほぼ緑に近い人から、実質赤だがまだバイタルが破綻していないだけの人までかなりheterogeneousな集団である。そのため一概にこの人は黄色だから、という思い込みを排する必要がある。また定義上歩けない人ばかりであるため、何もしなければ自動的にベッドは逼迫する。問題点・改善点は多いので箇条書きにまとめる
・骨折は歩けないが、バイタルは破綻しない。PAT法を4段階目まで進め、赤でない事を確認したら座位で黄色の一角に案内し、ベッドを空ける。
・数多く傷病者が来るためベッドの回転率高くなるため、トリアージ番号とベッド番号の取り違えリスクはある。各Nsはn個のベッドを担当する形で持ち場を固定する方法は検討される(現実的にn=3~4が限度なのでこの方法Nsは最低2人いないとできない)
・赤などを一刻も早く転出させるため救護指揮所との密な連絡が必要。今回は声が届く距離だったのでその点非常にスムーズだったが、そういう配置ができない時もある。実際には伝令や無線などで記録とは別に専属のLgを置く必要がありそう。
・黄色エリアリーダーは(どのエリアリーダーでも同じだが)現場の把握・指示・伝達を最優先する。Nsが手一杯で手付かずの傷病者がいるとどうしても対応したくなるが、それすると最低でも1-2分はかかりきりになるので心を鬼にしてリーダー業務に専念すべき。むしろ指揮所に増援を頼むべき。自分が行ってはならない。
・夜間で壁もないテントだけの空間なのでとても冷える。低体温はそれだけでも治療すべき病態であるのに加え傷病者の状態を悪化させる。最終的に信じられないくらい火力の高い業務ジェットストーブが登場して解決した。医療器具ではないのでストーブの件は指揮所に要請していなかったが、本番の災害では遠慮せず開幕時から要請しておいてもいいと思う。
・黄色エリアを回す最低構成要素はDr1Ns2Lg1(立地的に救護指揮所と肉声・肉眼のやりとりできる場合)、Dr1Ns2Lg2(その他の場合)だろう。当然ながら赤エリアの要求するリソースが足りてる前提。

トリアージ

状況
30人以上の同時発生の傷病者に対し、トリアージを行う

所感
これも箇条書きする。
・トリアージタグの番号の混乱はあるあるなので、開始前に通し番号を振っておく。3人に渡し1-10まで書かせたらとりあえず30枚は確保できる。
・トリアージの記載漏れもあるあるなので、ツーマンセルになり、トリアージ実施者と記録者にわかれて行動する。
・トリアージの後にはしかるべき場所に搬送するので、消防などとも密に連携をとる、そしてそれにはトリアージ実施者の中でもリーダーを決め組織化しておくことが必要。リーダー以外の役としては記録係を決めておく
・緑は1組で担当し、現場から離脱させ、黄色や赤がまじっていないか(=危険な受傷機転や災害弱者がいないか)の確認のみ行う。
・見落としを恐れてしまうけど、見ていない事の方が問題。つまり緑に時間と人数を割きすぎて黄色、赤がおろそかになる事はあってはいけない。多分実際には患者数でいえば緑が圧倒的に多いだろうけど、心動かされず淡々と赤と黄色に注力する。
・大原則として赤を早くみつけて搬送したい、けどトリアージ前に赤を見つけるのは難しい。ので黄色をあぶりだす。
・具体的には声掛けへの反応とか手を挙げさせ、リーダーは数を把握しておく。それを黄色の概数、反応なしを赤の概数として緑とあわせて指揮所や現場での協力機関など第一報を入れる。
・この辺でもついつい意識ある人とか助けを求める人を助けたくなるけど、最優先は赤である事を思い出す。
・黄色もしくは赤が確定するたびリーダー+記録係へ報告する。概数は概数なので正確な数を把握する。また確定した赤から順に赤救護エリアへ搬出していく。
・黒に関しては特に判定時刻と判定者名は絶対に必要(他の色でも必要だけど)。遺族にとっては、その人の最期を誰かが確かに看取った事を示すよりどころにもなる。赤優先のため黒の収容は遅れてしまうかもしれないが、だからこそタグ記入はきちんとしておく。

時間も人も医療資源もあらゆるリソースが足りなくなるのが災害医療であり、その究極目標は、「介入しなければ失われる命を救う介入」である。つまりは赤の発見、介入、安定化である。ぐったりして反応がないならば、助けを呼べないならば、それは赤である。助けを求める声を後回しにし、声のない人のもとへ向かうというのは、たとえ訓練であっても後ろ髪を引かれる思いなのに、いざ本番となれば冷静にはいられないだろう。人間は驚いた時、パニックに陥ったとき、その他非日常に暴露し感情を揺さぶられたときは、ついつい普段通りに動く。すなわち、感情に基づいて動いてしまう。だからそういう時でも正しい判断ができるよう、訓練は繰り返しても繰り返しすぎという事はない。災害において備えすぎという事は決してない。我々は備え続けなければならない。

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