レカネマブへの警戒と、コリンエステラーゼ阻害薬の有効性と、開発し続けなければならない宿命について。

レカネマブについて、米国神経学会の学会誌neurologyに記事があった。
タイトルがLecanemab: Looking Before We Leap(レカネマブ:飛ぶ前に見よ)と、結構挑発的でいい。

岐阜大の下畑先生がブログにて、アブストラクトの和訳を簡潔にまとめておられたので、引用させていただく。

◆レカネマブは認知機能に対して統計学的に有意な効果を示すが,その効果の大きさは小さく,臨床的に有意でない可能性がある
レカネマブの効果はコリンエステラーゼ阻害薬の効果よりも数値的には小さい
◆レカネマブを支持する主な論拠は,時間の経過とともに認知機能が向上するというものである.もっともらしいが,この結論を支持する証拠は不足している
◆レカネマブの有害性は大きい.Clarity試験では,症候性脳浮腫が11%に,症候性頭蓋内出血が0.5%に認められた
◆これらの副作用のリスクを著しく過小評価している可能性が高い.その理由は3つある.
①レカネマブは他の薬剤と相互作用する可能性が高いが,Clarity試験ではこの影響は最小限に抑えられている.
②臨床試験の集団は,現実の集団よりもはるかに若い(出血リスクは年齢とともに増加する).
③一般的に臨床試験における出血合併率は,臨床現場よりもはるかに低いことが知られている.
レカネマブのコストは前例がない.対象者全員が治療を受けた場合,薬代総額は年間1200億ドルになり,現在メディケアパートDですべての薬に使われている金額よりも多くなる.
◆結論として,レカネマブはドネペジルより効果が低く,有害性が大きく,コストが100倍高いことを認識する必要がある

 もう全てに同意できる。この薬の有害性については、いずれまとめなければならない。
 この慎重さをコロナ対策禍でも発揮してくれたらよかったのに・・・と思うが、まあ、米国は仕方ないか。
 日本が真似して騒いだのが馬鹿だっただけだ。

 上記にも書かれているが、コリンエステラーゼ阻害薬(ドネペジル、ガランタミン、リバスチグミンなど)は使い方を間違わなければ、薬の辞め時を間違わなければ、認知症患者のQOL上昇に寄与できる。これについては私も臨床経験上、確信している。なので、この薬剤を悪く言う言説に対しては大いに異議がある。
 もっとも、「間違った使い方」は結構お目にかかる。「漫然と投与されているケース」は以前は頻繁に目にしたが、最近は減っているように感じる。でも、無くなってはいない。全てに薬に言えることだが、「クスリ」は反対から読むと「リスク」なのだ。薬物と毒物は紙一重、だからこそ、きちんと効果判定しなければならないのだ。
 
 コリンエステラーゼ阻害薬の効果を判定する方法はただ一つ、内服後に患者と介護者の日常にどのような変化があったかを聞くこと、それだけだ。時間とマンパワーがあれば、神経心理検査を補助的に利用してもいい。
 私の印象では、はっきり言ってこの薬には記憶力そのものを改善させる力はない。でも、周囲への注意や関心を向上させる力はある。自分で自分のことをするようになった、周囲の出来事に関心を向けるようになった、他者のことを気にするようになった、前向きな言葉が出てくるようになった、などの変化があれば、有効だ。いわゆる「物忘れ」は記憶する能力そのものだけではなく、周りに対する注意や関心が大いに関係しているので、注意力が改善すれば物忘れが改善したように見える場合もある。
 これにより、日常生活を遂行しやすくなる、介護サービスなどを受けることに前向きになる。QOLが上がる。その結果、認知機能低下の進行速度が抑制される。
 つまり、薬を飲むだけでは認知機能低下速度は抑制できない。薬の効果と環境調整がセットとなって初めて「認知機能低下速度を抑制する」という効果が生まれるのだ。
 
 でも服用後に、吐き気で食欲が落ちた、異様に怒りっぽくなった、動きが悪くなった、脈が遅くなった、などがあれば、中止しなければならない。いくら他の効果があっても、その作用は本人と介護者のQOLを著しく阻害するからだ。
 
 あと、特にドネペジルは、アルツハイマー型認知症よりもレビ―小体型認知症の方が、有効性が分かりやすい。正直、レビー小体型認知症に対する加療の選択肢にドネペジルが無いと、非常に困る

 歴史のある薬が否定されることは、実は開発力のある企業にとっては好都合なのだ。彼らは新しい薬を使ってもらう必要がある。医薬品の特許権が20年で終了する以上、仕方ないことだ。しかも、特許権を取得してから開発・治験を経て市場に出るまで10年~15年かかるのだから、独占的に販売できるのは5~10年に過ぎない。ドネペジルはとっくに特許権は終了しており、最早処方されるのは安価な後発品ばかりだ。
 ドネペジルは「アリセプト」という商品名でエーザイが販売していたが、最早エーザイにとって「アリセプト」は商売にならない。だからレカネマブを開発する必要があった。生き残りのためだ。開発した以上、広く使われねばならない。今までの費やした開発費を取り戻し、利益を上げなければならない。企業活動としては何らおかしくはない。
 
 こういうことは言いたくないのだが、モデルナだって、ファイザーだって、現代の企業活動としては決して間違ったことはしていない。モデルナが日本に工場を作ったことをやたら重要視している人がいるが、モデルナはアジアの拠点が欲しいだけで別に日本だけを目的としているわけではない。特に新興企業は目に見える成長を宿命づけられている。潰れるのはあっという間だ。そりゃあ自分たちが作り上げた会社を潰したくはないだろう。出資者も従業員もいるのだから。
 まあ、もちろん、私は「早く潰れろ、悪徳企業め」と思ってるけどね!
 
 そして、新薬を市場に出しても、すぐに特許が切れて後発薬に置き換えられるのだから、自転車操業のように新薬を開発し続けなければならないのだ
 正直、私はこの「血を吐きながら走り続けるマラソン」のようなシステムを変えない限り、新薬による禍は起こり続けると思う。いや、そもそも、生命技術や医薬を「成長戦略」とする方針はもちろん、成長を必要条件とする資本主義そのものを見直さない限り、起こり続けるだろう
 でも、この流れはあまりにも大きすぎて、おそらく誰も止められない。歴史を振り返る限り、現状において有効な代替案もなさそうだ。結局、波に飲まれぬように多くを求めず自衛するか、もしくは良心を捨てて波に乗るか、どちらかなんだろう。できれば前者でありたいものだ。

医療用医薬品は「新薬(先発医薬品)」と「ジェネリック医薬品(後発医薬品)」に分けられます。新薬は、9~17年もの歳月と、数百億円以上の費用をかけて開発されるので、開発した製薬会社は、特許の出願によりその期間、そのおくすりを独占的に製造・販売する権利が与えられます。しかし、特許期間が過ぎると、その権利は国民の共有財産となるため、他の製薬会社から同じ有効成分を使ったおくすりが製造・販売できるようになります。それが、ジェネリック医薬品です。新薬に比べ開発費や開発期間が少ないために、新薬より低価格でご提供できます。

国はこれまで、『2020年度(平成32年度)9月末までに、後発医薬品の使用割合を80%とし、できる限り早期に達成できるよう、更なる使用促進策を検討する』(経済財政運営と改革の基本方針2017)と掲げ、ジェネリック医薬品の使用を進めてきました。現在、国全体では数量シェアはほぼ80%に達しています。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?