AU#23 慢性足関節不安定症の患者において、バランストレーニングは視覚依存を修正しない:システマティックレビュー・メタアナリシス

序文
バランストレーニングはスポーツ現場において多用されていますが、皆さんはどのようにしてリハビリテーションに取り入れていますか?バランストレーニングは、これまで数々の研究において姿勢制御能力を向上させることが証明されています。しかし、コントロールされた環境下でのバランスが向上していても、スポーツにおいて必要である、様々な感覚を動的かつ適切に統合する能力の向上が伴っているとは限りません。近年の研究によると、前十字靭帯損傷や慢性足関節不安定症(Chronic Ankle Instability: CAI)の患者では、姿勢制御に利用される視覚、前庭感覚、体性感覚のうち、視覚からの情報に依存する傾向が強いことがわかっています(Wein et al., 2021)。これは、軟部組織の損傷による体性感覚の機能障害による補正だと考えられます。複雑かつダイナミックな環境の中で様々なタスクを強いられるスポーツにおいて、視覚情報に依存してバランスをとることは怪我のリスクを高めることにつながる可能性があります。本研究は、CAIの患者において、バランストレーニングがこの視覚依存を修正する効果があるのかを検証しています。

論文概要

背景・目的
視覚、前庭感覚、体性感覚システムは姿勢制御に貢献している。CAI患者において、これらの感覚情報源間の利用を動的にシフトする能力が低下しており、片脚立ちにおいて健常者と比較し視覚情報により依存していることが確認されている。バランストレーニングは、姿勢制御を向上させることが証明されている一方で、視覚情報への依存を修正する効果があるかに関するエビデンスは不十分である。本研究の目的は、CAI患者において、バランストレーニングが静的バランス中の視覚依存を修正するのかを検証することであった。

方法
Pubmed、CINAHL、SPORTDiscusのデータベースにおいて入手可能な最も古い日付から2017年10月までの文献を、キーワードの組み合わせを利用して検索を行った。適格基準を満たす文献は、CAI患者を参加者とし、バランストレーニングの介入を行い、開眼・閉眼条件を含む静的バランスの客観的測定を計算したものとした。開眼・閉眼条件での静的片脚バランスの介入前後の測定におけるサンプルサイズ、平均値、標準偏差を、適格とみなされた文献から抽出した。バランストレーニング介入前後の開眼条件-閉眼条件(条件間の差)の効果量が計算され、さらに異質性についての研究間変動と出版バイアスの潜在的リスクについて検討した。

結果
文献検索の結果、6件の文献が適格基準を満たし、本研究に採用された。介入前と介入後の評価における、全体的な開眼条件-閉眼条件の効果量の差は有意ではなかった(Hedges'g effect size = 0.151, 95% CI = -0.151 to 0.453, p = 0.26)。この結果は、CAIを有する患者の片脚バランス時の視覚情報への依存は、バランストレーニング後に変化しないことを示している。採用された研究の異質性は低く(Q(5) = 2.96, p = 0.71, I2 = 0%)、出版バイアスはみられなかった。

結論
本研究におけるシステマティックレビュー・メタアナリシスの結果によると、従来のバランストレーニングプロトコルは、CAI患者において、片脚バランス中の視覚情報依存を修正しないことが考えられる。

まとめ

足関節捻挫や前十字靭帯損傷などの軟部組織に損傷を与える傷害では、その組織に組み込まれている感覚器・神経にも損傷を及ぼし、中枢神経への情報入力を変化させます。このような変化が起こると、身体は様々な生理的適応を通して日常生活やスポーツで必要なタスクを可能とするような戦略を生み出します。この生理的適応や戦略は、生きていくために必要な動作を可能とする適応ではありますが、適応・戦略の柔軟性・自由度が低ければ、多様なタスク・環境に応じる能力が低下してしまい、不適切な適応となってしまいます。したがって、アスレティックトレーナーは、複雑かつダイナミックな環境の下で様々なタスクをこなせるような、適切かつ柔軟な適応を生み出すように介入をする必要があります。本論文では、従来のバランストレーニングは、CAIの患者において、視覚依存という不柔軟な適応・戦略を修正することに繋がらない可能性があることが示唆されました。このことから、視覚依存を修正するには、従来のバランストレーニング以外の介入が必要であると考えられます。一方で、本論文は、バランストレーニングを実施すること自体を否定している訳ではありません。姿勢制御を向上するエクササイズを行う中で、身体はバランスを取るために、感覚の統合や動作の制御を調整しながら必要な適応をしていきます。患者の持つ機能的傷害に応じて、どのような刺激・環境・タスクが適切な適応につながるのかということを考えた上で、それに適した介入を取り入れることの重要性を本論文は指摘していると考えられます。2018年以降、このトピックに関して様々な研究がされてきており、Stroboscopic glasses(ストロボグラス)(Lee et al., 2022; Kim et al., 2021)やバーチュアル・リアリティ(Burcal et al., 2021)を活用した介入、さらにはExternal focus of attention(外部環境に注意を払わせたタスク)(Torp et al., 2020)を取り入れた介入などが、視覚依存の修正に効果がある可能性が示唆されています。この分野の介入研究は、今後更なる検証が必要ですが、これらの介入を取り入れることは、様々な感覚を適切に統合する能力を向上することにつながるかもしれません。臨床家の皆さんには、今後、視覚依存に対する介入の研究に注目するとともに、これらの点を踏まえてリハビリテーションを実施することを提案します。また、筋骨格系外傷による神経認知・生理機能への影響や、それに対するリハビリテーションなどに関しては、AU#18・19でも取り上げています。興味がある方は、ぜひ読んでみてください。

Reference
1.  Song K, Rhodes E, Wikstrom EA. Balance Training Does Not Alter Reliance on Visual Information during Static Stance in Those with Chronic Ankle Instability: A Systematic Review with Meta-Analysis. Sports Medicine. 2018;48(4):893-905.
2.  Wein F, Peultier-Celli L, van Rooij F, Saffarini M, Perrin P. No significant improvement in neuromuscular proprioception and increased reliance on visual compensation 6 months after ACL reconstruction. Journal of Experimental Orthopaedics. 2021;8(1).
3.  Lee H, Han S, Hopkins JT. Altered Visual Reliance Induced by Stroboscopic Glasses during Postural Control. International Journal of Environmental Research and Public Health. 2022;19(4):2076.
4.  Kim KM, Estudillo-Martínez MD, Castellote-Caballero Y, Estepa-Gallego A, Cruz-Díaz D. Short-Term Effects of Balance Training with Stroboscopic Vision for Patients with Chronic Ankle Instability: A Single-Blinded Randomized Controlled Trial. International Journal of Environmental Research and Public Health. 2021;18(10):5364.
5.  Burcal, C. J., Haggerty, A., & Grooms, D. R.. Using Virtual Reality to Treat Perceptual and Neurocognitive Impairments After Lower Extremity Injury. Athletic Training & Sports Health Care. 2021. https://doi.org/10.3928/19425864-20210401-01
6.  Torp DM, Thomas AC, Hubbard-Turner T, Donovan L. Biomechanical Response to External Biofeedback During Functional Tasks in Individuals With Chronic Ankle Instability. Journal of Athletic Training. 2020;56(3):263-271.
7.  AU#18: 前十字靭帯再建術に伴う神経可塑性 (https://note.com/jato_atc/n/n02bc20e029e2)
8.  AU#19: 前十字靭帯損傷に関連する神経認知および神経生理機能: リハビリテーションと競技復帰テストにおける神経認知的アプローチの枠組み (https://note.com/jato_atc/n/nc82239e7e821)

筆頭著者:水本健太
編集者:井出智広、姜洋美、岸本康平, 杉本健剛、(五十音順)

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