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AU#24「軽微な筋線維の壊死を伴う筋損傷後のアイシングは誘導型一酸化窒素合成酵素表現型マクロファージの侵入を制限し、筋再生を促進する」

序文
1978年にDr. Gabe Markinによって提唱された急性筋骨格外傷へのRICE処置は、PRICE処置、POLICE処置を経て、現在ではPEACE & LOVE処置(Dubois, 2020)が提唱されています。PEACE & LOVE処置で最も特筆すべき点は、これまで全ての処置に含まれていたアイシングが除かれたことではないでしょうか。2021年には、肉ばなれを模した筋損傷に対してアイシングを行ったところ、炎症性マクロファージの到着が遅れることによって筋再生を遅らせた(Kawashima, 2021)といった報告もされており、これまで我々が当たり前のように行ってきたアイシングの活用方法を見直す必要があります。今回は、上記報告の研究グループが2023年に発表した最新論文をご紹介します。この論文では、「軽微な筋損傷に対するアイシングは筋再生を促進する」と、2021年の報告とは一見正反対の結論を述べています。今回はこれらの論文の違いも確認しながら、アイシングに関する最新の知見を考察していきたいと思います。

論文概要
背景・目的
骨格筋損傷後のアイシングが筋の再生を阻害することを示唆する動物実験によるエビデンスが増えている。これらの先行研究における実験モデルでは、大量の筋線維の壊死が生じていたが、人間におけるスポーツ活動では、軽微な筋線維の壊死(<10%)を伴う筋損傷が頻繁に発生する。スポーツ医療におけるアイシングの効果を理解するためには、軽微な損傷に制限された筋損傷モデルの開発が必要である。
筋線維の再生プロセスは、マクロファージなどの免疫細胞によって統制される。マクロファージは筋の再生中に修復的な役割を果たす一方、誘導性一酸化窒素合成酵素 (iNOS) を介したメカニズムを通じて筋細胞に毒性効果を及ぼす。さらに、マクロファージは激しい運動後に筋線維の過度な損傷を引き起こすことがわかっている。そのため、マクロファージの筋再生効果および毒性効果を調整する処置を急性期に行うことで、筋再生を促進させる可能性がある。本研究では、軽微な筋線維の壊死を伴う動物損傷モデルを確立し、マクロファージに関連した現象に焦点を当て、筋再生に対するアイシングの影響を調査した。
方法
オスのWistar型ラット43匹の長趾伸筋を鉗子で圧迫することで、全体の筋線維の約4%を壊死させた。その後、損傷部にアイシング処置を行うアイシング群と行わない非アイシング群にランダムに振り分けた。アイシング群では、30分間のアイシングを90分間のインターバルで3回行う処置を、損傷直後・24時間後・48時間後に行った。損傷後2週間にわたり、損傷部位の形態的および免疫細胞化学的分析をおこなった。

結果
軽微な筋損傷にアイシングを行うことで:
1.         損傷部位において、iNOSを発現する炎症性M1マクロファージの蓄積が減少した。
2.         損傷範囲の拡大を防いだ。
3.         損傷3日後において、全てのマクロファージ中の抗炎症性M2マクロファージの割合が高かった。
4.         損傷部位において、衛星細胞(筋幹細胞)の蓄積が加速した。
5.         損傷14日後までの時点で再生筋線維のサイズが大きかったことから、筋再生が促進された。

結論
本研究の結果より、軽微な壊死を伴う筋損傷に対するアイシングは、iNOS表現型マクロファージの侵入を減衰させ、筋損傷の拡大を防ぎ、再生筋線維を形成する筋原細胞の蓄積を加速することで、筋再生を促進する可能性があることを示唆した。

まとめ
2021年の報告では、肉ばなれを模した筋損傷にアイシングを行うことで、炎症性マクロファージの到着が遅れて炎症の開始が遅れ、さらには抗炎症性マクロファージへの切り替えも遅れて炎症期が長引くことで、筋再生が遅れてしまうといった結果でした。今回紹介した研究では、圧迫による軽微な筋損傷を対象としています。つまり、運動によって起こった軽微な筋損傷にはアイシングは有効で、肉ばなれなどの重度な筋損傷にはアイシングを行わない方がいい可能性があるということです。ただ、これらの研究結果はあくまで筋損傷に対するものであり、靭帯や腱の損傷には適応できません。さらに、筋損傷の機序が圧迫であり、運動によって起こる筋損傷の機序とは異なることも考慮する必要があります。また、今回の研究は動物実験であり、ヒトにも同様の現象が起こるかどうかはわかりません。
個人的には、アイシングの鎮痛効果や腫れを抑える効果のメリットは無視できませんし、復帰まで2週間かかる怪我の筋再生の遅れと、3ヶ月かかる怪我の筋再生の遅れでは、その捉え方も変わってきます。今はアイシングに関して重要な過渡期であり、最新の情報を取り入れつつ、状況や背景に応じて最も適切と思われる判断を下していく必要があります。

Reference
Nagata I, Kawashima M, Miyazaki A, Miyoshi M, Sakuraya T, Sonomura T, Oyanagi E, Yano H, Arakawa T. Icing after skeletal muscle injury with necrosis in a small fraction of myofibers limits inducible nitric oxide synthase-expressing macrophage invasion and facilitates muscle regeneration. Am J Physiol Regul Integr Comp Physiol. 2023 Apr 1;324(4):R574-R588. doi: 10.1152/ajpregu.00258.2022. Epub 2023 Mar 6. PMID: 36878487.
 
Dubois B, Esculier JF. Soft-tissue injuries simply need PEACE and LOVE. Br J Sports Med. 2020 Jan;54(2):72-73. doi: 10.1136/bjsports-2019-101253. Epub 2019 Aug 3. PMID: 31377722.
 
Kawashima M, Kawanishi N, Tominaga T, Suzuki K, Miyazaki A, Nagata I, Miyoshi M, Miyakawa M, Sakuraya T, Sonomura T, Arakawa T. Icing after eccentric contraction-induced muscle damage perturbs the disappearance of necrotic muscle fibers and phenotypic dynamics of macrophages in mice. J Appl Physiol (1985). 2021 May 1;130(5):1410-1420. doi: 10.1152/japplphysiol.01069.2020. Epub 2021 Mar 25. PMID: 33764172.
 
筆頭著者:岸本康平
編集者:井出智広、姜洋美、柴田大輔, 杉本健剛、水本健太(五十音順)

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