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【Season2 Vol.15】 JATO ATCリレー: 尾形 育理さん

JATO ATCリレー Season2の第15走者は、向原 裕哉さんからバトンを受け取ってくださった、尾形 育理さんです。向原さんと尾形さんは、留学前に通われていた専門学校での同級生であり、その頃からのご友人でいらっしゃるそうです。是非ご一読ください!

ATCになろうと思ったのはいつですか?またその理由を教えてください。

高校3年生で進路を考えたときには既に漠然とアメリカで資格を取ろうと考えていました。当時所属していた高校野球部ではチーム内にプロジェクトグループがあり、各選手が「練習計画班」「トレーニング班」「用具班」「データ班」などに分かれて自主的にそれぞれの分野についてリードを取るという活動をしていました。2年時からトレーニング班に所属し、自分やチームメートのトレーニングプログラムのために関連書籍を読み漁り、いわゆる「アスレティックトレーナー」の真似事のようなことを行っていました。興味もあったので、選手として野球を続けることを諦めた後、この道に進むことは気持ちの上では自然な流れだったのかなと思います。

また、当時岩手県に数人しかいなかったアスレティックトレーナーの佐々木健次さん(現J A T O副会長)が高校の野球部に不定期帯同してくださっていたことで、留学の先にそのような資格取得の道があることを知り、またそれ以外に日本でアスレティックトレーナーになる方法も今ひとつピンとくるものがわからず、思い返すと「いずれは留学してATCになる」と勝手に決めていました。

具体的なビジョンやプランについては専門学校在学中に、アスレティックトレーナーとして講師をされていた八田倫子さん、平井千貴さんからさまざまなお話を伺い、徐々に固まっていきました。

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今、どんなお仕事をされていますか?

University of Iowaで野球部担当のAssistant Athletic Trainerとして働いています。
主な仕事は野球部選手の応急処置、評価、リハビリテーションとトリートメント、競技復帰までの漸進的なプログレッションプログラムをガイドすること、コーチ、チームドクターや理学療法士、カイロプラクターとの連絡、記録、COVID-19関連の業務(ワクチン記録の管理、PCRテストの実施、陽性者が出た際の対応等)です。
メジャーカンファレンスのDivision 1の場合は、多くのスポーツでチーム毎に専任のアスレティックトレーナーが1名以上ついている場合が多く、自分も野球選手のみ40人ほどを担当しています。

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その他に大きなプロジェクトとして定期的にIntegrative Throwers Assessment(ITA)という機能評価を行い、結果をデータにまとめてコーチ、ストレングスコーチと共有しています。未受傷でありながら怪我のリスクが高かったり、身体的な要素がパフォーマンスアップ・スキル習得の阻害要因になっていたりするケースが分かり次第、それらを個別に是正するためのプログラム作りも行なっています。この過程で基本的な動きや投球のメカニクスに関しても、メディカル視点の意見をコーチ側にシェアしています(詳しくは後述)。

ご自身の仕事の好きなところ、やりがいを感じることについて教えてください。

前述しましたが、現在の職場はではピッチングコーチ、ストレングスコーチと特に緊密に連携を取り、三位一体で「投手育成チーム」として投球フォームやデータを利用した球質への言及、トレーニング、栄養、ITAで見えてきたものを踏まえた結果の活用方等についてかなり深く踏み込んで毎週ミーティングを行っています。それぞれがお互いの立場を尊重しつつ、オープンマインドだからこそ成立するアプローチだと思いますし、その結果として投手陣が目に見えて成長していく過程の一部になれることには特にやりがいを感じます。

またこの過程で自分自身も、専門であるメディカル以外の分野への理解も深まり、怪我やパフォーマンス不良に対応する際にも、旧来の「痛みを取り除くために受動的に対応する」だけではなく、より総合的に根本の原因にアプローチできたり、いわゆる「未病、未受傷」の段階で手を打てるケースが増えてきたのはパフォーマンスセラピストとして楽しい部分でもあります。

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2013年に大学院生として始めた頃はまだまだ「トレーニングルームは怪我をした人がケアを受ける場所だ」、「できるだけ行かない方が良い(=怪我人とみなされてしまったら使ってもらえなくなる)」、もしくは「痛い時のみケアを受けて、痛みが取れたら即行かなくてよい」という前時代の考えに囚われている選手も多かったように思います。しかし、現在パフォーマンスセラピーやリカバリーといった「怪我をする前に」、「パフォーマンスやコンディションの向上につながる」アプローチでも利用できる場所という認識が少しずつですが選手の間に広まってきていることは、チームのカルチャーとして今後に繋がっていくと思います。

学生時代に経験したことで、今の仕事に活きていることがあれば教えてください。

読書、セミナーの受講、NATA総会に顔を出すこと、プロ野球でのインターン等、学校のプログラム外で学んだことや、プライベートでの旅行や差別体験等、学生として経験したことの1つ1つが積み重なって、今の仕事で物事の決断をする際に糧になっていると感じることはあります。

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大学とマイナーリーグにて経験を積んで来ていますが、どちらにもポジティブな所とネガティブな所があると思います。業務、スケジュール、同僚や上司または他部門の方々との働き方など、どのような違いがありましたか?(前回の向原さんからのご質問です。)

チーム単位で見た場合には、大学の方がプロ球団より規模の小さい分、他部門の方々と関係を築き連絡を行き渡らせるのが容易なのかなと思います。大学の方が組織として良くも悪くも小回りが効く印象です。

またUniversity of Iowaも大学スポーツの中では比較的大きい予算を持っていると思いますが、やはりプロ野球の方が様々な場面で金銭的なリソースに気を使う事が少ないと思います(その辺りはプロでもチーム毎に事情が違うかもしれませんが…。)

あとはやはり大学の選手は学業との兼ね合いやNCAAのルールで、練習やトレーニングの時間、リハビリやトリートメントにかけられる時間がある程度限られています
自分自身のプライベートの時間も確保するという側面からも、こちら主導でのリハビリのスケジューリングや、選手自身の時間管理能力も必要だと感じています。またセルフケアをできるように教えていくことも結果的に双方にとって多くの時間をセーブすることにもつながりますし、彼らが上のレベルでプレーを続けていくためにも必要な能力ですので重視しています。
マイナーリーグではまた違った大変さがありますが、その辺りの時間感覚は大学に比べると比較的大らかだったように思います。

NCAA1部・プロスポーツでのインターンシップ後、どのような経緯で大学院に進学されることを決意されましたか?また、大学院に進学して良かったことを教えて下さい。

学生の頃から、いずれプロ野球に挑戦する前にNCAAのディビジョン1の学校で働くことは念頭に置いていました。大学院に進学して一番良かったことは学生ビザのまま(就労ビザを消費せずに)アメリカ国内で合法的に履歴書に書ける臨床経験を積めたこと、そして現在の上司やコーチとのつながりができたことです。また、インターンの1年と併せて計3年間、「失敗しながら学びなさい」という立場で、上役のサポートを受けながらも、基本的にはチームのケア、コーチとのコミュニケーション等も自分で責任を持って行うよう任せてもらえたことはその後フルタイムで働くにあたり自信になった気がします。

自分は学部卒でATCになりましたが、当時から大多数のディビジョン1の大学が修士号を雇用条件としていました。そのため、学部卒業時点で多くの日本人ATCの先輩方と同じようにGraduate Assistant(GA、大学院生助手)という制度を利用して、アスレティックトレーナーとして働く代わりに授業料を免除と少しのお給料をもらいながら修士号を得ようと決めていました。GAを探す際は、基本的に2年間野球部を担当できるポジションに絞っており、たまたまその年に野球部担当を募集していた学校の中の1つがUniversity of Iowaでした。この時の流れから結果的に今フルタイムとして同じ大学に戻ってきているので、どんな縁がつながるかわからないものだなと感じます。

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今後の目標や展望を教えてください。

決まった働き方や特定の治療法、トレーニングのアプローチに囚われず、オープンマインドに野球医学、特に投球障害の予防の発展に寄与していくことが今後の目標です。常に学びや成長のある環境に身を置いていきたいなと思います。

また、このアンケートに回答している正に最中でのアップデートになりますが、2022年から本帰国し、新たな環境で働くことになりました。

あなたにとって、ATCは<ひとこと>で言うと、どのような職業ですか?またその理由を教えてください。

ATC自体が職業というよりは能力というか在り方なのかなと思います。自分の中ではiPS細胞のようなもののイメージです。人々のためになる多くの可能性をまだまだ秘めていること、また環境によって求められる役割や機能に応じて適応、分化しながら様々な役割を担えるポテンシャルを持っています。

様々なバックグラウンドを持った人同士が関わり合う、チームアプローチとしてのスポーツ医療現場においては、共通言語を持たない人同士を繋ぐハブ、結節点としての役割が大きいと思いますし、また別のセットアップにおいては特定の分野に特化してスペシャリストとして活躍する方も大勢いらっしゃいます。

個人としては予防医学やパフォーマンスセラピーに軸足を置きつつ、「木も森も見て」柔軟に幅のある選択のできるジェネラリストとしてのスペシャリストを目指していきたいと思っています。

【編集後記】尾形さん、帰国準備でお忙しい中、ご質問にお答えいただきどうもありがとうございました。様々な現場を経験積まれた尾形さんからのメッセージにはアスレティックトレーナーとしてチームの中で活動するに当たってとても大切なことが詰まっていると感じました。尾形さんの日本での活躍を心よりお祈り申し上げます。さて、次回は尾形さんがセラピストとして目標にしている、常に数歩先を歩む大先輩をご紹介いただきました。お楽しみに!

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