ニートでなぜ悪い 8話

はじめに

 この物語はフィクションであり、実在の人物・組織・団体とは一切関係ありません。

 本編


 屋内だというのにサングラスをかけた男は俺に微笑みながらこう言った。
 「何に成りたいを考えているだけじゃ、何にも成れない。」
 「どうやって成るか、そこまで考えなければ、何にも成れないよ。」
 シーバスリーガルの水割りをちびちび飲みながらそういう男は、物書きだと自称した。後日、彼は事実有名な文学誌で連載を持つ物書きだとわかったのだが、その時それを知らなかった俺は、ただの酔っぱらいの戯言だと一笑に付した。
 男はその匂いを感じたのか、続けてこういった。
 「わからないなら仕方がないねぇ。」
 そういって微笑みを増した顔でまたウイスキーに口を付けた。
 あいつはまだ来ない。
 「どうやって成るかがわかれば、苦労はしませんよ。」
 俺はなんとなく悔しくなってウォッカを飲む前にそう言った。
 「成ったことのあるやつに聞いてみればいいのさ。俺とかな。」
 男は俺に名刺を差し出すと、勘定をして店を出ていった。
 入れ違いざまに、あいつがやってくる。
 「工藤ちゃん、友達待たせてるよ。」
 ”あいつ”にマスターが話しかける。
 俺は”あいつ”の名前を苦労せずに思い出すことができて嬉しかったからか、ほくそ笑んだ。
 ウォッカの中に消えていく罪悪感。友だったらしき人の名前を忘れていたという罪悪感。
 「ごめん柏谷。」
 そういうと”工藤”はシーバスを注文した。
 「さっき陰気なおっさんも飲んでたよ。」
 俺がへらへらしながら言うと、工藤は少しうれしそうに笑って、
 「お前”センセイ”にあったのか。」と言った。
 渡された名刺を見るとそこにはただ、電話番号の上に小さな文字で、”和賀四季”とだけ書いてあった。
 「説教されたよ。」
 「いいな~、まじもんの芸術家に説教されるなんて。俺なんて世間話も難しいぜ。」
 そういうと工藤はシーバスを一気に半分まで飲んだ。
 ドアからぞろぞろと洒落た男女が入ってくる。工藤のバンドメンバーもそこにいた。
 そこからはあまり覚えていない。正確に言うと4杯目を飲んだあたりまでは覚えているが、あまり思い出したくはない。
 気が付くと俺は玄関口で眠っていた。
 胸ポケットには”センセイ”の名刺が少し折れ曲がって入っていた。暇つぶしになるかもしれないと思った。
 風呂に入ってから、俺は電話をかけた。
 数十秒してから、女性の声がした。
 「はい、和賀ですが。」
 「昨日バーで名刺を渡されたんで連絡してみたのですが。」
 「本人にお繋ぎします。」
 やけにすんなりと事が運んでしまって困惑したが、次に聞こえた男の声に、俺の思考はかき消された。
 「連絡来ると思ってたよ。」
 何もかも掌の上、そんな感じの声色が癪に障った。
 
 


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