ニートでなぜ悪い 2話

はじめに

 この物語はフィクションであり、実在の人物・組織・団体とは一切関係ありません。

本編

 
 唐揚げ弁当は一緒に買ってしまうべきだったと、店を後にしてから後悔する。
 これから、何度後悔をするのだろう?
 昼下がりの風を浴びていた頃には想像もつかなかった考えに身悶えし、過ぎ去った時間を思い起こす。
 オレンジジュースに溶けてしまったのだと思うことにして、最後の一吸いを飲んだ。
 「おー、柏谷くんじゃん! ……」
  「おー、久しぶり〜……」
 会話はこれだけだった。
 何よりも情けなかったのは、俺はあいつが誰だったか皆目検討もつかないことだった。
 おぼろげながら小学生か中学生の頃の知人であることはわかるのだが、名前が出てこない。
 向こうはこちらを覚えているのに、こちらは向こうを覚えていない。
 思い出や記憶は一方的なものである。こちらが知っている事を、あちらは知らない。
 だから言葉で伝えなくてはいけない。ところが、こちらは向こうを呼ぶことは出来ない。
 これでは会話は始まらない。
 ものすごく行きづらくなってしまったコンビニは、逆に意識を釘付けにしてくる。
 2〜3日経っても、近くを歩くだけで思い出す。
 俺の名前を呼ぶ声。
 だが、顔は次第に薄れていって、もう誰が俺の名前を呼ぶのか思い出せない。
 行けばわかるのだろうか?知りたいが、怖い。
 日常生活の中にお化け屋敷が現れたかのように、興味だけが募って行くばかりで踏み入れることはできなかった。いつしか、俺の中であのコンビニの近くは、できるだけ通らないようにしなければならないことになっていた。
 この感覚は労働に似ている。行きたくないのに、行かなければ死んでしまう。
 命を担保するために命を捧げる。
 俺はこの感覚が苦痛でたまらなかったから退職したのだ。
 結局思い切り楽しむこともできず、眼の前の幸せだけが理由になってしまう。
 別に何かを成し遂げたいわけじゃない。ただ、なんとなく生きてなんとなく死ぬという"当たり前"が、途方もなく嫌いだっただけなのだ。
 名前を知らない、平日の昼間に煙草とオレンジジュースを買いに来るような知り合いに覚えてもらえなくても、気にしないでいられるあいつのように、生きることが嫌だったのだ。
 「俺は負け犬じゃない。」
 言い聞かせるように呟いてから、煙草に火をつけた。
 吐く息からは焦げ臭い匂いがする。俺の心の燃えカスの中で燻る火の香り。
 こんな風にカッコつけてみることでしか自分の本当の気持ちから目を背けられない。
 なんで俺はこんなところでこんなことしてる?
 
 

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