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【ウクライナ侵攻】意見表明 脳が”世界”を作る

                         2022.6.17 室山哲也
 
 人間の脳は不思議だ。
 この図を見てほしい。

 真ん中に白い三角形が見える。だが、よく見ると、その三角形は、存在してはいない。存在しているのは、黒い部分のみ。

 口を開けた黒い円と、折れ曲がった線だけだ。存在していない白い三角形が、なぜ見えるのだろうか?人間の脳は、とても主観的で、断片的な情報を組み合わせてイメージを、勝手に作り出すのだと説明されている。この「ないものが見える」能力は、人間の二面性を物語っている。私たちは、言葉や記号を操って、空想を膨らませ、この世にない文学作品や、芸術、そして文明を創り出す能力を持っている。しかし一方で、錯覚をうみ、私達を、巨大な落とし穴におとしめる、危険な側面にもつながっていく。

 私達の脳は、あっけないほど簡単に、脳内のイメージ(主観)を変える。数年前、NHKの番組で放送された、イギリスの興味深い実験もその一つだ。
 この実験では、被験者の男性を、脳の機能がわかるfMRIという装置に入れ、映像を見せながら脳の反応を探る。まずは男性に「若い女性がある男性のほほを激しく叩く」映像を見せる。装置内の男性は、驚き、まるで自分が叩かれているように顔をしかめる。脳を調べると、島皮質と呼ばれる部分が興奮した。島皮質は「不快なものを見たとき反応する」部分で、男性は、他人の痛みを我がことのように感じ、不快感をおぼえたようだ。
 ところが、今度は、実験前に「これから見せる映像の男性は、女性にひどいことをしたので、罰を受ける」と告げ、同じ映像を見せると、違う脳の部位が興奮した。それは、「快感」を感じるとき反応する側坐核という部分だった。つまり、意味づけを変えただけで、脳は全く違う反応を示したのだ。実験を行ったイギリスの脳科学者、ベン・シーモア博士は、「集団の中で進化してきた人類は、社会的合意によって、脳の反応をかえていく」と説明した。

 この実験は、多くのことを考えさせる。
 私達は、同じ事実を、違う視点で勝手に意味づけする。そして、そのうち、合理化が進み、その「正当性」におぼれていくのだ。私たちは、あらゆるものに対して、もっと謙虚になるべきだ。そして、私達の脳や心が持つ盲点と、危うさに、きちんと向き合う必要がある。人間の脳が持つ「想像力」を、正しい意味での「創造力」につなげていく努力をしていかなければならない。
 ウクライナの悲劇を見て、その人間の恐ろしさを、心底感じる。

室山哲也(日本科学技術ジャーナリスト会議(JASTJ)会長)



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