次亜塩素酸水の抗ウイルス効果を報告した論文4報

<科学論文> 20th June 2020  Curated by 西村尚子

 次亜塩素酸水が新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の抑制に効果的か否か、人体に安全か否かが、物議を醸しています。そこで、ウイルスを含む病原体の抑制効果について、過去にどのような報告があるのか調べてみました(新型コロナウイルスで検証した論文は探せませんでした)。見えてきたのは、次亜塩素酸水の抗病原体効果が、使用環境(有機物の存在、温度、紫外線など)、次亜塩素酸水生成後の経過時間、かけ流して使うのか噴霧するのか、噴霧距離、病原体への接触時間、といった条件に大きく左右されるということです。(西村尚子)

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(日時はすべて現地時間)
※インフルエンザウイルスはコロナウイルスと同じく、エンベロープをもつ。

論文【1】A型インフルエンザ増殖を抑制、3.5ppmで細胞毒性もなし
2009年1月2日 Laryngoscope. doi: 10.1097/MLG.0b013e31817f4d34. https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1097/MLG.0b013e31817f4d34

 水道水(ph7.0 およびph8.4)に食塩を加えた溶液を電気分解して作った次亜塩素酸(hypochlorous acid,HOCl)の水溶液に、細菌、真菌、ウイルスを殺す効果があるかどうかを調べた。さらに、3.5ppmの次亜塩素酸水を使って、ヒトの鼻由来の培養上皮細胞に対する細胞毒性も調べた。培養細胞に次亜塩素酸水を加えてから30分後、および2時間後に調べた限りでは毒性はみられなかった。カンジダ(Candida albicans)以外の病原体に対し、99%以上の抗活性効果がみられた。ヒト細胞に感染させたA型インフルエンザウイルスを用いたアッセイでも、ウイルスを有意に抑制する(3.2-log10削減)効果がみられた。

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論文【2】インフルエンザウイルスの抑制効果は、濃度、噴霧時間、噴霧距離で異なる
2015年2月 Hakimullah Hakim ほか, J Vet Med Sci. DOI: 10.1292/jvms.14-0413
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jvms/77/2/77_14-0413/_article

 次亜塩素酸(HOCl)溶液の、H7N1型インフルエンザウイルス抑制効果を評価した。ウイルスは有機物に富んだ状態で培養皿に入れたものを使った。50、100、200ppmの塩素を含むHOCl溶液を用意し、1センチあるいは30センチ離れた位置から噴霧した効果を評価した。100ppmと200ppm溶液では噴霧直後にウイルスが不活性化されたが、50ppm溶液では少なくとも3分間噴霧しつづける必要があった。ウイルスの入った培養皿の上にレーヨン布を置き、その上から間接的に噴霧した場合には50ppm、100ppmでは不活性化できず、200ppmにすると10分以内で不活性化できることがわかった。

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論文【3】低濃度の次亜塩素酸水、ライノウイルスを抑制
2011年1〜2月 Myeong Sang Yu ほか, Am J Rhinol Allergy. DOI: 10.2500/ajra.2011.25.3545
https://journals.sagepub.com/doi/abs/10.2500/ajra.2011.25.3545

 低濃度の次亜塩素酸(HOCl)について、ヒトのライノウイルス(ありふれた風をひきおこす)抑制効果があるかどうかを調べた。ヒトの鼻腔を洗浄する想定で、鼻上皮細胞にライノウイルスを感染させたものをモデルとした。ウイルス感染細胞を12時間おきに3回、5分間 HOCl溶液で処理したところ、ウイルス感染によって誘導されるIL-6とIL-8(ともに炎症物質)の量が抑制され、ウイルス量も有意に低下するとわかった。HOClの抗ウイルス活性は、HOClを生成1分後にピークとなり、その後は減少した。著者らは、HOCl溶液による鼻洗浄がライノウイルス感染による症状を改善する可能性があるとしている。
 ※ライノウイルスはエンベロープをもたない

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【4】排泄物存在下のノロウイルスなどに対して、抑制効果大

2017年5月4日 Hisataka Goda ほか, PLoS One, DOI: 10.1371/journal.pone.0176718 
https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0176718

 弱酸性の次亜塩素酸水(chlorous acid water:WACAW)と次亜塩素酸ナトリウム溶液について、ネコに呼吸器感染症をおこすウイルス(ネコカリシウイルス:FCV、ノロウイルスの代替として使われる)と、腸炎の原因菌の一つ(クロストリジウム・ディフィシルの胞子:C. difficile spores)に対する抗病原体効果を調べた。いずれの病原体も、WACAW 濃度が100〜600ppm、ウシ血清アルブミンや肉抽出物などのタンパク質が豊富に存在する条件下で検討した。次亜塩素酸ナトリウム溶液も濃度と接触時間に依存した抗病原体効果がみとめられたが、有機物に富んだ条件下では効果が大幅に低下した。著者らは、次亜塩素酸水は有機物存在下でも比較的安定しており、エンベロープをもたないウイルスに対して、次亜塩素酸水を消毒薬として使える可能性があるとしている(エンベロープをもつウイルスへの効果については言及なし)。

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キーワード

次亜塩素酸水とは
 次亜塩素酸(HOCl)の水溶液。低濃度(0.2%以下)の食塩水を電気分解することでできる。弱酸性。高濃度のものを噴霧するのは人体に有害。経済産業省は、「新型コロナウイルスへの有効性は確認されていないとし、次亜塩素酸水を含む消毒剤を人体に噴霧することは、いかなる状況であっても推奨されない」としている(下記、参考2を参照)。
次亜塩素酸水と混同されやすい次亜塩素酸ナトリウムについて
 次亜塩素酸ナトリウムは、濃度の高い(飽和状態に近い)食塩水を電気分解することでできる。強アルカリ性で、漂白剤、殺菌薬として使われる。皮膚に触れると強い炎症を起こすほか、酸などと混ぜると有害な塩素ガスが発生する。
参考
1.次亜塩素酸水と次亜塩素酸ナトリウムの同類性 に関する資料 @厚生労働省https://www.mhlw.go.jp/shingi/2009/08/dl/s0819-8k.pdf
本資料には次の記述がある(原文ママ)
「次亜塩素酸(HOCl)の殺菌力は次亜塩素酸イオン(OCl-)より約 80 倍高いといわれている。したがって、次亜塩素酸水は、次亜塩素酸の存在比率高いため、次亜塩素酸ナトリウムよりも高い殺菌活性を示す(表2)。しかしながら、濃度が低いため 機物が存在すると容易に活性が低下する。これをカバーするには、流水で使用することが肝心である。」
2.「次亜塩素酸水」等の販売実態について(ファクトシート) @経済産業省https://www.meti.go.jp/press/2020/05/20200529005/20200529005-2.pdf#search=%27次亜塩素酸水と次亜塩素酸ナトリウムの違い+厚生労働省%27
3. Application of CHARM® for studying chemical dispersion due to accidental release Chlorine Results @Environmental Protection Agency(アメリカ合衆国環境保護庁)
https://www.witpress.com/Secure/elibrary/papers/EID14/EID14060FU1.pdf#search=%27http%3A%2F%2Fwww.epa.gov%2Fopptintr%2Faegl%2Fpubs%2Fresults56.htm%27
「Table 2: AEGL for Chlorine」において、塩素への暴露と人体影響についてまとめている。たとえば10分間の暴露だと、0.5ppm濃度でAEGL(acute exposure guideline levels)-1レベル、2.8ppmの塩素でAEGL-2レベル、50pmでAEGL-3レベルの健康被害が生じると報告している。


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