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ロースペック自叙伝 その1

ロースペック社会人の誕生

この物語は日本ウォーキングスペシャリスト協会代表の吉川恵一の波乱万丈?な自叙伝から始まり、この協会事業が発足するまでの軌跡を記した物語です。

私はガッツリ昭和世代で、昭和46年生まれの現在51歳です。(2022年現在)私の社会人デビューは19歳です。実はお肉屋さん(吉祥寺駅ビルの中の鶏肉専門店)が私の社会人デビューの場でした。私は決して体育系エリートでもなく、学歴は高卒です。
 
当時の私は若さに任せて仕事の虫でした。学校という環境に馴染めなく、実は高3の頃からそのお店で働かせてもらっていたので、卒業時にはもはや手慣れた新米お肉屋さんになっていました。今ではブラックな職場環境とも言える、一日平均15時間労働、休みは駅ビルの休館日の月一回のような生活でしたが、働いた分だけ評価され、その分の報酬が得られる社会人の仕組みが面白く、身体の疲れなど忘れて日々の仕事に没頭していました。
 
しかし、職場内は大将(年配の店長)と私だけという環境で、特に総菜担当だった私はお客様と会話する機会もほとんどなく、日がな一日、裏方で山積された肉片を総菜に加工したり、既に毛抜きや臓物処理などの下処理を終えた鶏肉を解体する作業の日々で、19、20歳の若者にとって、寂しさや欲求不満が募る日々の始まりでもありました。
お食事中の方がいらっしゃいましたら恐縮ですが、私の話し相手と言えば、処理代の上に並べた鶏の頭たちという、やや病的な状態でもありました。でも、鶏さんも人間と同じく、個々で微妙にお顔が違うものですよ。(苦笑)
 
そんな中で、鶏の足を切り落としていたときに、その足首から白いヒモのようなものがピロンと垂れ下がっていることに気付きました。ある程度の動物解剖が分かっている方には当然のように、これが筋の腱だということがお分かりかと思いますが、当時の私にはそんな解剖知識など微塵もありませんので、ただの興味でその白いヒモを引っ張ってみたところ、なんと鶏さんの足指がグーになることを発見し、不謹慎且つ病的ではありますが、そこにものすごく面白さを感じ、今でもその時の光景が鮮明なフラッシュとして残っているという事実が、人体に関わらず動物という体の仕組みに興味を持つ起点になったのだろうと思っています。

しかし、やはりその環境に窮屈を感じ、鬱屈した日々を送っていた若者に強烈な羨望の念を抱かせたのが、お昼休憩時に総菜目当てに訪れる、駅近くにあった大手フィットネスクラブのスタッフ達でした。カッコよくデザインされた揃いのジャージ系のユニフォームに、鍛え抜かれた肉体を誇示するマッチョ男性と小麦色に日焼けしてスポーティなプロポーションをこれ見よがしにふりまいているダンスインストラクター系女性のカップルでよく訪れるのですよ。
 
私のいで立ちを見れば、薄汚れたハッピによれよれのジーンズに白い衛生長靴。歳などさほど変わりないのに、その容姿の差に、当時は「オレの揚げた唐揚げを食うな!」などと勝手な恨み節を心の中で呟いていました。

鬱屈からの脱却

そんな鬱屈した窮屈な閉塞感に苛まれている自分自身との違いに悶々とした日々から脱却すべく、一念発起して父のように慕っていた大将(年配の肉屋の店長)に胸の内を全て吐露し、20歳で肉屋を去ることとなりました。最終日に、大将には内緒で一晩かけて店内をピカピカに磨き上げ、深く一礼をして去った日のことを、今でもしっかりと覚えています。
 
その後、当時全国にチェーンを広げていた某大手エステサロン系列の女性専門フィットネスクラブにアルバイトスタッフとして入社しました。なぜここかと言えば、学歴もない未経験者を入れてくれたのがここだけだったということですが。そして、ここで私は小さい世界の中で、井の中の蛙のごとく無邪気に大きく羽ばたくのであります。
 
それまで卑屈な羨望の眼差しで見つめていたフィットネス業界に、いよいよ足を踏み入れた私は、まずマシンジムの研修員として汗を流しておりましたが、ある日、ジムの横に広がる多目的スペースにて定時に始まるエアロビクスレッスンに、ふらっと参加してみたところ、高校生時代に大学生の先輩に連れられて通っていたディスコで慣らしたダンス感性が功を奏したのか、傍らで見ていたチーフスタッフに「君、練習しなよ」と、いきなりの抜擢を受けるに至り、その後そのセンスが光を帯びて、瞬く間に人気ナンバーワンのエアロビクスインストラクターに成長し、その成果で正社員となり、22歳で吉祥寺本店副店長、23歳で本店店長へと昇りつめてしまったのです。
 
まさに有頂天とはこのことなのか。小さい世界の頂点に君臨したかのように錯覚をした若者は、天下人のような横暴さで近隣の店舗を見下し、全国店長会議でもその横暴振りを発揮して、低成績店舗を大勢の前で罵るような、まさに絵に描いたような能天気有頂天男と成り果てていたのであります。
 
そんな折、隣の荻窪店から、エアロビクススタッフが急遽足りなくなったとのヘルプ要請があり、いつもならば下々のスタッフ(敢えてその時の感覚で表現)を行かせるところ、この時ばかりは私自身が行くことにしました。理由は、つい最近当時の私よりも10歳年長(33歳)の女性店長が中途採用で入社してきたという情報が入ってきていたので、まだ会ったことがない私としては、挨拶がてら私の人気振りを見せつけてこようという邪な承認欲求に駆られていたからです。
 
荻窪店に着くやいなや、同店の女性スタッフ達から「え!吉川店長が来てくれたのですか!?すごい!お噂は聞いています!ぜひレッスンを見学させてください!」の黄色い声。予想通りの展開に満足気の私は表情一つ変えず「別にいいよ」の一言返事。今タイムマシンがあれば、この時の自分に平手打ちしていることでしょう。
 
なぜなら、この直後にこの能天気有頂天男は、奈落の底に突き落とされることになるのだから。

〈つづく〉