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お嬢様たちのお仕置き


・序、あるいは急

 二十世紀初頭の英国。
 数百年前の宗教改革以降、打ち捨てられていた広大な敷地を持つ女子修道院を全面的に改修して建てられた女子ボーディングスクール、セント・ハウス校。
上流階級(アッパークラス)である貴族と中流階級の中でも経営者、弁護士、医者、軍人などのいわゆる上層中流階級(ミドルアッパークラス)の子女だけが入学ができる寄宿学校だ。
 もちろん産業革命を経て、階級的差別が少しずつではあるが薄れつつあったので、国民であれば誰にでも門戸は開かれてはいたが、年間二百ポンドもの学費が払える家庭は低階層にはまず皆無といって良い。
 ゆえに、お嬢様たちだけの世界がそこに確かにあった。
 

倫敦郊外の鈍色の空が少しだけ物悲しく見えてしまうのは、健気な少女たちの心の動きを慮ってのことだったのだろうか。
 セント・ハウス校の校内と寄宿舎には百年後のように昼間と同じとまではいかないが電灯がうっすらと灯っている。
 室外の方にはまだガス灯が使われており、敷地の街路樹や施設の入り口などにはガス灯が煌々と灯されていた。
 三階建ての校舎の裏手にあるとある場所。特に別棟の施設というわけではないのに、そこには校舎をぐるりと回り込まなければ入口には辿り着かない。普段は生徒だけでなく、教師たるシスターさえも用のない扉。
 改築の際にオーナー兼学校長がこの場所を無くさなかったのは、悪戯の過ぎた仔猫たちへのせめてもの情けか、いつまでもこの場所が必要なのだという厳しさなのか誰にも分からない。
 掃き清められた石畳の入口の両脇にはガス灯がぼんやりと灯っている。十段ほど階段を降りたところ、観音開きになっている古びた扉の向こうに女子修道院時代からの地下室は補修されて健在であった。
 

 貴族や政府高官、大企業の令嬢たちが寄宿する名門校だけあって当然のように学校中は隅から隅まで清掃が行き届いている。それは地下室とて同じで、上層階と爪の先ほども変わらずに清潔さが保たれていた。
 しかし、地下室の石壁から伝わってくる数百年前もの間封じ込められている雰囲気に、そこに連れてこられる少女たちはまず怯える。
 後悔からくる沈痛な面持ちは不安と恐怖の色に次第に変わっていって、数部屋ある地下室の最奥の前へと辿り着く頃には現実感のなさから足元がおぼつかなくなっていく。
 そうして辿り着いた最奥の部屋。
 【懲罰室】と鉄のプレートに刻印された重厚な木の扉の部屋からほんのかすかに乾いた音に併せて叫ぶような声が漏れていた。 
 地下室だけあって完全に密閉とは行かない。ここが使われる時間帯は主に放課後以降だから必ずランタンが必要だった。その為の換気口が部屋の中にいくつもあるので、扉の前に立って耳をすませば懲罰を受けている少女の哀切の声が微かに聞こえるだろう。
 
 その懲罰室の分厚い扉の向こう側は特に地下牢のようになっているわけでもなく、窓がないだけで小奇麗な病室のように意外なほど整えられている。
 扉を開けてすぐ目に入るのは前部に十字架が施されている教会の講壇のような机。違うのは囲いが無く普通の執務机のようにフラットになっていること。
 そして、今そこに上半身を伏せて、剥き出しにされたお尻を晒した少女がお尻を鞭打たれる苦痛に耐えながら必死に机にしがみついていた。ジャンパースカートの裾を腰まで捲り上げられて、学校指定の白いショーツをお尻のすぐ下まで下ろされていた。辛い痛みに歯を食いしばり耐えながらも、自ら打たれやすいようにお尻をもたげて突き出しておかねばならない。 
 懲罰室で最も厳しいお仕置きはお仕置き台に縛られること。お仕置きを受ける態度が悪ければそこに縛られてお仕置きを一からやり直されてしまう。
 机に自ら伏せてお仕置きを我慢して受けることが出来ればそこまではされることはない。
 もっとも、少女は今でもケインと呼ばれる木製の藤鞭で十数打目を振り下ろされているのだから、懲罰室に送られるということはそれだけ厳しいお仕置きが待っているということなのだが。
 
 少女は頭の中が痛みで真っ白になりながらも、素早く連続で打たれない事だけが僅かな救いだと思った。
 意地もプライドも一ダースを超えた頃には崩れ去って、泣き叫んでしまっている。ゆっくりと打たれることもズキズキとした痛みがお尻全体を覆って辛いが、お尻全体をケインで連続で打たれると身体が反射的に逃げてしまう。それだけはしてはいけないことだった。
 余りの痛さに無意識に思わずお尻を庇ってしまって、一打やり直されてしまった。次はお仕置き台に縛って一からやり直しだと脅された。
 いや、決して脅しではないだろう。それが校内での指導室との違いであり、やり直しはともかく一打の打ち直しはシャーロットにも経験がある。
 だからこそ、こうやって歯を食いしばり必死に机にしがみついているのだから。
 
 ヒュッと風切り音がして、ほぼ同時に高い乾いた音が石壁に囲まれた懲罰室の中に響いた。

 ビシィッ!
「…あっ、うぅ…!」
 
 少女の丸く形のいい双丘を鞭が厳しく弾く。紅い蚯蚓腫れが何本もお尻に横線を作っていた。
 打ち手は一定のリズムで痣や蚯蚓腫れが出来るほどに厳しく、しかし血が出るような怪我にはならないように十分に配慮をしながら最大限に反省出来るように厳しい痛みを与えながら打っていた。
 お尻でケインが弾けると少女の頭が跳ね上がり、背が弓なりに反って、再び俯くように机に伏せると体を震わせて痛みを堪える。
 本当は足から崩れ去り、お尻を押さえて蹲ってもう許してくださいと懇願したいがそれが許されないことは、躾の厳しい上流階級で育ったことと、この数年のスクールでの生活で重々承知していた。 
 もうすぐ2ダースに届こうかという打擲。少女のお尻にヒリヒリとした灼けつくような痛みとズキズキとした鋭い痛みが連続して襲ってきている。
 ショーツの絡まった白い太腿を痛みにすり合わせて、荒い息をしながら涙を溢れさせていた。限界が近い。

 ビシィッ!ビシィッ!ビシィッ!
「ひぃーっ!痛いぃ、いたいぃっ!待って、待ってくださいっ!」
 
 少しの間、呼吸を整える時間が与えられたかと思うと、ふいに短い風切り音と打擲の音が連続で少女のお尻で高く鳴った。
 お仕置きの辛さをじっくりと染み込ませるために、連続で同じ位置を打たれることがある。他の面の広いお仕置き道具ならともかく、ケインでこれをやられるとお仕置きに慣れたものでも泣き声をあげてお尻を逃がそうとしてしまう。
 少女もご多分に漏れずその日二度目の、しかもお尻を手で庇った挙句、立ち上がり振り返ってしまうという行為をしてしまった。少女の大きな仔猫のような瞳から涙が零れて頬を濡らしていた。

「ゆ、許してください、校長先生…あまりに辛すぎます…」
 
 立ち上がったことにより腰まで捲り上げられていたジャンパースカートの裾が落ちて、真っ赤に腫れ上がったお尻を隠してしまう。お仕置き中にお尻を隠す行為は重罪だった。
 しかも一度始まったお仕置きが体調不良以外の理由で許されるはずもなく、あまつさえ姿勢を崩してお仕置きから逃げようとしたことは執行者の眉を深く顰めさせるには十分だった。
 
「……シャーロット・ヴィディエール君。それが反省している人間の態度ですか?」
 
 校内のお仕置きなら反省が見えた段階で許されることもあるが、懲罰室のお仕置きは手加減も甘えも一切許されない。
 厳しすぎる痛みに蹲り、しゃくり上げて泣いている少女に声が掛けられた。
 三十手前くらいの青年男性だ。入学してから何度も聞いたことがある声。その深く響くオペラのテノール歌手のような美声を。
 シャーロットはスターリングシルバーの特注品の眼鏡をそっと外すと、涙で濡れた目元をたおやかな人差し指で拭った。喉からせり上がる嗚咽をどうにか我慢して震える声で青年に懇願した。
   
「ああ…、申し訳ありません、校長先生…でもお尻が痛くて…」 
 
 シャーロットが目尻に涙を溜めたまま仰ぎ見た男性は背の高い美丈夫であった。濡れ羽色の艶やかな髪に蒼天のような瞳、雪肌のような白い整った顔立ち、紅を差したような紅い唇。同性ですら見惚れる、まず倫敦市内でもお目に掛かれない美貌の青年といってよかった。
 古くから続く世襲貴族の侯爵家の当代で名をエドワード=スタンリー。領地経営のみならず交易やホテル経営にも力を入れていたことで、最近増えている領地収入が減って困窮する貴族とは真逆に資産は増え続けている。
 そしてこれからは学問こそ国を強くすると、手始めに女性の社会進出の為にまずは上層階級の子女にしっかりとした教育を施したいと、莫大な資金を投入してボーディングスクール建設に着手した人物。
 美声の割には声のトーンが一定で感情がない氷雪のような態度から、冷徹で酷薄な人物だと生徒がほとんどが思っていた。

「痛いのは当たり前ですね。剥き出しのお尻に鞭を当てているのですから。上流階級の誰もが鞭打たれて育つのです。私だって昔は同じように鞭を貰ったものですよ」 
 
 ねぇ?と相変わらず感情のない声で少し離れた位置で見届け役として厳しい顔で成り行きを見守っていた妙齢のシスターに声を掛ける。声を掛けられたシスターは昔を思い出して恥ずかしくなったのか、僅かに頬を染めて「子供の頃の話ですが…」と目を反らしながら答えた。
 シスターなら役職がつくまでの間は厳しい躾が付きまとうので、成人を迎えた後も自ら丸出しにしたお尻をお仕置き台の上に晒していたはずだがその事を突っ込んで言うほど下世話な人間はここにはいない。
 シャーロットはシャーロットでほんの少しだけ今の状況を忘れてこの工芸品のような美貌の学校長が、少年の頃お尻を鞭打たれている姿を想像してしまいシスター以上に耳まで真っ赤に染めて俯いている。

「それはともかく、約束は約束です。ケイン打ち三十打のやり直し。シスター・エレンお仕置き台の準備を」
 
 エレンと呼ばれたシスターはこのようなことは慣れているのだろう、特に顔色一つ変えずに部屋の隅に如何にも恐ろし気に置いてあった車輪の付いた足の高い皮張りの寝台を部屋の中央まで移動させる。
 真っ黒い革張りで四方の足と上部にはベルトが固定されていた。お仕置きを受ける者はここに上半身を伏せてお尻を突き出す格好になる。手足と腰を固定されて身体をほとんど動かすことが出来ずに、どれだけお尻を鞭打たれようとも身を捩る事さえ許されない。

「待って!待ってください…そんな、一からなんて酷すぎます…!どうか、どうか許して…先生…」
 
 縋りつかんばかりにシャーロットは青年に懇願した。だが、それがほんの僅かばかりであろうとも彼の心を動かすものではないだろうとシスターは準備をしながら思った。

「確かに厳しいお仕置きです。シスターたちが普段するお仕置きとは訳が違います。懲罰室では最後までお仕置きを受けられなければ何度もでもやり直しですから」 
 丁寧な言葉を決して崩さない、いかにも貴族らしい紳士然とした態度だが、深い蒼い瞳に紅い感情が混じりだしているようにシャーロットには見えた。 

「分かっています…ですがせめて庇った分だけのやり直しに…」 
 
 淑女らしからぬ態度はお仕置きの対象となる。だから出来るだけ言い訳にならぬように事実だけを涙で声を震わせながらもどうにか伝えた。
 情けなく懇願してしまっていることは分かっている。本来の気の強さや支配者然とした伯爵令嬢の振舞いは一切消えていた。それほど懲罰室でのお仕置きは厳しく辛いものだった。
 なにしろ、お仕置きの最中とはいえ見届け役のシスター・エレンはともかく、他人の男性に丸出しのお尻と女性の恥ずかし部分の全てを見られてしまっているというのにそれを気にする余裕もシャーロットにはなかった。

「シャーロット」
 
 ファーストネームを呼ばれた。身内でもない限り他人がファーストネームで呼ぶことはあまりない。礼儀や体裁を重んじる貴族同士なら余計に。

「は、はい…」 
 

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