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フィギュアスケートは考察系スポーツである③「転倒した選手が転倒しなかった選手に勝つのはおかしい」は、半分間違いで半分正しい(前編)

前回、

フィギュアスケートの得点は
技術点と演技構成点を足して算出される

技術点(基礎点+出来栄え点)、演技構成点とは何か?

を解説しました。


それを踏まえて

「転倒した選手が転倒しなかった選手に勝つのはおかしい」

というご意見、素朴な疑問について考察したいと思います。


結論から言うと、このご意見は、

採点ルールに照らして考えると間違っている

が、そもそもその採点ルールが正義なのか、という根本的な所から考えると、結構的を射ている

と思います。


前回、

フィギュアスケートの採点ルールは
選手の演技を多角的に評価しよう

という理念で作られているので、

転倒しない、ミスをしない事だけが評価基準ではない

という話をしました。


具体的な例を挙げてみます。

⚫️転倒した選手が転倒しなかった選手に勝つパターン

◎パターン①
そもそも、構成の難易度が違う

わかりやすい例として、トリプルアクセルとダブルアクセルがあります。
女子選手でトリプルアクセルを跳べる人は、まだそんなに多くありません。

トリプルアクセルの基礎点は8.0
ダブルアクセルは3.3
この時点で、トリプルアクセルが跳べる選手には大きなアドバンテージが生まれます。

アクセルジャンプは、SP(ショートプログラム)、FS(フリースケーティング)共に、必ず構成に組み込まなければいけないジャンプなので、トリプルアクセルが跳べるか跳べないかは勝敗に大きく影響します。

トリプルアクセルを跳んで転倒した場合と、
ダブルアクセルを成功させた場合、
どのような得点が出るのか比較してみましょう。

・トリプルアクセルの基礎点は8.0
 転倒した場合、GOE(質に対する評価)は基本的に-5になります。
 GOE1=基礎点の0.1倍なので、GOE-5は基礎点の-0.5倍に換算されます(=出来栄え点)
       8.0×-0.5=-4.0
 よって、トリプルアクセルで転倒した場合の技術点は、
  基礎点8.0+出来栄え点-4.0=4.0となります。


・ダブルアクセルの基礎点は3.3
 成功した場合、GOEでプラス評価をもらえる事がほとんどです。
 仮に、複数の演技審判の出したGOEの平均値が2.5だった場合の出来栄え点は、
      3.3×0.25=0.83(四捨五入)
 よって、ダブルアクセルでGOE平均値2.5だった場合の技術点は、
  基礎点3.3+出来栄え点0.83=4.13となります。

つまり、
「トリプルアクセルで転倒」と
「ダブルアクセルを成功(GOE2.5のプラス評価)」
の技術点はほとんど同じになります。


ただし、転倒など大きなミスがあった場合は演技構成点の評価が下がります。

更に、これまでまだ触れてませんが、ディダクション(違反行為による減点)というものがあり、転倒はその減点対象となります。

それらを加味すると、「トリプルアクセル転倒」よりは、「基礎点が低くても質の良いダブルアクセル」を跳んだ方がトータルでは有利です。

トリプルアクセル転倒
 技術点 4.0
 演技構成点 評価⤵️
 ディダクション -1
ダブルアクセル成功
 技術点 3.3+α
 演技構成点 評価⤴️または維持
 ディダクション 無し

ただ、これはあくまで「トリプルアクセル転倒」と「プラス評価をもらえるダブルアクセル」を比較した場合であり、
ダブルアクセルが「転倒こそしなかったけれど質の良くないジャンプ」になってしまった場合は、転倒したトリプルアクセルの技術点の方が上回る事もあります。


ジャンプ1本だけでもこうなのですから、SPで3本、FSで7本跳ぶジャンプの構成次第では、転倒の有無が勝敗の決定打とはならないケースが多く発生します。

例えば、SPのジャンプ構成が

選手A )   ジャンプの基礎点合計24.41
 トリプルアクセル   基礎点8.0
 3(回転)フリップ   基礎点5.3
 3ルッツ3トゥループ  基礎点11.11(1.1倍)※
  ※体力が落ちる後半に跳ぶジャンプは、基礎点1.1倍になります。詳しくは後日解説します。

選手B)   ジャンプの基礎点合計18.03
 3フリップ3トゥループ基礎点9.5
 3ループ       基礎点4.9
 ダブルアクセル    基礎点3.63(1.1倍)

だった場合、ジャンプの基礎点合計で既に6点以上の差が付いています。
これが、ジャンプを7本跳ぶFSともなれば、選択するジャンプの種類や構成によっては、基礎点合計の差が更に大きくなります。



そのため、
「難易度の高いジャンプ構成で1〜2回転倒」の技術点が、
「難易度の低いジャンプ構成で転倒なし」の技術点を上回る、というケースが出てきます。


◎パターン②
他のエレメンツで差がついた

エレメンツ(ジャンプ、スピン、ステップシークエンス、コレオシークエンス)は、
SP(ショートプログラム)で7つ、
FS(フリースケーティング)で12、
行われます。

パターン①で説明したように、転倒すると、【GOE(出来栄え点)】【演技構成点】【ディダクション】で減点又はマイナス評価となり、トータルで大きく得点を失います。
でも、他のエレメンツでしっかり得点を積み重ねる事が出来れば、技術点は十分取り返す事が出来ます。

なぜなら、今の採点ルールでは、技術点は満点方式ではなく、加算方式(上限がない)だからです。

満点方式の場合、大きなミスをすると評価が下がり、その後どんなに頑張っても一度下がった評価が上がる事はほとんど期待できません。

でも、加算方式なら、ミスして得点を取り損ねたとしても、他のエレメンツで頑張ればある程度取り返す事が出来ます。

例)
選手A)
 ダブルアクセル(★転倒GOE-5)             1.65
 3フリップ(GOE2)                                  6.36
 足替えコンビネーションスピンレベル4(GOE3)
                   4.55
 3ルッツ3トゥループ(★転倒GOE-5)      8.16
 フライングキャメルスピンレベル4(GOE3)
                   4.16
 ステップシークエンスレベル4(GOE2)  4.68
 レイバックスピンレベル4(GOE3)          3.51
      技術点合計 33.07

選手B)
 3フリップ3トゥループ(軽度の回転不足GOE0)
                   9.5
 3サルコウ(GOE1)                                   4.73
 足替えコンビネーションスピンレベル3(GOE2)
                   3.6
 シットスピンレベル3(GOE2)                2.52
 ダブルアクセル(着氷の乱れGOE-1)       3.3
 ステップシークエンスレベル3(GOE2)  3.96
 フライングキャメルスピンレベル3(GOE2)
                   3.36
      技術点合計 30.97

A選手は、2度転倒があったものの他のエレメンツ全てがプラス評価。スピン、ステップ全てが最高難度のレベル4でGOEも2〜3と安定して加点が取れている。
B選手は、転倒こそ無かったものの、コンビネーションジャンプで回転不足、ダブルアクセルで着氷の乱れがあって加点なし又はマイナス評価。スピン、ステップは全てレベル3。全体的に得点を今ひとつ伸ばせきれなかった。

このように、


「転倒があっても他のエレメンツで取り返せた」選手が、
「細かいミスが響き得点を伸ばしきれなかった」選手の得点を上回る事は多々あります。



◎パターン③
回転不足、踏切違反など、パッと見にはわからないミスがあった

一見、成功ジャンプに見えたのに、なぜか減点されてる(又は加点ゼロ)という場合は、回転不足か踏切違反を取られている事がほとんどです。


●ジャンプの回転不足

回転不足には3種類あります。


・クォーター       1/4の回転不足
  基礎点は100%もらえるが、
  GOEで-2
・アンダーローテーション 
     1/4を超えて1/2未満の回転不足
  基礎点が80%となり、
  GOEは-2〜-3
・ダウングレード   1/2以上の回転不足
  基礎点は1回転少ないジャンプの点
  GOEは-3〜-4

回転不足の判定は、技術審判が行います。



4回転フリップ(基礎点11.0)を例にとります。

クォーター判定
   基礎点11.0+出来栄え点-2.2=技術点8.8
アンダーローテーション判定
   基礎点8.8+出来栄え点-1.76(GOE-2設定)
      =技術点7.04
ダウングレード判定
   基礎点5.3(3フリップの基礎点)+
    出来栄え点-1.59(GOE-3設定)
      =技術点3.71

※実際には、GOEはプラス評価とマイナス評価を相殺して最終的な数字を出すので、大抵の場合↑のシミュレーションよりは出来栄え点の減点は少なくなります。
ここでは、わかりやすくするためプラス評価を考慮せずに計算しました。

4フリップで転倒した場合の技術点は、
   基礎点11.0+出来栄え点-5.5=5.5


クォーター8.8>アンダーローテーション7.04
 >回転不足なしで転倒5.5>ダウングレード3.71


「成功に見えるジャンプ(実は回転不足)」と
「回転は足りていて転倒したジャンプ」は、
技術点の差が意外と少ない、
場合によっては転倒ジャンプの方が点数が高くなる。


●ジャンプの踏切違反

ジャンプは6種類あります。
そして、ジャンプは踏切によって区別されます。

そのうちの2つ、ルッツとフリップはどちらも
「右足のトゥ(つま先)を突いて、左足で跳び上がる」
ジャンプです。

唯一の違いは、踏み切る左足のエッジ(スケートの刃)が、「アウトサイドかインサイドか」という所です。

実は、スケートの刃は先が二股に分かれていて、小指側をアウトサイドエッジ、親指側をインサイドエッジと言います。

ルッツは、左足のアウトサイドエッジで踏み切るジャンプ
フリップは、左足のインサイドエッジで踏み切るジャンプ


ジャンプだけでなくスピンやステップでもそうなのですが、フィギュアスケートでは

「エッジの明確な使い分け」


が重要視されています。

フィギュアスケートという競技が、
「スケートのエッジを使って、いかに美しい線を氷上に描くか」
を競う競技として始まったからなのかな?と思います。

踏切違反には2段階あります。

・アテンション     軽度の踏切違反

  基礎点は100%もらえるが、
  GOEで-1〜-2

・エッジエラー     重度の踏切違反
  基礎点は80%
  GOEは-2〜-4

踏切違反の有り無し、
どこまでが軽度でどこからが重度、
の判定は技術審判が行います。


例)
3ルッツ(基礎点5.9)

・アテンション判定
  基礎点5.9+出来栄え点-0.59(GOE-1設定)
       =技術点5.31
・エッジエラー判定
  基礎点4.72+出来栄え点-1.42(GOE-3設定)
       =技術点3.30

回転不足も踏切違反も無い3ルッツを転倒した場合
  基礎点5.9+出来栄え点-2.95=技術点2.95


アテンション5.31>エッジエラー3.30
  >回転不足も踏切違反も無しで転倒2.95

「成功したジャンプ(実はエッジエラー)」と
「回転不足も踏切違反も無い転倒ジャンプ」は
技術点にあまり差がない。


◎パターン④
元々演技構成点の評価に差がある

フィギュアスケートの得点は、
技術点+演技構成点(+ディダクション)
で算出されます。

演技構成点は、技術点と同じくらいになるようにというコンセプトで設定されています。
つまり、演技構成点は得点のおよそ半分を占めます。

演技構成点の評価(構成、演技、スケート技術)は、選手ごとにある程度相場があります。
演技審判の中で、選手の格付けというものがある程度出来ているような気がします。

例えば、普段から7点台の評価を受けている選手の演技構成点は、大きなミスをした時に5〜6点台に大きく下がる事はあっても、素晴らしい演技をしたからと言っていきなり9点台が出る、という事はほとんどありません。

逆に、コンスタントに8〜9点台の演技構成点を出している選手は、1〜2回転倒があっても、下がるのはMAXでもせいぜい6点台後半から7点台くらいまでだと思います。

一方、普段から6〜7点台の選手は、ミスなく演技を終えても8点台に乗るか乗らないか。


元々演技構成点の評価が高い選手は、最初から一定のアドバンテージをもらって試合に臨んでるようなもの、


と言っても過言ではありません。

こう書くと、不公平、えこひいきに聞こえるかもしれませんが、
演技構成点には選手に対する信用度も反映されてる気がするので、着実に実績を積み重ねていけば、どの選手でも少しずつ点数を上げていけるものでもあると思います。


ただ、審判が選手の演技のどこをどう評価して点を付けているかが今ひとつ不明瞭なので、フィギュアファンの間で何かと議論を呼ぶところでもあります。

A選手の演技構成点がいつも高すぎる、とか、B選手は演技構成点で過小評価され過ぎてる、とか。

演技構成点の出方は、選手自身も掴めない、わからないそうです。

一般には、
キャリアの長い選手>キャリアの浅い選手
安定した成績を残している選手
         >調子に波のある選手
という傾向があると言われています。




以上が

「転倒した選手が転倒しなかった選手に勝つ」

主なパターンです。



後編では、

「転倒した選手が転倒しなかった選手に勝つのはおかしい」

が、半分正しい理由について考察します。

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