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【私が美術館にいく理由】を改めて考えてみる

 「オトナの美術研究会」、今月のお題は「私が美術館にいく理由」。内容が他のメンバーさんたちと被りそうなのだが、自分であえて顧みることもないテーマなので、改めて考えることにした。

1. 勉強のため

 勉強、などというと高尚なふうに聞こえるが、要するに自分の中で経験と知識の蓄えを増やしたいということ。
 大学で美術史を学んでいたとき、「展覧会に行くかどうかで迷っている展覧会は全部行きなさい」と話してくれた先生がいた。曰く「「この作品は好きじゃない」という否定的な感想も、実際に観て実感を持って考えればいい」……というようなことも言われた。
 残念ながら不真面目な学生だった私がこの言葉を身に染みて感じたのは社会人になってから。なんでも学べたはずの大学時代を適当にやり過ごしたと気付いたあとに、自分はむしろ美術館に足を運ぶ回数が増えたと思う。

 今では、「この作家特に好きじゃないんだけど、まとまって作品が観られるなら観ておこう」という感覚で観にいくことも多い。先日京都で観覧した甲斐荘楠音や、個人的にどどうしても苦手意識(?)のあるコンテンポラリーなどはこれに当たる。実際に実物を前にして、キャプションを読むことで好きにはなれなくても感じられることは大事な経験である。
 漠然と「美術(アート)って結局なんだ」ということをぼんやり考えることがあるのだが(そしておそらく一生答えを作ることはできないのだが)、そんなことを考えるのにはむしろ自分の興味の外にある作品やテーマを観にいくことが刺激になるのだろうと思う。

2. 好きな作品に会いにいくため

 当たり前だが、美術という大きなくくりの中でいろいろと好き嫌いがある。お気に入りの作品は何度観たって飽きないし、展示されると知ればそれ1点を観ることが美術館に足を運ぶ理由になる。私にとっては速水御舟の《炎舞》であったり、尾形光琳の《燕子花図屏風》、三井記念美術館所蔵の《志野茶碗 「卯花墻」》であったりする。
 比較的長期間展示されている作品の中でも、「企画展観て疲れてるけど、常設であの作品はとりあえず観ていこう」と思って足を運んだりする作品もある。岸田劉生の《道路と土手と塀》や、根津美術館のアイコンともいえる《双羊尊》がこれである。
 多分これはアイドルなどでいう「推し活」に通じるものだろう。あぁまたいいもの観たな、と思いながら美術館を出るのは充実感のある瞬間である。

3. 癒しを求めて

 美術館という空間は閉ざされていて、静かであることが多い。特に日本美術となると、作品保護のためにより照度を抑えた展示の仕方になる。もともと人ごみが苦手な私にとっては、そんな空間が心を落ち着けるのに格好の場所になる。 
 なんとなく心穏やかでないときは水墨画を眺めてモノクロームの世界に没入してみたり、ピサロやシスレーの優しい風景画で気持ちを緩めたくなる。他方で、もっと日本美術の展示に人が来てほしいという思いもあり、もっと展示室内での会話に寛容になってほしいとも思ってもいるのだが、こうしたある意味「ステレオタイプな美術館」もあってほしい、楽しみたい。わがままである。

4. 旅の目的地として

 これは以前書いた「旅と美術館」と重なる部分でもある。自分が旅行に行く、または知り合いが旅行に行ってきたとなると「どんな美術館あったかな……」などとつい考えるようになってしまっている。恐ろしい症状である。しょっちゅう行くことのない地域の美術館に行くと、足を踏み入れるだけでも「どんな場所になっているかな?」と静かにわくわくする。その空間や建物そのものが、展示と同じか、むしろそれ以上に印象に残ったりする。これを書きながら、大学のときに1回だけ訪れた島根県立美術館を思い出したのだが、夕景の中で宍道湖と溶け合っていく外観がいまも印象に残っている。

おわりに

 こうして書き出してみると、同じ「美術館にいく」の中に自分が色々なものを求めているのが再認識できた。色んな方向に興味がとっちらかってしまう私にとってコンスタントに継続している趣味といえば美術館巡りと贔屓の浦和レッズの応援くらいである。ここ数か月仕事での残業とストレスが多く色々億劫になっているのだが、これにだけは自然と身体が動く。
 自分で結果をコントロールできないスポーツ観戦と違って(ましてサッカーなど、下手したら1週間負けを引きずる)、ある意味美術館は裏切られることがほぼない。その日の気分や時間の経過によって同じ作品に違った感想を持つこともちょくちょくあるのだが、それもまた一興。行けば行くほど美術の世界は沼にはまっていく感覚がある。既にそこにどっぷり浸かってしまっているし、きっと死ぬまでこの趣味は続くだろうという気がする。

 さて、日本では(海外でも?)美術館に行くというのはいまだに高尚な習慣であるかのように捉えられていると思うし、私自身友人からそのような反応をよくされる。一方で、マンガ・アニメの原画展やファッション系の展示、華やかなコンテンポラリーアートに若い世代が足を運ぶことは増えているようである(写真撮りに来たの?と思う人も多く見受けられるのだが、それもひとつの楽しみ方として……。)。入り口はなんでもいいので、10代20代からでも、「美術館にいくこと」がさほど特別なことでなくなってくると嬉しいものである。

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