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妹が「妹」じゃなくなった夜

高校1年の冬だった。

帰宅したら、こんな書き置きがあった。
「お父さんが怪我をしました。病院に行ってきます」
“母”という言葉も抜けるほどの走り書き。
ただごとではないとすぐに分かった。

中2の妹と2人、私たちは家で待ち続けた。
何か連絡が来ないか。

家電も、私のスマホも鳴らない。

私の心の中で、だんだん不安が増幅していく。
どこを怪我したんだろう。
お母さんが呼ばれるってことは大きな怪我なんだろうな。
もしかしたら命に関わる怪我なのかな。
お父さんが死んじゃったらどうしよう。
私も家計支えなきゃいけないかな。

人生ではじめて父親の死を間近に感じてしまった私は、不安で不安でたまらなくなった。

いつもはなんとなくお姉ちゃんだから私がしっかりしなきゃ、と思っていたが、不安すぎて思わず妹に弱音を吐いた。
「お父さんが死んじゃったらどうしよう」

妹ははっきりと力強い口調で、
「命に関わる怪我なら私たちも病院に呼ばれているはずだから大丈夫」
と言った。

妹はとても冷静で、とても論理的だった。
私は妹の言葉の全てを信じた。
あのとき、世界で一番頼りになる存在だった。
不安が少しだけ軽くなった。

夜遅くに母が帰ってきた。
父の怪我は大きくて手術をしたけれど命に関わるものではないこと。治療のためにしばらく入院すること。
私たちが知りたくてたまらなかったことを全部話してくれた。

「連絡する暇が全然なくて、心配かけて悪かったね」
母が言った。
私は、さっきの世界一頼れる妹の話をした。
「妹ちゃんのおかげで、ちょっと安心できたんだ。」


この日以降、妹が産まれてから16年間抱えてきた「お姉ちゃんなんだからしっかりしなきゃ」という思いが綺麗さっぱりなくなった。
ずっと、妹のことは私より弱いから守ってあげなきゃいけないと思っていた。
でも、妹は私なんかよりもずいぶんしっかりしていた。

妹は、「か弱い私の妹」から世界で一番気心の知れた対等なパートナーになった。

今も、どちらかが困っているとき、弱っているときはもう片方が助けるという、持ちつ持たれつの関係である。

これからもよろしくね、妹。

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