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怪談の世界 神田松鯉・神田阿久鯉親子会


演芸好きとして「夏はやっぱり怪談ばなし」というのは、たしかに類型的な思考回路かもしれないけれど、「夏にやっぱり怪談はつきもの」ということで、国立演芸場で開催された「怪談の世界 神田松鯉・神田阿久鯉親子会」に行ってきた。

8月9日(火) 怪談の世界 神田松鯉・神田阿久鯉親子会
梅之丞「谷風の初土俵」 
松麻呂「奉書試合」
阿久鯉「村井長庵」より「雨夜の裏田圃」
鼎談:松鯉・阿久鯉・長井好弘 
桂小すみ:音曲 
松鯉「小幡小平次」

開口一番は、六代目神田伯山の弟子の梅之丞で「谷風の初土俵」。怪力無双の力士谷風の話。なかなか達者なよみ口でちょっと感心。伯山は弟子を取っていたのですね。
続いた松麻呂は、剣豪荒木又右衛門の話で「奉書試合」。久々に高座に接したが、以前に比べてなんか貫禄が出てきた印象。まだ前座なのですが。
阿久鯉師匠は、続きものの「村井長庵」から唯一の怪談話の「雨夜の裏田圃」。阿久鯉の表現する村井長庵の悪党ぶりが堂に行っていて、「ほんとに悪い奴だな」と思う。もちろん怪談のシーンも極めて恐ろしい。堂々たる、そして鬼気迫る高座。
中入り後は、重要無形文化財保持者(各個認定)の神田松鯉先生と阿久鯉師匠に、進行役として演芸評論家の長井好弘さんが加わっての鼎談。
まず、長井さんから「冬は義士、夏はお化けで飯を食い。」という戯れ句についての説明。これは、松鯉先生の師匠の二代目神田山陽が作ったもので、これには続きがあるとのこと。「春と秋とは食いっぱぐれ。」という下の句だそう。あまりにも上の句が有名すぎて、これは知らなかった。
例年、七月上席の新宿末廣亭では、松鯉先生が主任を務め、怪談を根多出しする特別興行が行われているそうだ。
その特別興行では、コロナ禍前は「幽太」と呼ばれる幽霊に扮した前座さんが客席に出て、お客さんを驚かすのが名物行事だったそうである。コロナ禍の今は、それも叶わず残念だが、いずれ再開するのだろうか。
松鯉先生が前座時代に、師匠二代目山陽の怪談の高座で、この「幽太」をひと夏に120回!やったことがあったそうだ。
6月下旬から9月上〜中旬の期間、寄席や地方での会、キャバレーやテレビ、そしてなんとラジオ!でもやったそうだ。
当たり前だが、ラジオは姿形が見えないのでどのようだったかというと、お客さまの背後にこっそりと近づいていって、その耳元で「へへへへ〜」と驚かすやいなや、お客さまがびっくりして「きゃ〜!」と叫ぶのがラジオから流れるという寸法である。
キャバレーでは、お店の女の子をおどかすと、同じく「きゃ〜!」と叫んで客の男にしがみつくというお約束通りのものだったそうだ。
客の傘で叩かれたりもしてエラい目に遭ったとも言っていた。
二代目山陽師匠は酒を飲まないので、キャバレーでの高座は本当はやりたくなかった(カネのためだけ)。なので、そもそもキャバレーという場所が嫌いで、20分の持ち時間の5分だけ自分で務めて、残りの15分を松鯉先生の「幽太」に任せていたとも言っていた。
松鯉先生の前座時代は、ほんとにたいへんだったんですね。
でも、とても懐かしそうに、そして楽しそうに語っておられました。
「幽太」は、今まで観たことがないので、早くコロナ禍が収束して復活してほしいものだ。
ちなみに、今どきの前座さんたちは、皆、「幽太」をやりたがり、取り合いになるそうだ。各自、思い思いの凝った扮装を考えてくるそうである。
なんだか聞くだに楽しそうである。




怪談の根多というと、何と言っても「四谷怪談」があげられる。
歌舞伎、講談、落語など、「四谷怪談」を演るときは必ず「お岩稲荷」詣でをしておかないと祟りがあるという。
いくつかの怖い実話が披露されたが、その中で最も怖かったのが、女優の波乃久里子さんの小さい頃の話。十七代目中村勘三郎の娘の久里子さんは幼い頃から楽屋に出入りをしていて「クリちゃん、クリちゃん」と周囲から可愛がられていて、愛嬌を振りまいていたそう。
四歳頃のこと、お父上が「四谷怪談」をかけたときに、いつものように楽屋で愛嬌を振りまいていた久里子さんが、突如豹変したように、お岩を彷彿とさせる顔や仕草で楽屋を歩き始めたとのこと。
それが三日間ほど続いて、「お岩稲荷」詣でをしていなかったことに気づき、慌ててお詣りに行ったところそれはやんだそうである。
なんとも怖い話である。
この話は、波乃久里子さんの芸談として書籍化されていてそれに収録されているそうだ。
鼎談のあとは、音曲の桂小すみさん。
卓越した三味線と歌、そして尺八で、清々しい演奏を聴かせてくれた。
ボサノヴァのアントニオ・カルロス・ジョビンの「WAVE(波)」もポルトガル語で披露。一服の清涼剤のよう。
トリは、松鯉先生の「小幡小平次」。
人間国宝による圧巻の高座であった。



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