憧れの日本酒

冬になりたての頃は特に、たっぷりと水を含んでいそうな垂れ込める雲の厚ぼったさが、ともすれば陰鬱になりそうな気持ちに添うようで心地よい。濃い白色の雲を見て、ふとよぎるのは濁り酒のことだ。寒さのこたえる日に注がれるあの種の酒は、きんと音の鳴りそうな清酒とは違う、包み込む感じがある。

幸田文の「蜜柑の花まで」は酒について書かれた随筆だ。『幸田文 季節の手帖』(平凡社)に収録されているもので、この本のなかでの季節の区分は春なのだが、旧暦の春についても書かれているので先取りしてしまおうと思う。

「いまはどうなっているか知らないが、三十年ほどまえには寒中に酒を搾ったものだった。ちょうど紅梅の咲く時季であるが、少し白濁している初搾りの新酒は、盃へ紅梅をうかせて飲むならわしがあった。澱んだような半濁の液に紅梅を添えて、いっそう見る目の艶を補おうというのか。あるいは又、なれていない酒だから糟臭く、十分の精香がたっていないので鼻を助けるために梅の香を借りるのか、私は知らない。父はそれが大好物だった。」

薄く濁る酒に梅の花の紅が浮かぶのは、さぞ目が楽しいだろう。窓から本体の梅の木でも覗ければさらに良いことだろう。幸田文の文章に出てくる父・幸田露伴の姿や言葉は、そのひとつひとつに軽やかで豊かな潤みがある。
ところで、恥ずかしながらわたしは日本酒の新酒の時期を知らなかった。もっと言えば、日本酒を飲むと異様に酔ってしまうため、普段ほとんど口にしない。同行のひとのを味見に一口いただく程度で専ら蒸留酒ばかりだ。そんな身には、文のなかの酒でもますます美味そうに見える。「蜜柑の花まで」が書かれたのが1955年だから、その三十年前というと1920年代である。いまからおよそ100年前にはより一層季節をいとおしむ風習があったのかと思うと、取り残されたような、眩しいような気持ちになる。
わずかな舌の記憶を辿れば、日本酒で最も気に入ったのは確か濁り酒だった。おそらく新年に口を湿らせた思い出があるのか、わたしのなかで冬のはっきりしない空と濁り酒は結びついており、それは澄みきった晴天ではだめなのだった。
正月用の酒として迷いに迷ってビールを沢山買い込んだが、その他購入していま家の電子レンジでまわっているのはどうにも酔わない甘酒で、日本酒への憧れは募るばかりである。

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