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事実-another-

〇序章
冷たいお水を口に含みそこから10秒。口腔内を冷やすように滞留させる。舌の上、舌の裏、歯茎、喉の奥。キスの順番で口の中を冷やしていく。キスの後に口を冷やすのは昔からの私の癖だ。見抜いた目をするanother*story
知っているのか知らないのか確認を取るつもりはない。確認を撮ったところで何も生まれないし、逆に何かが死んでしまうと思っているから。すでに私たちの歴史はそこまで進んでしまっている。
あえて彼をanotherというのは二番手という意味ではない。人間の多面性において、基準がなければ他を他と呼べない。理由はそれだけだ。
本筋をなぜ基準としたかといえば、本筋のおかげでanotherと出会ったからと言っていいだろう。どうもこちらのほうは本筋よりも勢いがない。勢いがないぶん、甘えん坊で謙虚で「俺に気づいて」という気概が強い。俺が、と主張しないところが私は好きだった。

本筋と同じようにどれほど私たちの物語に需要があるのかはわからない。けれど話すことによって彼が何か自信を得られるような気がしたから私は書くことを決めた。誰のために書くかといえば彼のためだった。批判も忠告も私たちは受け付けない。これは物語だし、人生を批判されるような生き方を私たちはしていないからだ。
彼は私よりも年上だけれど、私は彼を抱く。抱かれることを望まない関係性だ。たったそれだけのことを私と彼が瞬間的にわかったことは奇跡だったのか運命だったのか。どちらにせよ主観的な恋物語というのは誰しもがロマンチックになる。冷静に物事を客観的に眺めている。客観視すればするほど情熱的になっていき、主観的に意識が移行していく。恋愛にのめりこむときの道筋だと私はまた客観的立場に戻って行く。主観と客観を行ったり来たりすると彼の目が泳ぐ。元気になったり意気消沈したり、私の感情と連動していることを離れていても語らなくても感じる。ただその雰囲気を見るだけで、声の抑揚だけで、顔色さえも見えてしまう。私たちは運命だ。

本筋が意地悪をする。ありとあらゆる手段を使って。だけど彼はあきらめたふりをしながら私にすべてを送ってくる。情熱も体温も、体も心も、そして感情もまた見えない矢に託して撃ちはなってくる。これだけは何の疎外も受けない。目に見えないし、電波を通じたものではないし、現代のテクノロジーでは感情の見えない矢をハッキングしたり邪魔したりする技術者はまだいないからだ。

冷たいお水を口に含みながら外を見ると、雨が降り出してきていた。彼が泣いている。いやそうじゃない。私にはわかる。誰にもわからない彼の心の奥が。私だけがきっとわかっている。

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