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伸びやかにはみ出す勇気

 先日、書道教室で半年に渡り取り組んだ蘭亭の全臨を仕上げて若干の燃え尽き症候群。自分が思った以上に充実した時間だったみたいだ。

 蘭亭の余韻から抜けきらないままに新しい課題を開始することに。
臨書を開始して九成宮醴泉銘→雁塔聖教序→蘭亭序と進み、今回はついに日本人書家の登場! 課題は空海 の『風信帖』。書体としては初の草書が混ざる行草体。正直なところ、骨書きがないと何が何やらわからないところだらけ。

 さて、新しい課題になるとまずは先生に課題にまつわるお話をきく。書道教室の中にはお手本を渡されて、とにかく練習!とか、文献を渡されて読んでおいてねという所も多いと聞く。しかし、私の通っているお教室では、先生が作品が制作された時代背景や作家にまつわるエピソード、そして字体の特徴などを話してくださる。私はこの時間がとても好きだ。時間にしたら5分もない短い時間だけれど、作品に向かうための心仕度が整うのだ。

 そして一枚目。
半紙に4文字の大きさで書く。自分でも驚くほどに美しく収まった。二枚目、三枚目も美しく収まった。線質や特徴の捉え方はまだまだだけれど、とにかく収まったのは良かったとの自己評価だった。しかし、先生にみてもらうと

「うん、きれい!、とってもきれい。でもきれいじゃなくていいから、伸びやかさ、柔らかさを感じてもっと羽ばたいちゃって!!もっと自由になっちゃって!」
 
 
とのこと。

 臨書する古典作品は人々を魅了する美しさがある。しかし、そのどれも整った美しさではない。私の中の「こうあるべき」という固定概念がどうしても抜けずに、無意識にいわゆる「美文字」に寄せてしまうのだ。

 それにしても、ここ最近はこの手のことを良く言われる。前社長からも楽しい方に流されてみてほしいとか(詳細は👉こちら)。私の課題は、私の固定概念を伸びやかにはみ出すことなのかもしれない。ちなみに風信帖は書としての美しさだけでなく、文芸としての美しさにも長けている。ここから約半年、じっくり味わいながらこの世界に浸ってみよう。


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