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社長交代 ②

 新体制での船出は困難なものだった。10年以上の在任期間があった前社長を慕う保守派の社員は社内に影響力のある役職者に多かった。しかし、何よりも業界のことを全く知らない社長と仕事上での共通言語が少なすぎてビジネスコミュニケーションが取れないのだ。
 ところが社長の本気が社員に伝わるまでにはそこまで時間は掛からなかった。「寝食を忘れて働く」を辞書で引いたら、「パーカー社長の就任から3ヶ月間のこと」と記載されているのではないかというくらいの働きぶりだった。社員全員と1on 1を行い、その他にもランチや飲みにも行き、とにかくコミュニケーションをとった。各部の部長にはレクチャーの依頼がきて、新卒用の研修資材を使ったりしての研修も行った。そうした社長の努力は保守派の心も少しづつ動かしていった。

 そして一気に風向きが変わったのは、大胆な人事を決行したことだった。

  社長は就任のスピーチで「何よりも大切なものは他者を尊敬し、チームとして仕事ができることだ。たとえ個人としての能力が高くても、他者のモチベーションを下げるような仕事の仕方をする人はこの会社には要らない。」と宣言した。これまでどんなに横暴なことをしても、業界の中ではある程度知名度もあるし…とか、このポジションが空席になるのは組織として…と、何かとアンタッチャブルだった数名があっさりと契約終了になった。もちろん、すぐにその判断に至った訳ではない。おおよそ3ヶ月、頻回にそれらの人達との話し合いが行われていた。時には大きな声が会議室から漏れ聞こえることもあった。しかし、最終判断はスパッと潔いものだった。
 実際問題として、これまでは「なくてはならない存在」だったはずの方々は、正直いなくなってもなんの不自由もなかった。むしろ、そこを補填しようとそれぞれの社員が知恵を絞り、前向きに協力をした。結果として個々のスキルは上がり、社内の雰囲気はガラリと変わった。

 会社全体の変化もさることながら、私自身も大きく変化した。これまでは仕事でもプライベートでも自分の興味や関心よりも周囲からどう求められているかを常に考えて行動していた。我慢とかそういうことではなく、「そういうものだ」と思っていた。

 しかし、社長は仕事をしていく中で「私が何を求めているのか」を頻回に聞いてきた。初めは、私の社内での役割としては「こういう答えが求められているであろうこと」を回答していたが、社長の問いはそうではなかった。極端な表現をすれば「私がどう生きていきたいのか」を問われていたのだった。

                           つづく


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