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読書日記『掃除婦のための手引き書』ルシア・ベルリン

どんな苦境でも冷静にやりすごす。それは彼女が育った特殊な環境のせいなのか、まるで石か雲のようにその場の景色を作っているみたいな女性の物語だった。

アルコールを買いにいかないよう子供に財布を隠されているのに家中の小銭をかき集めて早朝開く店に朦朧とした足取りで歩く。

自分自身がアルコール中毒であるだけでなく叔父さんも母親もそうだったというが、特に悪びれているわけではない。だってそうなんだもの、という事実だけが淡々と語られる。

どの物語も決して人には言えないけれど自分の中に持っている小さな闇に重なる瞬間がある。はっとして切なくなる。

クライマックスは、「さあ土曜日だ」でやってきた。

主人公チャズは刑務所で再開したCDと文章のクラスに入る。ここに出てくるベヴィンズ先生という女性はおそらく著者自身なのだろう。

ある日文集に載せる作品を書いてくるよう指示が出た。ベヴィンズ先生曰く「長さがニ、三ページで、最後に死体が出てくる話を書いてほしいの。ただし死体は直接出さない。死体が出ることを言ってもだめ。話の最後に、このあと死体がでることがわかるようにする。」という難題だ。

CDの作品は鳥肌もので、ベヴィンズ先生は蒼白だった。CDの弟が殺されたことを誰も彼女に教えていなかったのに。

CDは出所後に殺されてしまう。そのことをまた書いてしまう「俺」はまだ失格だなと呟く。

読み手によってどこで心を揺さぶられるかはさまざまだと思うけれど、私はここだった。

 

(なんて変なタイトルだろう。)

初めて日経新聞の書評欄でこの本のことを知ったときそう思った。

けれど、本屋でも出会うことがなく忘れていたところ、第2弾の『すべての月、すべての年』の書評が出てきた。『掃除婦のための手引き書』が評判だったので第2弾なのだという。だんだん読みたいという気持ちが高まってきたとき、運良く文庫化されたことを知った。

読み進めていくとすっかり虜になっていた。この半生にしてこの作品、だれもが虜になること間違いない。

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