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3つご用意しています

「季節の柑橘を使ったもので、ソーダの……」

カクテルを注文した。
静かにカウンターの中に戻り、とっておきの一杯を持ってきたマスターは言った。

「以前は、柑橘というと金柑やポンカンなどをベースにお作りしておりましたが、今はレモンをベースにして生姜を入れたものになっています」

……!!!

ここは、かつて行きつけていたバー。

 (中略)
 大人になってから、お菓子に出合っている。
 お酒を楽しむようになり、初めてバーに入ったとき、蝶ネクタイを付けたマスターがおつまみを一つ選ぶようにと、声をかけてきた。
 「3つ、ご用意しています。ポテトサラダ、クリームチーズとマーマレードジャムのクラッカー……そして、おっとっとがあります」
 「……おっとっと、をください」
 緊張していたこともあり、そのシチュエーションが記憶に残っている。
 重低音を響かせながら、レコードでジャズがかかるその店で「おっとっと」という響きがわたしを和ませてくれた。
 ウィスキーをロックでちびりとやりながら、おっとっとをパクリ。
 大人の仲間入りをするんだとバーにやってきたが、おっとっとでお酒を飲むというのが気に入ってしまった。
 以来、わたしはスナック菓子「おっとっと」を選べるバーに通うようになった。(中略)

『プンニャラペン』「ひとで・まんばー」より

これを書いていたのが2020年。当時、ビシッと蝶ネクタイを決めていたマスターはゆったりとした長いエプロンをつけて、よりやわらかい雰囲気になっている。

お通しの「おっとっと」の件も変わらず。
「3つ、ご用意しています。羊羹と、若ごぼうのきんぴら……そして、おっとっとがあります」

むろん、おっとっとを頼む。同行した友人2人は、それぞれ別のものを注文。

レモンと生姜のカクテルをひとくち。「……ただいま」と声が出る。
何よりも、来店していたことだけでなく、頼んでいたものまで覚えていてくださるとは。やっぱり、いいお店だ。

カリッ。
おっとっとを齧る音が、店内に流れるジャズの間をぬって響く。
友人たちは、羊羹と若ごぼうのきんぴらに舌を鳴らしている。

わたしたちはこのとき「編集とは」という話をしていた。
再訪を迎えるマスターのさりげない態度を見たわたくし
「これも、編集よ……」
わかったようなことを言って、ふたたびの乾杯をうながした。


Special Thanks:洋酒BAR HARU


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