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Ultima Online小説「さざなみ亭日乗 小さな店員」

はじめに

私は長いことUltima Online(以下UO)というMMORPGをプレイしておりました。
UOはゲームの舞台であるブリタニアに「本」を作る事が可能で、配ったり売ったり各地の本棚に潜む白紙の本に書き散らしたりして色々遊んだものです。
ブリタニア内に残した小説の元データは見つからなかったのですが、有志で作ったリアルUO同人誌『仕様です。』に掲載した小編を、当時の誤字や表記ミスを少々直した上でこちらに再掲したいと思います。
本当はまるっと書き直したいくらい稚拙なのですが、そこも含めて思い出ということでまあ一つ。

「さざなみ亭日乗 小さな店員」

 このブリタニアで酒場の店員をやっていると、本当に色々な人がやってくる。
 素手でヤマンドンという凶悪な怪物を倒しただの、牧羊を極めて古代龍を倒しただの、本当に話題は尽きない。
 そう言う私アリアも、本業は裁縫師の癖にネクロマンシーを学んでいたりするから、余り人のことを言えた義理ではないのかもしれない。もっとも他の店員には、故有ってグリズリーが人語を覚えて店員をやってたりするから、驚くことは何も無いのだけれども。

 けど、

 こればかりは流石に長年さざなみ亭に勤める彼女も、どう対応して良いのか判らなかった。
 何せ、初めて遭遇する客なのである。
 俗に小鬼と呼ばれるゴブリン。
 アンダーワールドに棲み着いている亜人種の一種だが、こんな街中までよく人に狩られず辿り着いたものである。彼は名をゴデヴァと名乗った。何処かの高級チョコレート菓子の職人の名前のようである。

「これはお近づきの印だよ!」

 突然お店に現れたゴデヴァは、両脇で抱えていたビア樽をテーブルの上にどんと置くと、背中のリュックから頑丈そうなビール瓶を大切そうに取り出して、樽の横に置く。

「あ、ありがとう」

 ゴブリンが置いた樽からは芳醇な香りと共に、極めて人類では作り出しづらい強烈なアクの刺激臭が零れていた。アリアは誰を一杯目の犠牲者にしようか思案していると、お調子者の錬金術師トリスが「はい!はい!」と手を挙げて私達の傍にやってきた。
 アリアは嫌そうな表情を浮かべながら、

「あんた飲むの?」
「こう言うのは学者としての心が疼くんですよ」
「なら止めないけどね」

 アリアはこれから起きるかもしれない事態を想像し、カウンターに戻る。他の客も異変を察したのか、少し離れ気味にゴデヴァとトリスの様子を見守っていた。
 ゴデヴァは瓶抱えると、樽からビールを並々と注ぐ。
 それだけで猛烈な異臭が酒場の中を支配し始めた。

「うっぷ……」

 アリアは口を押さえて異臭を必死に堪える。
 トリスはというと、好奇心が勝っているのか異臭など気にせずに、瓶を取って軽く一口胃の中に流し込んだ。

「うー…… こいつぁ効く!」
「でしょう、旦那?」

 ゴデヴァはトリスの反応が嬉しいのか、その場で小躍りを始める。

「臭いけど旨い! あれだ、南国の果実にあるドリアンのようだ」

 果物の女王という名を冠するドリアンに例えられるとは、一体どのような味なのだろう。アリアは少しだけ好奇心が首をもたげたが、店長が不在の今自分が酔ってはマズイと好奇心を封印する。
 程なくして、トリスの近くで静かにミルクを飲んでいたのに「ヒック」と、しゃっくりをしながら純戦士の男が、ミルクを抱えてふらふらとカウンターの席にやってきた。
 宗教上の理由から酒ではなく、何時もミルクを頼む純戦士の男・オーランスは困ったように。

「アリアさん、どうもこのビールの酒気にあてられたようです」
「やだあ、そばの人間まで酔っちゃうわけ?」

 そうとなると面白がった他の客達もこの不可思議なビールを試してみようと、トリスとゴデヴァの所に集まってきた。

「一体どう成ってんだいそのビール」

 するとゴデヴァは申し訳なさそうに、

「いやー、余りにも強烈過ぎて、周りの人にも酔いが回る事が有るらしいッス。すみません」
「そう言う事はもう少し早く言ってよね……」
 気付けば大酒飲み達は、こぞってこの珍妙なビールを味わい始めて、「おおこりゃうま」だの「強烈な味が癖になる!」と言いながら、酒場に猛烈な異臭を漂い始める。

 今度からこのビールを飲ませるときは、隔離席に追いやってからにしようとアリアは思った。
 ゴデヴァは「申し訳ない」と頭をかきながら、カウンターの席に小さい身体でよじ登り、ロットワーム・シチューを注文した。
 皆は結構毛嫌いするロットワーム・シチューだが、アリアはこの珍品が結構嫌いではなかった。たまにロットワームに変身するとの噂を聞きつけ、好奇心で注文が居るものの、滅多にそれが饗されることはない。
 アリアは冷めかけたシチューを温めると、お椀にたっぷりと注いでゴデヴァの前に置いた。

「おー! 久々のシチューだ」

 がつがつと食べている様子を見る限り、どうやらここ暫く食事にはありついて無かったようだ。

「ねえ、ゴバちゃん」

 ゴデヴァは手を止めて、

「あっしのことですかい?」
「うん、ここまでどうやってたどり着いたの? 途中で襲われなかった」
 ゴデヴァはこほんと咳を一つすると、今までに起きたことをまくし立てるように話し始めた。

 ここからはゴバちゃんと記す。
 ある日ゴバちゃんができたての強烈ビールを持ってとある研究所にやってくると、途中の扉が空いていて研究室の人が全滅していたのでした。研究室の人間と親しかったゴバちゃんはゴブリン仲間からも異端視されていて、どうやら嫌がらせとして冒険者がやってきたどさくさに研究室の人もまとめて殺してしまったようです。

 オトモダチを亡くしたゴバちゃんはビールを抱えながら、ロットワームの居る怖い部屋やスライムの道を走り抜けて、気付いたらワンダーワールドの外に出てしまっていたのでした。
 帰る道もなく呆然としていると、彼曰く優しそうなテイマーのお姉さんが可愛そうに思い、この酒場まで送り届けてくれたとの事でした。

『犯人はリリスね、まったくろくな事してくれない』

 アリアはテイマーに心当たりが有るのか、ゴデヴァの話を聞いて「はぁ」とため息をついた。しかし、このゴブリンに罪はない。アンダーワールドでも彼の居場所は研究室くらいで、元の仲間達とも生きづらかっただろう。
 彼は余りにも人間と親しすぎる。
 そうなると、自分に出来ることは多くない。困ったことにあのビールは、客達主に酒豪のガーゴイルがお気に入りのようで、メニューとして置かなければ成らなく成ってしまいそうだ。

「ねえ、ゴバちゃん」
「なんですか、えーと……」
「アリアよ。あのビールまた入手出来るの?」

 ゴデヴァは少し困ったように俯向き、

「アンダーワールドに戻れば手に入りますけど、あっし一人で戻れる自信が無いんですよ」
「そう、じゃあ護衛者が居れば問題無い訳ね」
「そうとも言いますが……」

 彼が言い終わる前にアリアが酒場の男達に声を掛ける。

「ねえ、そのビールが切れたら取りに行く人いる?」

 すると何人かが声を上げる。

「そう言う訳でゴバちゃん、あんたは今日からここで暮らしなさい。それで、ビールが無くなったらみんなで取りに行く、OK?」
「あ、有り難うございます、姐さん!」
「姐さんて……」

 一度自然の摂理から外れた存在は、本来の環境には戻りづらい。
 このゴブリンが仲間の所に戻ったところで、人間と結託したと蔑まれ殺されるのがオチだろう。
 モンスター達の敵味方の区分けは、人間のそれよりはっきりとしている。
 それにしてもこの事態どうしたものか。
 人外の店員が二人目に成ってしまったが、どうせいい加減な店長のことだ、気にすることなく迎え入れるだろう。考えても仕方ない。

 さざなみ亭は本日も平和なり。

終わりに

ところで、冒頭に牧羊を極めて古代竜を倒した人物の話が出てますが、ゲーム上に実在してます。この人が犯人です。



何やらサポートをすると私の体重が増える仕組みになっているようです