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Ultima Online小説「Meat Pie」

はじめに

私は長いことUltima Online(以下UO)というMMORPGをプレイしておりました。UOはゲームの舞台であるブリタニアに「本」を作る事が可能で、配布や頒布したり各地の本棚に潜む白紙の本にこっそり書き残したり色々遊でしました。その中でもこの作品は一番色々な方に読んでいただいた作品でした。その辺りについては後ほど。
ゲーム内単語が英語表記ままで読みづらい部分もございますが、雰囲気ということで何卒。

「Meat Pie」

Deceitの地下牢から謎の屍食鬼が這い出し、Dagger isleの住民が襲われてたと云う情報がTrinsicのPaladin Guildに入ってきたのは今から1週間程前の事だった。
上司の命により調査に向かった青年は、この1週間というもの島をくまなく探し回ったにも関わらず、それらしき死霊の姿は見つからず途方に暮れていた。
何より彼を落ち込ませたのは 修行中の調教師はおろか、家は健在だというのに家主も雇われの売り子すらも見かけないと言う事だった。

そろそろ一時帰還すべきだろうか……

それにしても、腹が空いた。

最後に暖かいMeat Pie食べたのは、何時だったかなあ。

嗚呼寒い、おまけに段々眠くなってきた。

不味いよな…… これ

雪原に倒れ伏せた褐色の肌の青年に翳が差す。
真紅のドレスに身を包みフロッピーハットを目深に被った女が、漆黒のNightmareから降りて身を屈め、青年の首筋にそっと指を添えてその命のともし火が消えて居ない事を確かめる。
「良かった、『生きて』るわ」

Danは食欲をそそる芳しい香りで目を覚ました。
ふかふかのベッドに身を預けたまま耳をそばだてると、グツグツと何かを煮込む音と聞き覚えのある旋律のハミングが聴こえて来た。
「ここ、は?」
ハミングが止まり足音が近づいてくる。
「気づかれたようですね、ここは私の家です、ご安心下さい」
慈愛に満ちた声が頭上から降り注ぎ慌てて顔を上げると、白磁のような肌色の女性が優しく微笑んでいた。
「君が僕を助けてくれたのかい?」
「ええ、家の前に倒れていたものですから」
窓の外に目をやると、確かに見覚えのある建物が周囲に見える。
少女に礼を述べようとしたその瞬間、無情にもDanのお腹は「ぐう」と鳴って、礼の言葉を遮ってしまった。
「お腹、空いてらっしゃるのね。今お持ちしますわ」
「スミマセン」
女性がトレイに載せて運んできたのは、ほっこりと湯気をなびかせるトマトスープと彼の大好物Meat Pieだった。
久々の暖かい食事、何よりも女性の手作りにDanの喉がゴクリと鳴る。
「洒落た食事は作れませんが、どうぞ召し上がって下さい」
「頂きます!」
熱々のMeat Pieに齧り付くと、さくっとした歯ごたえの後に芳醇な味わいの肉汁が口の中に広がった。
モグモグと口を動かす内に、自分が生きているのだとと言う実感が少しずつ沸いてくる。
そんな彼の様子を、彼女はただじっと見つめていた。

Danの命の恩人と成った女性は、Lilithと名乗った。
調教師を生業とする彼女が、NightmareのCamillaと共に久々にこのDagger isleの自宅に戻ってみると、彼が家の前で倒れていたため、何とか家の中まで運びベッドに押し込んだらしい。
それから丸一日、Danは寝込んでいたのだと言う。
「魔法で体力の回復は出来ても、疲れて倒れた人はどうにも出来なくて」
「いいえ、命を救っていただいただけでも、貴方には本当に感謝してるんです。ましてやこんなに美味しい食事をいただいた訳ですし」
言葉に嘘はない。
色々な酒場や食堂でMeat Pieを食したが、これ程美味しいと思える物には出会えては居なかった。
「でも、まさか屍食鬼騒動が起きてるなんて、驚きました」
「それの調査で着たのですが、どうやら僕は島の寒さを少し舐めてたようです」
温暖な気候のTrinsic付近で生まれ育った彼にとって、Dagger isleの寒さは骨身に染みた。
何よりもこの食い気溢れる青年にとって、暖かい料理にありつけないという切ない事実は、くだらない見栄と結びついて『一時帰還』という当たり前の判断すら下せないほどに、その思考能力を鈍らせていたのである。
「それで、その屍食鬼とやらは討伐されたのですか?」
「残念ながら、それらしい姿すら見かけませんでしたよ」
「そう、ですか」
「一先ずTrinsicに戻って報告しないといけないかな」
その言葉にLilithは少し寂しげな表情を浮かべる。
「あのっ」
Lilithが続きの言葉を紡ぐ前に、Danは言った。
「今度お礼をしに着てもいいかな? 出来れば君の作ったMeat Pieも食べられたら嬉しいんだけど」
「はい、お待ちしてます!」
輝くような笑みを浮かべるLilithに、Danの心はギュッと締め付けられるような感覚に襲われた。
彼が初めて知る感情。
それを何という言葉で現すか、まだ彼は知らない。

同じ頃、何処かの石室の暗闇の中で、黒く艶やかな毛に覆われたNightmareが、床に滴る赤い液体に長い舌を伸ばし掬い取り、命の残り香を味わっていた。
Nightmareは未だ足りないと訴えるように嘶く。

モット、モット……

まだ、駄目よ。

その時が着たら、あなたにも味あわせてあげるわね――

Lilithに助けられ目を覚ました翌日、DanはTrinsicに戻り屍食鬼の出現が確認できなかった事を報告した。
Dagger isleから脅威が去ったわけでは無かったが、その後の継続的な調査からもその存在が確認できなかったため、少しずつ島には住民達が戻り、修行中の調教師をチラホラ見かけるように成って、以前の落ち着きを取り戻し始めたのである。
やがて、DanとLilithは情を交わす仲と成った。
今思えば、彼女の輝くような笑みを見た瞬間に、己は彼女の虜に成っていたのだ。
Meat Pie目当てで通っていたつもりが、本当は彼女に会いたい一心だったとは。
Danは横でうつ伏せのまま安らかな寝息を立てるLilithの黒髪を指先で梳きながら、自分自身の鈍さに苦笑する。
彼女は実に料理が上手で、その上気立ても善く心根の優しい女性だった。
本当は週末の逢瀬では物足りず、今すぐにでも結婚を申し込みたい処だったが、調教師としてまだ一人前ではないとからと言い張る彼女の意を無碍にする事は出来なかった。
Nightmareと従えている時点で充分に一人前では無いかとDanは言ったが、獣医としての技術が未だ未完成なのだと彼女は言う。
武器の扱いと騎士道しか知らないDanは、彼女の言葉を鵜呑みにするしかなかった。
「そろそろ起きる時間だよ」
彼女の唇に指を添え顔を近づけたその時、指先に鈍い痛みが走りDanは眉間に皺を寄せた。
「痛っ!」
慌てて唇から手を離すと、傷ついた指先から一筋の赤い液体が零れ落ちる。
赤い舌が顔を覗かせ、唇を僅かに濡らした赤い液体を舐め取ると、鉄臭い匂いで目が覚めたのか、Lilithは不機嫌そうに体を起こした。
「またやったな」
「え? 嗚呼……」
親しくなる内に気づいた彼女の悪い癖。
最初は愛を交わす際の軽いあがまみで済んでいたが、段々Danの体に歯形が残るようになり、この前は同僚にその痕を見られて散々からかわれたばかりだ。
「もうちょっと気をつけてくれよ、俺も噛まれないように注意するけどさ」
「本当に御免なさい、と、取り合えず食事の準備してくるわね」
気まずい空気から逃れるように、彼女はベッドから降りると台所に駆け込んでいった。
「やれやれ」
暫くして手料理のMeat Pieが食卓に供される頃には、何時もどおりの穏やかな時間に戻っていた。

そんな出来事も忘れかけていたある日、DanはDagger isleのLilithの家の前に立っていた。
忙しい平日には仕事に専念するためにも会わないで置こうと約束していたが、そんな約束を忘れてしまうほど、彼の心は喜びに満ち溢れていた。
日ごろの努力が認められ、同僚よりもいち早く昇進することが決まったのである。
この喜びの報を、愛しいLilithに一日でも早く伝えたかった。
とてもじゃないが週末までなんて待てやしない。
そして、彼が抱えた金色のリボンが掛かった白い箱の中には、ピンクの撫子が二つ。

Danは玄関の前で彼女の名を呼んだが、人の気配はするにも関わらず返事が無い。
室内に入るとCamillaのものらしき鳴き声が遠くから聞こえたが、どの部屋に居るのか検討も付かなかった。
生臭い匂いに気づきふと床を見ると大きな赤い滴りと、そこから引き摺られたように家の奥へと連なる幾筋もの跡。
既に記憶の彼方に葬り去っていた事件を思い出し、彼は慌てて剣と盾を構えた。
「Lilith! 無事なら返事をしてくれ!」
血の跡を追って行くと、彼女が食料貯蔵庫だと言ってた部屋の扉の前に続いていた。
Danは意を決して扉を開く。
吐き気を催す死臭が流れ出し、彼は思わず腕で口を覆う。
耳に飛び込んできたのは、愛する人が良くハミングしていたあの旋律。
真紅のドレスに身を包んだ女性が何かを抱えたまま、幽鬼の如き動きでゆらりと振り返った。

「Dan? どうして」
震える唇を彩っていたのは、彼女の腕の中で苦悶の表情を浮かべたまま、只のモノと化した若い男の血。
見覚えがある。
あれは先日Dagger isleの護衛に派遣された、結婚したばかりの同僚ではないか。
「お前が…… お前が屍食鬼だったのか、Lilith!」
屍食鬼は首を無造作に放り出すと、中指ですっと唇を拭い静かに呟いた。
「Camilla kill」
いつの間にかDanの背後に佇んでいたCamillaが、Lilithの命令を受けて襲い掛かって来たものの、雪原に倒れ伏したあの日以来更なる鍛錬を積んだ彼は、あっさりとCamillaを床に沈める。
続けざまに麻痺の呪文がLilithより発せられたが、調教師修行の片手間に覚えた魔法で、彼の自由を奪うことは出来なかった。
Danは殺気をみなぎらせ、一歩また一歩、怯える屍食鬼に近づいていく。
「俺を騙したな」
「違う、違うわ! 私にとって貴方は、この世の中で一番愛しい人」
Lilithの目からすうと涙が零れ落ちDanの心が一瞬揺らいだ。

「だから…… 最高の瞬間に貴方を食べようって思って、我慢してたのよ!」

「ふざけるなあああああ!」

Danが我に返ると、かつてLilithであった屍食鬼は、狂気に歪んだ笑みを浮かべたまま物言わぬ肉の塊と化し床に倒れていた。
どうやって倒したかなど覚えては居ない。
ただ、屍食鬼の最後の言葉だけ覚えている。

「最後に、ひとつ……だけ、教え…… あの、Meat Pie……」

その後、Danは姿を消した。
Umblaの街で彼に似た人物を見たと言う者が居たが、その人物は黒いローブに身を包み死神の鎌を抱え、暗き街と映える蒼白い肌をしていたと云う。

Trinsicの騎士Danは、もうこの世に存在しない。

2007/03/03 Apricotjam著

おわりに

Danにはモデルとなった人物がおりまして、キノコティーさんという黒尽くめの鎌を抱えた謎の人物でした。その方のビジュアルが余りにもインパクトがあり、自分の想像の翼がむくむくと湧いて話を書くに至ったのです。
各シャードのプレイヤー酒場で配布したいとの申し出がキノコ氏より有り、当方としては快諾いたしました。ブリタニアに何冊ほどばら撒かれたのかは正直不明です。

何やらサポートをすると私の体重が増える仕組みになっているようです