短編小説「7か月」(ジャンル:サスペンス)

書く筋トレ第1回。

こちらのサイトでランダムに吐き出された3単語を使って、短い小説かエッセイを書きます。今日のお題は、「二百十日・ジム・内臓」
※ランダムテーマジェネレータより:http://therianthrope.lv9.org/dai_gene/


小説「7か月」

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「現状は他に報告できることはありません」

 成原里穂がそう告げると、電話の向こうの宮田警部は明らかなため息をついた。まずいと思い、しかし、と慌てて付け加える。

「しかしもう"210日"を超えました。そろそろ動きを見せるはずです」

 210日、およそ7か月。これが成原の所属する公安警察の潜入捜査官たちの間で「信用を得られる期間」とされている日数だった。半年を超えて、少し。逆にこの日数を超えずに、成果を得ることは稀だ。

 そして今日が、成原がこのマエダスポーツジムに職員として潜入し、210日目だった。

 県内で連続する行方不明者。表向きには全く関連性を見いだせていないことになっているが、被害者たちの唯一の共通点が、このスポーツジムの会員であるということだった。難事件のただ一つの突破口というわけだ。捜査員が会員になるなどし多方から探りを入れたが、全て空振りに終わり、ついに成原が職員として潜入することになった。しかしこの210日間にも行方不明者は連続し、捜査は緊張感を増してきている。被害者はやはり、みなマエダスポーツクラブの会員だった。

「うわ、びっくりした!何してるんですか、田中さん!」

 背後から声を掛けられ、急いで電話を切る。営業終了後のロッカールームは無人だったはずだ。

 振り返ると、そこにいたのは医療スタッフの美園だった。マエダスポーツジムのような大きな施設には、会員向けの医務室がある。そこに務める、40前でまだ両親と暮らしている独身女性だ。

「美園先生、忘れものですか?」

 いかにも平静を装って尋ねる。田中はジム職員としての偽名だった。

「ううん…まあ…そんなところ。田中さんこそ何してたの?」

「わたしは少し家族と電話を…ほら、事務室だと館長の邪魔になりますし」

 本来ならば美園はとっくに帰宅している時間のはずだ。会員用のロッカールームに用がある立場とも思えない。

 210日。事態が動き出す日数だ。

「まあ、あんまり遅くなりすぎないようにね。近頃物騒だって言うし」

「そうですね」

「ほら、広瀬さんっていたでしょう。会員さんで、いつも彼氏さんといらしてた。最近来ないから、彼氏さんに聞いてみたの。そしたら連絡が取れないんですって」

「えっ、それってまさか、例の連続行方不明事件に関係あるんでしょうか?」

「え?それはわからないけど…なんにせよ、あなたも気を付けてね。若い女の子が、この時間に一人で帰るんでしょう?」

 そう言うと、美園はさっさとロッカールームから出ていってしまった。忘れ物があるのではなかったのか、などと声をかけたくもなったが、成原は「美園先生こそ」と無難に一言告げて、背中を見送った。その足で、医務室に向かう。

 医務室のドアを、マスターキーで開ける。成原が潜入初月に作ったものだ。職員の退勤後に、方々を物色するために使用していた。こうやって医務室に入るのもこれが初めてではない。素早く手袋をはめ、美園の事務机を漁っていくと、それはすぐに見つかった。

 大量のハードディスクに、SDカード。何かを隠すなら家族のいる家より、鍵のかかるこの部屋が安全だと思ったのだろう。机の引き出しに無造作に詰め込まれていたそれらの電子機器は、包帯や薬品の並ぶ医務室において明らかに異質だった。少し不用心にも思えたが、すぐそばにあった美園の端末を起動し、ハードディスクの中身を確認する。

 それは女性会員のロッカールームの盗撮動画だった。どうやって撮影されたのかは不明だが、会員の着替えの様子がかなり鮮明に録画されている。これをどこかに売って金にしているのか、それとも美園自身にそういう趣味があるのか。

 しかしこれは都合がいい。成原は自身の鞄からいくつかのビニール袋を取り出すと、その中身を医務室のあちこちに隠していった。

***

 自宅アパートにつくと、既に0時を回っていた。

 成原は荷物を降ろすと、すぐに浴室に向かう。ポケットから鍵を取り出し、浴室のドアに厳重に取り付けられた鎖と南京錠を解く。

「広瀬さん、元気にしてました?」

 両手両足を縛られた広瀬が、浴室の床に転がっていた。連れてきた当初は叫ぶは暴れるはで随分成原をてこずらせたが、舌を切ったらすっかりおとなしくなった。

「明日朝、お迎えが来ますからね。それまでおとなしくしててくださいね」

 あと5時間もすれば、隣国の業者がライトバンを転がしてやってくる。彼らのねらいは、臓器だ。スポーツジムに通う人間の臓器は健康そのもので、高く売れる。

 このまま何事もなく進めば、広瀬が最後の被害者になる。既に海外に飛ぶ資金は十分に集まった。あとは「犯人役」が必要だったが、それも今日見つかった。盗撮趣味のある40の独身女なんて、ぴったりな犯人像じゃないか。すでに医務室は、成原が仕掛けたたくさんの証拠で埋め尽くされていた。

「広瀬さん、知ってますか? 210日あれば、人の信頼は得られるんです」

 広瀬のうつろな目は、もう成原を見ていない。

「公安の同僚たちは思ってるでしょうね。私はしっかり潜入捜査を全うしていると」

 成原を疑う人間は、いない。

(おわり)


写真:PIXABAYより(https://pixabay.com/ja/)

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