短編小説「消える少年」(ジャンル:ホラー)

書く筋トレ第3回。

こちらのサイトでランダムに吐き出された3単語を使って、短い小説かエッセイを書きます。今日のお題は、「蜃気楼、グラウンド、尊敬」
※ランダムテーマジェネレータより:http://therianthrope.lv9.org/dai_gene/


小説「消える少年」

画像1

「ホントだって!うちの兄貴の友達が見たんだから」

 黒木が語気を荒げる。言われた岩田は、困り顔だ。たぶん僕も同じような顔をしている。

 小学校の教室には夕日が差し込み、窓の枠が細い影をどこまでも伸ばしていた。夏休み中の校舎に人影はない。黒木と岩田と僕は、どこにも遊びに行く用事がなく、仕方なく解放されている学校のプールで午後中泳いだあと、教室で駄弁っていた。

「何を話しているの?」

 突然声をかけられて振り返る。教室のドアを開けて、山岡君が入ってくるところだった。彼も、プール上がりだろうかと思ったが、髪が濡れていない。なぜ夏休みの教室にいるのかを尋ねようとしたが、割り込むようにして岩田が駆け寄っていき、僕の言葉は行き場を失った。

「山岡君、聞いてくれよ、クロが変なこと言うんだぜ?」

「変なこと?」

「黒木のお兄ちゃんの友達が、学校でお化けを見たって」

 僕が口をはさむと、山岡君は目を見開いて僕を見る。ちょっとオーバーなリアクションに思えて、こちらが引いてしまう。

「俺の兄貴の友達にさ、げんちゃんっているの。げんちゃん、動物好きでさ。去年の夏休み、迎えお盆の日に、ウサギ小屋の様子を見に学校来たらしいんだ。そしたら、あそこ」

 黒木が、窓の外、眼下に広がるグラウンドの、ちょうど真ん中あたりを指さす。

「あそこに、男の子が立ってたんだって」

 山岡君は、先を促すように上品にうなずく。

「お盆の間は先生たちもいないし、プールも開いてないから、他には誰もいなくて。誰なんだろうなって思ったらしいんだ。それで近づいてって声かけようとしたら」

 黒木が芝居くさく、息を吸う。

「消えちゃったらしいんだ」

「消えちゃった?」

 山岡君が首をかしげる。岩田を見ると、黒木に疑わしい目を向けている。

「そう!なんて言うか、近づいてごとに薄くなってって、目の前まで来たらもういなかったんだって。それで、不気味に思って、急いで帰ったらしいんだ。で帰り際、校門のとこで振り返ったら、また元居た位置にそいつが立ってたって言うんだ」

 さっき聞いたばかりの話だが、少しゾクッとしてしまう。

「顔は見えなかったの?」

 山岡君は冷静に聞く。

「うーん、もやがかかってるみたいで、見えなかったって言ってた」

「そこが嘘っぽいんだよなぁ」

 口をはさんだ岩田を、黒木がねめつける。

「山岡君はどう思う?」

 僕が尋ねると、山岡君は少し考えるそぶりを見せる。

「その、黒木君のお兄さんのお友達に、話を聞けないかな」

「それがダメなんだ」

 黒木が間髪入れずに首を振る。

「げんちゃん、県外の中学に行っちゃったから。夏も部活で帰ってこないんだって」

「ほら、嘘だから、言えないんだよ」

 岩田が鬼の首を取ったように勝ち誇って見せる。しかしすかさず山岡君が

「まあ、そのげんちゃんが見たのが本当だとして、どういうことか少し考えてみるよ」

 と言うと、黒木も岩田もおとなしく礼を言って、教室を後にした。

 ***

 黒木と岩田が山岡君に従順なことにも、"お化け"について意見を聞こうとしたことにも、理由があった。

 1つは、彼がとてつもなく賢いこと。「勉強ができる」とか「小学生にしては」とかいうレベルではなく、山岡君の知識や知性は浮世離れしていた。いつも小難しい古典を読んでいたり、どんな分野に関しても博識だったり、AETの先生と流暢な英語で話していたりと例を挙げればキリがなく、何よりそれらに一切の嫌みがなかった。

 先生たちも、はたまた少し乱暴な生徒たちですらも、彼には一目置いていた。なかには彼を崇拝するように慕う連中までいる。

 もう1つの理由は、彼の家が教会であることだ。人づてに聞いたところによると、牧師である彼のお父さんは山岡君にそっくりで、物腰が柔らかいという。

 こと今回のお化け話に関しては、なんとなく「教会の息子」というイメージから、彼がそういった類のものに詳しいだろうと黒木も岩田も思ったのだろう。現に、宿泊学習の夜に山岡君が話してくれた教会で見たという幽霊の話は生々しく、この上なく恐ろしかったのだ。

 黒木と岩田が去った今、教室には僕と山岡君だけが残された。

「明智君はどう思う?さっきの話」

 話を振られて、口ごもる。平凡な僕が「明智」なんて賢そうな名前で、明晰な彼が「山岡」なんてありふれた名前なことも皮肉に感じられた。

 僕が答えられずにいると、山岡君はつかつかと自身の机に歩み寄り、引き出しから一冊の本を取り出した。

「これを取りに来たんだ」

 山岡君は弁明するように、ひらひらと本を振って見せた。表紙には「蜃気楼」の文字が見える。

「芥川龍之介?」

「当たり」

 賢さでは彼の足元にも及ばない僕だが、読書量なら負けない。そこで、一つひらめきが下りてきた。

「蜃気楼だったんじゃないかな?さっきの話。ほら、近づいたら消えて、また遠ざかったら見えたって、そんな気がするじゃないか」

 興奮気味にまくしたてる。すると、山岡君は優しく微笑んだ。

「それはいい思い付きだね。ただ、蜃気楼は何もない校庭では起こりえないんだ」

 そう言うと、山岡君は黒板に歩み寄り、図を描いて蜃気楼の仕組みを僕に説明してくれた。蜃気楼には上位蜃気楼と下位蜃気楼があること。蜃気楼は海や湖で見られる現象であること。暖かい空気と冷たい空気が光を屈折させる仕組み。蜃気楼は幻覚ではなく、実体が必要なこと――。それら一つ一つの説明は、まるで映画を観ているかのように僕の興味を引っ張って離さなかった。

「だからゲンちゃんが見たものが蜃気楼なら、水と、実体がないといけない。ありえないけど、例えば、その日大雨が降ってて校庭が湖みたいになってて、少年が立ってた場所に、彼自身が頭から埋まっていたとかね」

 そこまで言って、山岡君は黒板を消し始めた。僕も駆け寄って手伝う。

「明智君、このあと、少し時間ある?」

「あるけど、なんで?」

「図書館に行こう。”蜃気楼”の正体を調べられるかもしれない」

***

 迎えお盆の早朝。

 黒木、岩田、山岡君、僕の4人は、グラウンドに集まっていた。

「マジかよ…」

 岩田がつぶやく。見ると、黒木も岩田も、手が震えていた。

 僕らが見つめる視線の先に、それはいた。

 早朝でも暑い8月の日の中、グラウンドの真ん中で、少年がゆらゆらと揺れている。黒木の話に合った通り、その顔ははっきりと見えない。だが、あの立ち姿は、まるで…

「行ってみよう」

 山岡君が、迷いのない足取りで、少年に向かっていく。黒木と岩田は顔を合わせて、山岡君についていく。僕もあわてて後に続いた。

「ゲンちゃんの言ってた通りだ」

 黒木がか細い声で言う。近づけば近づくほど、少年の影は薄くなっていった。そして僕らが少年のが立っていた場所にたどり着いたときには、その姿は完全に見えなくなっていた。僕らは、一様に言葉を失う。

「黒木君からこの話を聞いたあとね、図書館に行ったんだ」

 そうだ。山岡君と僕は学校の横にある図書館に赴いた。そこで彼は、古い地図や郷土史を片っ端から調べていた。結局僕は途中で飽きてしまって、趣味の小説を読んでいたのだが、どうやら山岡君は何かを見つけていた様子だ。

「このあたりはね、大正のころまで住宅地だったんだ。ただ大正12年の8月13日に大きな台風が来て、近くの川が氾濫して全部流されてしまった」

 山岡君は言いながら、背負っていたカバンから小さなスコップを取り出してグラウンドを掘り出した。

「昭和の初めころ、戦前だね。大規模な治水工事が行われてこのへんも埋め立てられた。そのときにこの学校が建ったんだ。ほら、川ももうずいぶん遠くを流れてるでしょ」

 黒木と岩田が神妙にうなずく。

「古い地図を調べたら、この場所にあった家の名前もわかったよ。何軒かあったけど、みんな同じ苗字だった。さすがに洪水で亡くなった人がいるかまではどこにも書かれていなかったけど…」

 どこにそんな力があるのか、山岡君は驚異的なスピードでグラウンドを掘り進めていた。すでに1メートルほどの深さだろうか。そこで、スコップが何かに硬いものに当たる音がする。僕らは何もできずに、穴をのぞき込む。山岡君が、その"何か"の周りの土を優しくどかす。それは…。

 それは、人間の足の骨だった。

「迎えお盆って…台風が来た日だ…」

 僕がつぶやく。

「その通りだよ、明智君。きっと見つけてほしかったんだね。ここに埋まってることを」

 いつの間にか穴の中で立ち上がっていた山岡君が、僕の目を見上げて言った。

「あけち…?」

 黒木が口を開く。

「山岡君、そこに、誰か、いるのか?」

 黒木と岩田が、恐々と僕の方を見る。彼らには、僕が見えない。

 そうか、そうだったんだ。ずっとわからなかったんだ。そうか。そうか。僕はここで。ここで。ああ。なんだ。そうだったんだ。

「流されてしまった家の名前は明智家。ここには、明智さんって家族が住んでいたんだ。僕らぐらいの年の子もいた。きっと逃げ遅れたんだね」

 山岡君は、穴から這い上がってきて、僕の正面に立つ。僕が今まで見た中で一番やさしい目で、僕の目を見る。

「明智君。もう大丈夫だよ。長い間、見つけてあげられなくてごめんね。これは、君の信じる神様とは違うかもしれないけど」

 そう言って、僕の手に十字架を握らせた。暖かかった。十字架ではなく、山岡君の手が。

 視界が薄くなっていく。もっと山岡君の顔を見ていたくて逆らおうとするが、どうすればいいかわからない。握っていたはずの十字架が、地面に落ちた音がした。黒木と岩田の唖然とした顔がかすかに見える。ああ、僕は彼らの話を、傍から聞くのが大好きだった。

 ありがとう、山岡君。さようなら。

(おわり)

写真:PIXABAYより(https://pixabay.com/ja/)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?