短編小説「雷を呼ぶ木」(ジャンル:ホラー)

書く筋トレ第2回。

こちらのサイトでランダムに吐き出された3単語を使って、短い小説かエッセイを書きます。今日のお題は、「午前二時、庭園、へそ」
※ランダムテーマジェネレータより:http://therianthrope.lv9.org/dai_gene/


小説「雷を呼ぶ木」

画像1

 フェンスの上に飛び乗ると、暗闇が眼前に広がった。

「田中、急げ。人に見られるぞ」

「田端です」

 足元が見えないことに怯えながら、恐る恐る飛び降りる。桐山の声がする方向へ、恐る恐る進んでいく。ライトを使えないのは、不法侵入の真っ最中だからだ。

 都内でも有名な、大名庭園だった。江戸時代から続くという美しい日本式の園地は広大で、地方からの観光客も絶えない。しかし日付が変わったばかりのこの時間には、人影はおろか明かりの一つもなく、東京の一等地にぽっかりと穴をあけているようだった。

 覆いかぶさるように茂る木々をかき分けて、闇の中を進む。頼りになるのは、先を進む桐山の草を踏み分ける音だけだ。

***

「雷獣を見に行くか?」

 桐山からそう声をかけられたのは、昨夜、大学の教室でのことだ。桐山の授業でアシスタントを務めていた田端は、桐山が文字とも図形ともつかないものを書き散らしたホワイトボードを消しているところだった。

「陸山園ってあるだろ、鐘橋に。ここ3か月でな、4回雷が落ちてるんだ」

「それで雷獣ですか」

 桐山の研究部門は「オカルト」だった。口ひげを生やし放題にした桐山自身の胡散臭いビジュアルも相まって、夜遅い時間の開講にもかかわらず人気の授業だ。田端自身も、桐山の不思議な魅力に惹かれていつの間にかティーチングアシスタントを務めるまでに深入りしている。

「待ってください、雷獣って妖怪ですよね。幽霊ならまだしも、そんなもの本当にいるんですか?」

 そう尋ねる田端に桐山は不敵に笑って見せるだけだった。

***

「1930年、ニューオーリンズ。同じ教会に2か月で4回落雷があった。1986年の中国四川でも、1つの墓地に2週間で3回も落雷があった記録がある」

 桐山は話しながらずかずかと庭園内を進んでいく。月の明るさも手伝って、目が慣れると周囲がはっきりと見えるようになっていた。

「それで雷獣ですか?それぐらい気象条件次第では、十分あり得るんじゃないでしょうか」

 田端が小走りで、桐山の背中に向かってそう言うと、突然桐山が歩みを止めた。ぶつかりそうになり、文句の一つも言おうと口を開きかけたところで、桐山が短く言う。

「これを見てみろ」

 二人の眼前に現れたのは、1本の大樹だった。いや、大樹だったものと言った方が正しいかもしれない。直径2メートル以上はあろうかという太い幹は、田端の目線ぐらいの位置で痛ましく折れて、真っ黒に黒ずんでいる。周囲の木々には、もたれかかるように黒ずんだ太い枝が散らばり、まるで爆撃を受けた後かのような凄惨な光景が眼前に広がっていた。

「3か月で4回。すべてこの木に雷が落ちている」

 背筋がゾクッとした。

 草原に立つ1本の木に落雷が集中するならば、まだ納得がいく。しかし目の前の大樹は、周囲にまだ標的になりそうな木が茂っているではないか。1度の落雷で大樹にどれほどのダメージが与えられたのかは想像するしかないが、おそらく3度目、4度目の落雷では周囲の木の方が高さでは勝っていたはずだ。

「こうなってるだなんて、全然知りませんでした。もっとニュースになっててもおかしくないですよね」

「そこがポイントだ。幸いにも4度の落雷で誰もケガ人が出ていない。なぜだかわかるか?」

 田端が怪訝な顔を向けると、桐山は笑って言う。

「落雷は決まって、深夜2時ころにある」

 慌てて時計を見る。0時半。まだ安全、ととるか、もう危険、ととるか判断の付きづらい時間帯だった。桐山を見ると、嬉々として何かを組み立てている。折り畳み式の檻のようだ。

「それで雷獣を捕まえるなんて言い出さないですよね」

「日本にある雷獣のミイラなんかはな、だいたいがハクビシンなんだ。当然今知られているハクビシンに雷を落とす力なんてないが、かつて人間が雷獣を恐れていたころには、違った事情があったのかもしれない」

「雷を落とす力を持ったハクビシンが、陸山園に住んでるとでも言うんですか?」

「ハクビシンとは限らないが、それに近いものがいるはずだ」

 田端は少し肩透かしを食らったような気分だった。「雷獣」というフレーズに心をときめかせてのこのこ付いて来たはいいが、まさかハクビシン探しをやらされるとは。しかも不法侵入のリスクまで犯して。

「田中、巣穴を探せ。見つけたら俺を呼べ」

「田端です」

 急に気が抜けてしまった。しかし文句を言っても始まらないので、木の根元を一つずつあたっていく。なかなかそれらしきものは見つからない。

 そのまま、だらだらと時間だけが過ぎていった。田端はすっかり飽きてしまって、例の大樹の前に戻っていた。あらためて見ると、この大樹は異常だ。雷を落とすハクビシンがいるとは思えないが、この木が何かしらの怪異に見舞われているのは間違いない。

 桐山からは禁じられていたが、スマホのライトをつけて、大樹を観察してみる。すると、大樹の根元、黒く焦げた枝が積みあがった奥に、何かが光った。

「ライトを消せ、馬鹿者」

 桐山が慌てて駆け寄ってくる。しかし間髪入れずに田端が「下に何かあります」と告げると、桐山の目がライト以上に輝く。

 2人で、枝をどかしていく。すると、そこにあったのはミカン箱ほどの木箱だった。光を反射していたのは、蓋を止めるのに使われていた釘のようだ。釘は捻じ曲げられており、何者かが蓋をこじ開けたのだとわかる。

「中は空だな。新聞が敷いてある…。見ろ、明治時代の新聞だ」

 桐山は新聞に見入っている。田端が箱の中をのぞくと、箱の隅にまだ何かあった。恐る恐る取り出してみると、干からびたキュウリのような、干したイカのような、謎の物体だった。

「桐山教授、これはなんでしょう」

 田端が”それを”差し出すと、桐山が目を丸くした。

「まずい」

「えっ」

「俺たちは、大変な思い違いをしていたようだ」

「何のことですか」

「逃げるぞ、田端。お前が持っているのは、へその緒だ」

 ぎょっとして、手に持っていたものを取り落とす。次の瞬間には目の前の桐山が走り出していた。訳も分からぬまま、後に続いて走り出す。

「ちょっと待ってください、説明してください」

「雷が落ちるのは深夜2時…丑の刻か…!田端、今何時だ」

 桐山は走りながら何かをつぶやいている。慌てて腕時計を見るが、暗くてよくわからない。その瞬間、景色が一転した。後から自分が転んだのだとわかる。桐山が戻ってきて、田端を助け起こした。思えば、闇が深まっているように感じる。スマホを取り出して、時計を見る。深夜1時を回っていた。

「月はどこへ行った」

「えっ」

慌てて頭上を見上げる。つい先刻まで周囲を明るく照らしていた月は消え、空は厚い雲に覆われていた。

「ライトをつけていい。逃げるぞ」

「教授、説明してください」

「走りながらだ」

 そう言うと桐山は、今度は田端を先に行かせた。足元をスマホのライトで照らしながら、木々をかき分けて入ってきたフェンスを目指す。

「あそこにいるのは、雷獣なんてチンケなもんじゃない」

 背後から息を切らせた桐山が言う。

「雷神だ。そう思うと、東京の一等地が江戸時代から庭園のまま残されてるのも納得がいく。きっと昔からあの木があった場所に雷が落ち続けていたんだ。とても宅地にはできない」

「さっきの箱はなんだったんですか」

「雷様が好きなものはお前でも知ってるだろう。へそだよ」

 寒気が走る。あの箱一杯に敷き詰められた、ミイラ化したへその緒を思い浮かべてしまった。

「おそらく、雷神を鎮めるために明治期に奉納されたものだったんだ。それを誰かが掘り出して、中身を持って行った」

「誰が、何のために」

「知るかそんなもん」

 突然、雨が降り出した。頭上に雷鳴がとどろく。半ばパニックになって、足を速める。

 フェンスにたどり着いた。スマホをしまって、両手でよじ登ろうとする。

 その瞬間、雷鳴が走った。

 強い光。間髪入れずに、轟音。

 後ろを振り返らずともわかる。あの木に、雷が落ちた。しかし、田端も桐山も、もはやそれどころではなかった。

 雷鳴がとどろく刹那。

 稲光に強く照らされたフェンスに、無数のへその緒がびっちりと結び付けられていた。

(おわり)

写真:PIXABAYより(https://pixabay.com/ja/)

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