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高円寺という街

■初めての東京

初めて東京に行ったのは大学生のときでした。

就職活動のため、平日早朝の通勤ラッシュに品川駅へと向かいました。
都心に行くことがなかった僕にとって、それは大変な衝撃でした。

満員電車の混雑っぷりはもちろんですが、大勢の大人がひしめき改札から港南口にザッザッザッと行進する様子は、まさに『モダン・タイムス』のようで、これからの就職を迎える未来が怖くて不安になり、泣きたくなってしまったのを覚えています。

それでもなんとか人混みを抜けて港南口を抜けると、空一面に高層ビルや高層マンションが広がっており、その圧迫感に息が詰まりました。

もちろん品川にもオフィスだけではなく、飲み屋のような楽しげな空間がありました。
しかし、そこはただの居酒屋ではありませんでした。

居酒屋に来る客を見ていると、気の知れた友達と楽しい時間を過ごす場というより、サラリーマンが仕事終わりの飲み会や接待に使うのがもっぱらで、
通りがかった焼き鳥居酒屋も、ワクワク感が一切ない、貸し会議室のような無機質な存在感を放っていました。

大学生の僕にとって、東京は少しの遊びや余裕もなく、街全体が仕事で舗装されている地獄のように感じられたのでした。

そしてあれから数年、ぼくは仕事の関係で、昨年東京の高円寺という街の近くに引っ越してきました。
苦手意識のあった東京でしたが、高円寺のことをとても気に入りました。


■休日気分の街
高円寺はのいいところは仕事のことを忘れさせてくれるところです。

高円寺の住民はスーツを着て仕事する習慣がないのでしょうか。
平日休日関係なく、高円寺ではスーツを着ている人を一人も見たことがありません。

ぼくは根っからの小心者で、みんなが働いているときに有給取って一人だけ休むのが苦手です。
自分は休みでもスーツ姿で働いているサラリーマンを目にすると、変な焦燥感が湧いてきます。

「あれ?今日本当に休んでていいんだっけな?仕事残してなかったっけ・・・?」とか、考え始めてしまいます。

仕事のことを考え始めると、リラックスムードの休日も、だんだん気分が悪くなってきます。
休日を100%楽しめていない気がしてきます。

その点高円寺は安心です。

街にはスーツの人はいませんし、夏でも冬でも半ズボンの人ばかり歩いています。

みんな南国気分でご機嫌のご様子。
見ているこちらまでうれしくなります。
半ズボンのおじさんを見るたびに、ぼくは心のなかで「ありがとう」を伝えています。

あまりのスーツ需要のなさに、高円寺のパル商店街のSUIT SELECTも先日閉店を迎えました。
無職とスーツを知らない人が住む街高円寺に、スーツ屋は必要ないようでした。



高円寺の北口バスロータリーに行くと、茶色いおじさんたちが等間隔でへりに座っています。
それは京都の鴨川のほとりで過ごすカップルのようです。

みんなチューハイを飲んだり、将棋を指したり、タバコを吸ったり、のんびり過ごしています。
かつて見た品川のオフィス街のギラつきはなく、そこにはいつでも柔らかな休日が広がってます。

ぼくも茶色おじさんに混じってロータリーのヘリに腰掛けると、野原にピクニックしているかのような開放感が味わえました。
タバコを吸いながら空を見上げると、品川にはない大空が広がっていました。

高円寺は、仕事から離れるにはうってつけの街でした。


■あきらめた街
高円寺の街の雰囲気も気に入っています。
それは、街も人も、何かをあきらめたような、諦観的な、ある種悟りの雰囲気が漂っているのです。


例えば、徳島が現役で名物としている「阿波おどり」に対し、高円寺は自分達の名物として「高円寺阿波おどり」と銘打って町おこしをしています。

頭に「高円寺」の名前を加えたそのネーミングは、堂々とした態度が感じられます。

しかし、千葉の「東京ドイツ村」のような姑息さは感じられません。

肝の座りっぷりはあっぱれですが、人として何かをあきらめないと、これを成し遂げることは容易ではないでしょう。

そして、それは高円寺の住民も同じ雰囲気を持っています。

例えば、バスロータリーで缶チューハイを飲むこと。これも人として何かを諦めないとできることではありません。
他の街でも外で缶チューハイを飲む人はいますが、缶をハンカチで包む奥ゆかしさを持っています。

しかし、高円寺の住民は、知らないメーカーの缶チューハイを臆せず裸の缶で飲んでいます。
外聞や世俗にまみれない芯の強さがあります。

自意識過剰な僕にとって、高円寺の悠然とした雰囲気は、一種の憧れなのです。


■会社帰りの高円寺
日々仕事をしていると、自分の不甲斐なさに打ちのめされて、自分が価値のない人間だと感じながら帰る夜がよくあります。

そんな日はそのまま家に帰ると耐えられないので、少し寄り道してやり過ごします。

本当は馴染みの店に行ければいいのですが、最近はコロナ禍で閉店しているので夜の高円寺を少し散歩します。

そしてバスロータリーでおじさん達に混じって缶ビールを飲むと、
「このままでもいいかもな」
という気持ちになって、少し元気をもらえます。

そんな高円寺が好きです。

まあ本当は港区のタワーマンションに住みたいんですけどね。

それでは!

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