シン・仮面ライダー、考えさせられました【一部ネタバレあり】
先日、シン・仮面ライダーを観ました。見終わった後、とてもたくさんのことを感じましたので、今回はシン・仮面ライダーの感想を一部ネタバレありでnoteにまとめてみました。
○人間ならざるがゆえに信頼が大切
主人公の本郷猛(演者は池松壮亮さん)は、バッタの怪人に改造されて人間を超越した力と、力を振るう際の人ならざる姿を手にし、自ら仮面ライダーと名乗ります。とんでもない力を持ち、醜く恐ろしい姿になる彼は、それまで社会にあった居場所を失ったことでしょう。
私たち人間は自分のいる居場所、自分の家族や通う学校、勤める会社や住む地域によって、無条件に他人と繋がりを持つことが出来ます。しかし、本郷猛はその居場所を失っていますから、他人との繋がりを無条件で持つことは出来ません。
そこで、他人との繋がりを得るために必要となるのが「信頼」です。映画の中で、たびたび信頼に関わる描写がありました。居場所をたくさん持ち、繋がりを意識せずとも持っている私にとって、信頼の大切さを示されているように感じました。私たち人間は、相手がどのような見た目や能力を持っていても、信頼によって深い繋がりを持つことが出来る、その事を教えてくれる映画だと思います。
○醜い闘い、美しい仮面とバイク
劇中では、仮面ライダーと怪人の戦闘シーンも描かれていますが、等身大の者同士による直接攻撃の格闘がメインで、光線や機械兵器を使う描写はありません。最近のヒーローモノの戦闘シーンのような派手さやキレイさは無く、私は闘いの中に醜ささえ感じました。
そのためか、仮面ライダーや怪人が被る仮面や、仮面ライダーのバイクにとても美しさを感じました。人間同士の生物的な醜い闘いの中で、仮面やバイクの無機質で人工的な美しさが一段と光るように感じました。
なぜ、ヒーローモノの戦士や乗り物は美しいのか、それは人間同士の闘いそのものは醜く、別に美しさがなければ直視できないからではないかと思います。シン・仮面ライダーでは、とくに闘いの醜さを感じたからこそ、仮面やバイクの美しさを感じることができたのだと思います。
○ヒーローも悪者も辛い
本郷猛は、超人的な力によって簡単に人を殺められる事実にとても傷つきます。軍人のような特別な訓練を受けず突然力を手にして人を殺めれば、誰でも傷つくと思います。これまで述べたとおり、社会に居場所がなくなり姿も闘いも醜さがある仮面ライダーは、とても辛いヒーローだと感じました。
一方で、悪者である怪人たちにも辛さを感じました。彼らは、過去の壮絶な経験や生まれ持ってのもので、社会では全く許容できない幸福欲求を持っています。その欲求を満たすために怪人となり、人間の容姿も繋がりも捨て去って幸福になろうと悪の限りを尽くすのですが、その姿は永久に満たされないものを必死に満たそうとしているようで、仮面ライダーとはまた異なる辛さを感じました。
映画を鑑賞した私に、ここまでたくさんのことを考えさせたシン・仮面ライダーは、私にとって思い入れのある作品でした。
映画を鑑賞された他の方々はどのように感じたでしょうか。
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