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『劇場版 美しい彼〜eternal〜』 感想その2 

もう一度観たくなってしまい、2回目に行ってきました。
物語の流れとは関係なく、思いつくままに書きます。

平良はいつも幸せだった

映画を見た後に思った。清居に出会って以来、清居の消息がわかっている間は平良は基本ずっと幸せだったのだなぁと。清居はよく平良の理解不能な言動に翻弄されて泣かされてることも多くて随分とかわいそうな気がしたけど、平良は清居と出逢ってから、大部分はずっと幸せだったんだなぁと。
平良はまず高校時代に清居と出会えたことが幸せだったし、出会ってからは毎日近くにいられるだけで幸せだったし、高校卒業後の音信不通は辛かったけど、再会後はなんだかんだ清居を追いかけて幸せ、結局想いも通じ合い、今では同居して深く触れ合う喜びも知って幸せ。
思い返せば基本的にずっと幸せな男だったんだなぁ。
彼がいまひとつ清居の寂しさや不安や苛立ちに鈍感な感じなのは、自分が基本的にずっと幸せだったからなのかもしれない。

平良と設楽の対決

平良は愛する清居を傷つけられたことで、大事なものを蹂躙された怒りにスイッチが入り、凶暴性が目覚めて爆発した。高校時代のトマトジュース事件と同じ。
清居を守るために設楽を殴り続けた姿は確かに力強いのだが、彼が怒りに任せて制御不能状態で凶暴になっている姿は、私にはかっこ良くは見えない。

清居はたくさん泣いていた

平良さんが自分の殻に閉じ籠ったり、自分が作り上げた大好きな設定の物語の世界に入り込んだり(王様と臣下物語)して、何かと無自覚に清居を傷つけるので、清居はたくさん泣いていた。平良にたくさん泣かされていた。繰り返しになるが、清居が泣くシーンは本当にかわいそうで辛い。

お風呂のシーン

ちょっと照れながら、モゾモゾと清居が言った「キス・・・、してもいいぞ・・・」が可愛いかった。シャワー派だった清居がお風呂のよさ(?)を知ってしまい(多分)、新居探しの際にバスタブの大きさにこだわっていたのも可愛かった。清居とって、今やお風呂は二人で入れなければ意味がないものになってしまった。平良のせいで。
このお風呂シーンを見て、匙加減が絶妙だなと感じた。やり過ぎず、引き過ぎず。私はあまり濃厚なシーンを見るのは好きではなく、テレビドラマの録画だとその辺はなんとでも自分で調節できるので助かるのだが、映画だとそうはいかない。二人の演技もよかったが、これ以上やるとちょっとやだなぁというギリギリの(私の好みとして)ところで二人が見えなくなり、二人の動きで勢いのついたお湯に煽られて、アヒル隊長もついには湯船から流されて見えなくなった。清居の色っぽい声も、もうそのくらいで十分です、というところでちゃんと終わり、とにかくこういうところの加減が絶妙な作品だと思う。

平良は言行不一致?

お風呂のシーンを見ていて改めて思った。映画に始まったことではないが、平良は言うこととやることが結構違う。清居を傷つけたくない、清居が嫌がることはしないというようなことをよく言うが、いざとなると自分の欲求を押し通す。シーズン2終わりのチョコレートキスも、このお風呂のシーンも・・・。あ!でも、清居は”嫌がって”はいないのか?確かに、むしろ”望んでる”?そうかぁ、平良のそういう作戦か。なるほどねぇ・・・。

野口大海がやはり素敵だった

二度目を見て改めて野口大海が素敵だった。
平良の本質を見抜いていて、平良の性質について野口が清居に語った時に、平良という男の性質がとてもよくわかった。そうそう、平良ってそういう感じの男だと。
上下関係がありながら、気取らず威張らずフランクに、時に平良と同じ目線で話すことができ、相談にのりアドバイスもする野口先生。彼の話し方(セリフの言い方)も好きだった。和田さんがいい役者だから野口大海がより一層魅力的になったのだろうと感じた。

野口先生はライバル

平良にとって、野口大海は師匠であるとともにライバルだった。特に清居の事が絡むと、被写体の魅力を最大限に引き出すポートレイトをとる人気実力ともに兼ね備えた野口に強いライバル心や嫉妬を露わにしていた。
「今度野口さんに撮影してもらえることになった」と嬉しそうに報告する清居に、苛立ちと独占欲と嫉妬を剥き出しにした平良は、珍しく私には普通の人に見えた。きっと気持ちと行動が一致していて不自然な歪曲がなかったからかもしれない。例え途中で我に返ってやめたとしても。
戸惑いながらも「続き、やれよ」と言ったのに、結局平良に放り出されて部屋に一人取り残されたポーッとした清居の表情が、かわいそうなような、可愛いような感じだった。

清居は平良のために王様風

「存分に喜べ」とか「許す」とか、上から目線というか王様風な言葉を使うシーンがあったが、これは清居の好みではなく、平良がこういう設定が好きだから言ってあげるようになったのだろうと思う。そんなに”王様と臣下”が好きならしょうがない、王様やってあげる、と。そんなに平良を甘やかしていいのかと言いたくなるが、清居がいいならそれでいいか・・・。

キスシーンなどのラブシーンの加減が絶妙

お風呂のシーンでも書いたが、加減がいいし、とても美しい。ごまかさず、逃げず、攻めつつもやり過ぎず、美しさと艶かしさを忘れない。
あまり濃厚なシーンや激しい感じは好きではないので、どのくらいに仕上げてくれるかどの物語を見てもハラハラすることがよくあるのだが、『美しい彼』はその加減が私の好みに合っている。
こういうシーンは、あまりたくさんしつこくあっても疲れてうんざりするけど、全然ない或いは中途半端な演出の場合も、なんだかごまかされたり体よく逃げられたような感じがして違和感を感じるものだ。避けるなら避けるでうまくやってくれないとかなり興ざめする。
『美しい彼』の匙加減は私にはちょうどいい。

監督や脚本

主演の二人を始め役者さんたちの演技は言わずもがなだけれど、表に出る人だけでなく監督や脚本はやはりとても大事だなぁと、いろんな作品を見ながら改めて強く実感する今日この頃。前から思っていたけれど、『美しい彼』を見ながら改めて。オーダーメイドで作ってもらうわけにはいかないので、自分の好みに合う監督や脚本家の方に偶然出会えるとやはりとても嬉しい。

不動産屋と安奈の言葉

部屋探しをしていた時の不動産屋の反応と安奈の言葉が、清居が置かれている現状を表してるなぁと感じた。平良との新居を探していたときに、不動産屋が ”大家さんはルームシェアを嫌がるんですよ。近いうちに結婚するっていうならいいんですけどねぇ・・・。まぁ、それもねぇ・・・” というようなことを言う。世間は平良と清居のような関係に寛容ではないということを表している。
そして、突然のスクープでスキャンダルの渦中に放り込まれた安奈は悲しげに言う「イメージが全てだから」。
二人のような関係に暗に嫌悪感を示し決して容易には受け入れない社会の中で、”イメージが全て”の芸能活動を生業とする清居は、安奈よりもっと不安定な身の上とも言える。平良と清居の関係が世間に知れたときに受ける誹謗中傷は安奈の恋愛の比ではないはず。清居が安奈の恋にあれほど肩入れしたのは、自分と重ね合わせて放って置けなかったのだろう。

二人は永遠に一緒

映画の終盤で、平良は清居とずっと一緒にいると清居にはっきりと伝えてくれた。一生そばにいると。本当によかった。それこそが、清居がずっと待ち望んでいた言葉だったと思うから。清居は、平良と幸せになりたいのだから。
桜吹雪の中、平良に手を引かれて懐かしい教室を駆け回る清居の笑顔は幸せそうでとても優しかった。こうして平良に手を取ってもらい、一生二人一緒に前に進んでいきたいとずっと望んでいたのだろう。"eternal"か。

清居が幸せになれて、本当によかった。
平良、最後はよくやった!


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