カンボジアの子供たち

タイのバンコクに
駐在していた時
カンボジアの
アンコールワットに
陸路で行きました。

出発した場所は
バンコクの
カオサンロード。

◆バックパッカーの聖地
とよばれる通りです。

いつ行っても
ゆるーい格好をした
白人の方々が
たくさん
いらっしゃいました。

みなさん、
ハイネケンや
シンハビールを
飲みながら
緩やかな時間を
過ごされてました。

私は朝早く、
そのカオサンロードから
格安アンコールワットツアーの
見ず知らずの日本人の
方々5-6名とミニバン
に乗り、

まず、
バンコクから
タイとカンボジアの
国境の街
ポイペト
へ向かいました。

そのミニバンの中の
私の隣の席に
若い日本人が
いました。

話かけたら
その日本人男性。

私の田舎の親友が勤めてる
会社のタイの駐在員でした。

その日本人男性。
私の田舎の親友のことも知ってる
とのことで
意気投合!

当日は
一緒に
シェムリアップの街を見物しよう!
ということに
しました。

ポイペトには
お昼前に着いて
カンボジアへの
入国手続きを
すませ、
ポイペトから
おんぼろのタクシーに
乗ってシェムリアップへ
向かいました。

ちなみに
シェムリアップ
とは
カンボジア語で
◆シャム(タイ王国)を追い出せ!
という意味だそうです。

17世紀に
タイのアユタヤ王朝の軍隊が
カンボジアに侵攻した時
カンボジアが
アユタヤ王朝の軍隊を
追い出した場所らしいです。

東南アジア
と言っても
そこには
いろんな民族の
歴史があるんですねえ。

ポイペトから
シェムリアップに続く道。

舗装されては
いるんですが
所々に
穴ぼこが
ありました。

そのタクシードライバーは
その穴ぼこを
うまく交わして
運転されてました。

そうこうするうち
4:00pmごろ
シェムリアップの宿に
到着しました。
格安宿です。

チェックインを
済ませ
その日は
自由行動。

私はそいつと
シェムリアップの街に
繰り出しました。

その宿を
そいつと一緒に出たら
ちょっとした
広場がありました。

その広場には
ブランコも
鉄棒もありませんでした。

あったのは
板で作られた
壇らしきもののみ。

その壇に
4、5歳と思える子供から
小学校低学年ぐらいの
男の子と女の子、
5-6人が
仲良く遊んでました。

ぼろぼろの
パジャマを着て。

その日は
平日だったか
土曜だったか
覚えてませんが
なぜか
その子たち
ほとんど
パジャマを着てました。

なんで
パジャマ?

◆うわ。
 このシェムリアップの子供達。
 外で遊ぶ服、持ってないのか…。
 そんなに
 貧乏なのか…。

私は
そう思いました。

でも、
その子供たちを見て
ふと
自分の子供の頃を
思い出しました。

スマホもパソコンも
ない時代。

友達と遊ぶ時は
近くの小さな公園。

木登り
ブランコ、
鉄棒、
舗装されてない地面での陣取り遊び。

そこにあるもので
十分、楽しかったなあ。
パジャマは着てなかったけど、
と。

そして
ぼろぼろのパジャマを
着て楽しく遊んでいる
子供達をはたから
ずーっと見てて
あることに
気づきました。

その子供たち。
家は貧乏なんでしょう。

でも
キラキラした目を
してました。
今でも覚えてます。

翌日早朝の
アンコールワットに
差し込む朝日の輝きも
もちろんよかったんですが

私には
アンコールワットへの朝日の輝きより
その子供たちの
目の輝きが
今でも
忘れられません。

KJさん
という方のnoteを
読んで
そんなことを
思い出しました。

https://note.com/kj2020/n/nb09487568fdd

#カンボジア
#シェムリアップ




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