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バンコク封鎖日記 Day20:コロナも”万事塞翁が馬”

今日も終日リモートワーク。ずーっとちゃぶ台で仕事をしているのはさすがに体が痛い。仮住まいだけど、机と椅子を買おうかという気持ちに徐々になっている。

英語×Zoomでのトレーニングは無事終了した。参加者とクライアントから「よかった!」と評価を頂き、やればなんとかなるもんだなと。慣れたセッティングから離れ、あえて不自由な状況で仕事をすることで、新しいスキルが身についていると思えば悪くない。来週も頑張ろうと思える心地よい疲労感のある金曜。

夜は友人の企画で、こんな会にお招きいただき、20人くらいの方々と語り合った。新たな出会い、深い共感や気づきがある価値ある時間だった。

リーダーとして思う事

コロナも万事塞翁が馬

もちろんコロナによってみんな苦しんでいる。仕事が減り収入が減っている人もいる。小さな子供を抱えてのリモートワークはストレスが多くて大変だ。いろんな苦しみや不安がありながらも、それを正直に伝え合うこと、苦しんでいることを認め合うことを通じて見えてくるものもある。そういう意味で「話す」って大事だなとシンプルだけど思った。

そして僕が改めて思うのは、「人間万事塞翁が馬」、つまりよい事と悪い事の区別などつけることができないという事だ。

塞翁が馬と言う中国の古いお話については、ご存知の方も多いと思う。馬が逃げ出したと嘆いていたら、その馬が新しい馬を連れてくるという幸運を得た。その後、息子がその馬から落ちてケガをして不運だと嘆いていたら、その後戦争が起き、ケガのお陰で戦争に行かずに済んだという。幸運か不運かなど誰にもわからない、という教訓を伝える話だ。

同様に、「コロナも万事塞翁が馬」かもしれない、と思う。大変な不幸をもたらしている裏側で、コロナをきっかけに思いがけない機会も生まれている。自分が感じる範囲でいうと:

コロナによる今日のイベントが無ければ、古い同僚との再会や日本での多くの出会いを得られることは無かった。この出会いから、きっとまた何かが生まれるだろう。

コロナショックのお陰で、社内の管理体制は確実に前進した。メンバーの意識もすごく高まり、とても頼もしい組織になった。新商品もどんどん開発が出来ている。コロナが無かったらこうなっていただろうか。

コロナのお陰で、不謹慎ではあるが家族とのゆったりとした時間を過ごすことが出来ている。平日に子供と一緒に公園にいったり、ランチのお弁当を買いに出かけたり。ふとした瞬間にとても幸福感を覚える。

コロナのお陰で、自分は日記を書く習慣が出来た。良い内省ができて、思考の整理ができている。おかげで毎日を大切に過ごせている。

・・・など。不謹慎かもしれないが、コロナショックにも良い面も沢山あることに気づく。「コロナがあってよかったですか?」と聞かれると「もちろん無い方が良かったけど、あったらあったでそれもまた良かった」とマジで思ったりしている自分もいる。

こんなブログもバズっているが、共感できることも多い。

つまり「良いか悪いかを決めているのは、自分の心である」という事なのかもしれない。言い方を変えると、起こった事象に対してプラスに捉える人だけが、その困難を乗り越えていけるんじゃないだろうか。

もちろん、こんな日常は一日も早く終わってほしいのは間違いないし、ずっとポジティブ思考でいるのも疲れる。最近、自分も外出できないストレスのせいで、珍しくお酒の量がちょっと増えた。

でも、「こんな日常も捨てたもんじゃない」と思えるかどうか。「後から思えば、これがきっかけだったなぁ」と思える、見えない変化のサインに気づけるかどうか。

そういう姿勢を持つことで、苦しい中でも未来を切り開けるんじゃないかなぁ、とそんなことを感じさせられる対話イベントだった。

今日は以上です。


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