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「流れ星を捕まえるように」文章を書く~1か月間のブログ生活を終えて

2月の1日~29日の1か月間、ブログを書くと決めて今日が最終日。

15人の仲間の皆さんと励ましあいながら、なんとか完走することができた。(皆さんの記事は #1か月間ブログ書くぞ  のタグから読むことができます。)

途中から始めた「タイ起業10年記」はまだ続いているので、執筆はもう少し続けていくが、「毎日必ずポストする」というのは今日で少し緩めることにしたい。(しんどすぎるので笑)

1か月文章を書いてみて思うこと。それは、

「毎日書く中で、いろいろなシンクロニシティ(偶然の一致)が自分の中に起こる」

ということである。

シンクロニシティとはユングが提唱した概念で、「意味のある偶然の一致」と訳される。一見関係のない何かと何かがつながっているように感じられる現象のことである。

例えば先日、私の師匠についての記事を書いているタイミングと、ちょうど東京でリーダーシップ研修を行っている時期が重なった。それにより目の前のワークショップに気持ちも新たに臨むことができた。

あるいは、過去のオフィスの移転の話を数日前に書いたが、ちょうど今またオフィス移転を検討している。前回の引っ越しから6年、より大きな場所に引っ越す恐怖があるが、当時の気持ちを思い出すことで目の前にある決断への勇気が得られた。

人間は無意識に支配されているから、無意識の自分が文章に現れる。
そして、書かれた文章が、また自分の無意識に影響する。

「書く」という行為が、自分の思考と行動を変えていくのだ。

とはいえ、文章を書くのはなかなか腰が重い。
だから、「何でもよいから書く」と強制的に機会を作っておく。
そうすることで、シンクロニシティの発生確率を上げていくという意味があるのだ。

そう考えていて、ふと思い出したことがある。

去年の夏に、自分は中学生の長男と2人で富士山に登った。
男子二人での夏の冒険。
言葉で表せないほど、良い思い出になった。

闇に包まれながら頂上を目指す中、頭上に広がる満天の星。
そして、ビュンビュン飛び交うたくさんの「流れ星」を見た。

よく「流れ星に願い事を言うと叶う」というが、普通はほとんど無理だ。
「来た」と思ったら、すでに流れてしまっているからだ。

でも、富士山の上なら願いが言えると思った。
なぜならしょっちゅう星が降るので、「来るぞ」と構えていれば願いを言えるからだ。

目の前の偶然も、構えがあればそれを捕まえることができる。

ーーそんなことを感じたのだった。


文章を書く行為もちょっと似ているのかもしれない。

流れ星を捕まえるように、目の前の偶然を必然に変えていく。

文章を書く習慣がそれを可能にする。
そんな素敵な意味が、文章にはあるんじゃないかということを学べた1か月だった。

1か月間、ありがとうございました。

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