【デキる上司の十訓十戒002】声のかけ方 ~最強のストローク「愛語」~

人格曼荼羅で人としての基盤、つまり、心のあり方が整ったら、つぎは「やり方」です。部下や周囲の人たちを魅了する演じ方の話に入っていきます。

はじめに、道元さんの「四摂法」についてご紹介します。学生自体に日本史を学んだ人であれば、鎌倉時代新仏教のひとつ、曹洞宗の創始者である道元さんの名前を記憶しているかと思います。彼は、上に立つ者が意識しなければならない振る舞いについて、曹洞宗の教典といってもいい代表著作「正法眼蔵」のなかで4つ挙げています。「愛語」「布施」「利行」「同事」。この4つをまとめて四摂法(ししょうぼう)といいます。組織をまとめる4つの方法、という意味です。振る舞いとはいうものの、結局のところは話し方の技術と考えてもらって差し支えありません。

つぎにご紹介する4つの技法は、鎌倉新仏教のひとつ、曹洞宗の創始者である道元が、代表著作「正法眼蔵」のなかで書いている四摂法(ししょうぼう)が出典です。「愛語」「布施」「利行」「同事」。この4つをまとめて四摂法といいます。組織をまとめる4つの方法という意味です。

このなかでも、道元がとくに繰り返しその重要性を述べているのが「愛語」です。「愛語よく廻天する力あることを学すべきなり」と総括しているほどです。愛語には窮地に追い込まれた人の視界を開かせるほどのパワーが秘められているという意味です。人格曼荼羅で人としての基盤が整ったら、つぎは部下や周囲の人たちを魅了するコミュニケーション技法の基本中の基本として、この4つを自分のモノにしてほしいと思います。

道元は、とくに愛語については繰り返しその重要性を述べています。正法眼蔵では、「愛語よく廻天する力あることを学すべきなり」と総括しているほどです。ちなみに「廻天」とは、世界が180度変わって事態が好転すること。愛語には窮地に追い込まれた人の視界を開かせるほどのパワーが秘められていると、道元は教えてくれているのです。ガッツ石松さん流に言えば、世界が360度変わるようなものでしょうか(笑)。

以下、順を追って解説していきます。

部下を魅了する声のかけ方(愛語)
 
この「愛語」は、人格曼荼羅でいう「挨拶」に相当します。もう少し広い意味で、声かけとするのがいいでしょう。道元は、組織を活性化するためには、上のほうから積極的に下のものに「愛語」、つまり声をかけていきましょうと言っているわけです。そもそも「挨拶」という言葉の意味は、自分のほうから胸襟を開いて相手に近づいていくことということ。かつての軍隊教育の時代には、下から率先して上位者のもとへ行って挨拶するのが礼儀だと習ったものですが、語源的に言うと、これはまちがいということになります。

それでは、実際に「愛語」とは、どのような声かけの仕方をいうのでしょうか。残念ながら、道元の残した「正法眼蔵」は難解すぎて理解するのが少々むずかしい。そこで江戸時代の名僧で、道元を師と仰ぐ良寛さんが、こんなすばらしい話は広く一般大衆にも広めるべきだと考え、師の言葉をやさしく噛みくだいて解説してくれています。

それによると、「愛語」は5つの要素で構成されています。「笑顔で」・「相手の名前を呼びながら」・「何かひとつ質問をしてあげて」・「相手の答えをそのまま受けとめて」・「褒めてあげましょう」というものです。

「笑顔で」というのは、他者から見て、「あの人、話しかけやすそうだな」と思わせるような表情です。人格曼荼羅のところでも述べたように、シニア男性には笑顔が苦手という人が多いのですが、その場合は、唇の両脇の筋肉を緩める。あいうえおの「い」を発音したときの口にする。小泉進次郎さんがよくやる表情ですよ、という話をしたと思います。とにかく柔和な表情を心がけたいものです。上に立つ者が眉間にしわを寄せて気難しそうにしていると、それだけで場が淀んだように感じられます。空気が重い。しまいには異臭まで放つようになります。一度、鏡に映る自身の顔を眺めてみてください。街でその人に出会ったら、あなたは声をかけてみたくなるでしょうか。それとも避けて通りたくなるでしょうか。

「相手の名前を呼ぶ」。人というのは基本的に他者の話を聴きたがらない動物です。カラオケボックスをイメージしてみてください。例えば上司であるあなたがマイクを握っていたとして、部下たちの反応はどうでしょうか。おそらく誰ひとり聞いてやしない。スマホをいじったり、ピザをほおばったり、タッチパネルで選曲したり……。人間というのは、耳栓をすることもなしに興味のない話をスルーできる高等動物なのだそうです。聴いているフリだけでもしてくれていたらまだ救われます。

かつて軍隊教育だった時代には、まったく関心のない上司の歌にも全身全霊で手拍子したりスイングしたりしたものでした。しかし、時代は変わったのです。部下たちには、あなたの話や歌を聞かなくていい権利があるのです。これを強制的に聞かせようとしたら、あなたはパワハラで負けることになるのです。そもそも人は、たまたま聞きたい気分の時に、自分が聞きたい内容だけを、聞きたい分量だけしか聞かないものです。

でも、他者の話を積極的に聞こうとするケースが2つあります。ひとつは、好きな人の話。もうひとつが、相手の口から自分の名前が発せられたとき。他者の口から自分の名前が発せられたのを感知することで、快楽ホルモンが分泌されることがわかっています。それほどの快楽なのです。だから部下に声をかける時は、必ず名前を添えるべきです。
ただ単に「あっ、おつかれ」ではなく、「あっ、山田さん、おつかれ」といった具合に。部下は上司であるあなたに認識してもらえているのだという自信や安堵感を覚えます。自分はここに居てもいいのだな。ここには自分の居場所があるのだな。そう実感することができるのです。そして、意識的に自分の名を呼んでくれる相手を好きになるという一石二鳥のオマケまで付いてきます。もちろん愛称でもOKですが、くれぐれも相手が嫌がっているニックネームは避けること。それだけでセクハラになってしまいますからね。

「何かひとつ質問する」とは、どのような意味があるのでしょうか。人は他者の話は聞きたくない一方で、自分の話を話したい、誰かに聞いてほしいという身勝手な本能を持っています。だから質問してあげるのです。質問は、相手に対して関心を持っていますよという意思表示です。自分に関心を持ってくれる上司に対しては、がんばって認められようになりたいという意識がおのずと芽生えてくるものです。

ひとつ気をつけて欲しいのは、愛語における質問というのは挨拶の延長線上にあるということです。管理職研修でやってみると、「あの議事録、いつごろできそう?」とか「例の件は順調かい?」とか、仕事の話を持ち出す人がいます。これはダメです。あくまでも挨拶です。声かけです。雑談でないと意味がありません。すると「何を質問していいか思いつかない」と返してくる人がいます。思考停止……。こういう人は、もうそれだけで上司失格です(笑)。こう言ってしまうと元も子もないので、質問はあらかじめいくつかのパターンを用意しておくことをお勧めします。どうしても思いつかなければ、「どう?」「問題ない?」「順調?」「サクサクしてる?」など、何だっていいのです。自分が相手の存在を認識し、気にかけているということが伝えられればOK牧場なのですから(笑)。

余談ですが、人は耳から「?」がインプットされると自動的にこころのデータベースを検索し始めることが解明されています。悩みや問題を抱えている相談者にカウンセラーがさまざまな角度から質問するのは、相手が自身の内側から答えや問題解決のヒントを手繰り寄せてくれるよう導いているわけです。コンサルタントの仕事も同様です。

言うなれば、質問とは、悩める人の胸の奥深くに潜む問題解決のヒントに気づかせる善なる覚醒剤。これは、古代ギリシャの偉大なる哲人・ソクラテスまでさかのぼる、古典的だけれども成功確率の高い対話技法です。つまり、結局は何事も、答えは悩める本人の中にしかないということなのです。

「相手の答えをそのまま受けとめる」は簡単です。あなたから質問された相手は何かしら言葉を発してくるでしょうから、それをしっかりと肯定的に受けとめてあげればいい。「へぇー、そうなんだ」「よかったね」「いいね!」といったポジティブな心で共感・受容してあげるのです。存在をまるごと認めてあげるのです。笑顔やあいづち、うなずくだけでもいい。同性であれば、軽く肩を叩いたり、握手したりもOKです。

「ほめる」ですが、これをあまり仰々しく考えないことです。何か相手の心をプッシュアップしてあげるような前向きな言葉を添えてあげるだけで構いません。「すごいね」「やるじゃん」「素晴らしい」「最高」「OK牧場」等々。
上から積極的に愛語を積み重ねていけば、職場も家庭も友人関係も、あらゆる人間関係が円滑に回りだすから不思議です。ときに、何かの事情でネガティブな状況下にある人に、あたかも暗雲からひと筋の光が射しこむかのように、勇気や希望をもたらすパワーをも秘めています。道元は、それをもって「廻天する力」と教えてくれています。是非とも今日から実践してみてほしいものです。

普段のあなたの考え方にもよりますが、変わることをためらう人は多いものです。それは現状を変えないのがいちばんラクだから。しかし、人の上に立つような人間であれば是非とも変わってほしいものです。意図的に変化することをエンジョイするくらいの器であってほしい。そう願い信じたい。はじめは周囲から変な目で見られるかもしれません。でも、人目を気にしている場合じゃありません。仕事を辞めても、夫婦をやめても、孤立したり孤独死したりしたくなければ、いまから愛語をクセにしておくことです。心からそう思います。

愛語は他者の気分を良くしますが、それよりも大きいのは、前向きな挨拶を発した本人、つまりあなた自身が最大の恩恵を受けるということです。例えれば、満員電車で年長者に席を譲ったときのようなハートウォーミングな気持ちになれるはずです。それは体内の免疫力を高め、健康な躰を維持する上でも大いに役立つはずです。

なお、この愛語。単なる挨拶の場面だけでなく、いろいろな応用が利くのが素晴らしい。グッドジョブを果たしてノッてる人に。ミスをして落ち込んでいる人に。体調を崩している人に。回復して現場復帰した人に。身内に不幸があった人に。サポートしてくれた人にお礼を告げるときに。さらに……。ランチの会計をする際にレジの人に。バスやタクシーの運転手さんに。買物をしたときの店員さんに。大きな荷物を抱えて大変そうな人に。もちろん、配偶者や子どもに対するあらゆる場面で。5つの要素の「笑顔」のところを状況に応じて変えればいいだけです。表情に加え、音調・語調も相手の置かれている状況に応じてアレンジすることは忘れないよう気をつけてください。

まぁ、ダマされたと思って1日。出会う人に、終日、意識的に愛語を使って声かけをしてみてください。相手が呼応してくれたら儲けもの。最悪、怪訝な顔をされたり無視されたりしたとしても、あなた自身の心身にプラスの効果をもたらすことはまちがいないので無駄ということはありません。もしも3日つづけることができたとしたら、あなたの周囲の景色が少しずつ変化していくのを体感できるはずです。

私事になりますが、全国の病院に愛語キャンペーンを展開中です。日本国内にはざっと8千5百の病院があるのですが、そのうちの1%(85施設)に愛語を導入してもらうのが私の目標なのです。2007年からスタートして、2015年7月末現在、68病院で実践済みです。

病院の仕事をお手伝いしていて思うのですが、やはり、職場に挨拶すら飛び交っていないような環境では、例えどのような経営手法を導入しても効果が出ないということです。それどころか逆効果ですらある。それは、職員が「ただでさえ忙しいのに、また新しいことをやって私たちの負担を増やすのか」と、被害妄想に陥ってしまうためです。新しい試みに携わるメンバーたちの感情がついてこないのです。

結局、プロジェクトの成否を決めるのはヒトの感情なのだと思います。これをないがしろにしたら、どんなに先駆的な試みも円滑には回らないのです。だから、業績が苦しいからといって、即、テクニカルな対策を講じればいいというものではないことがわかります。まずは明るい職場にしなければ、何をやったってうまくいかないのです。興味深い事実です。人としての基盤を整えることが肝要と書きましたが、企業も同様なのですね。法人の人となりを見直すことが先決です。その第一歩がやはり挨拶だと、心の底から思っています。

医療の世界というのはちょっと特殊です。日本の場合、トップは医者でなければならないのですが、医者というのはやはり個性的な人が多いものです。ときに、変わってる人も。いずれにせよ、組織の頂点に君臨する医者の人となりによって、院内のムードは大きく影響されます。受付の職員やすれちがう看護師、さらには清掃のおばさんや駐車場係のおじさん。こういった人たちの言動をちょっと見れば、トップの素行がある程度わかります。上が快活な職場であれば、そこに集う職員たちもおのずと快活になるものなのです。

ところが、真逆のケースもよくあるから困りものです。そういう病院にかかってしまうと、患者側にも負のスパイラルが伝播してしまうから大変です。
ですが、かなり気難しかったり、露骨な依怙贔屓をしたり、私利私欲を肥やすことしか興味がなかったり。そんなトップがいる病院であっても、演技でもいいからトップ以下に3日だけ愛語を実践してもらうと、確実に雰囲気が変わってくる。だから愛語はすごいのです。

だいたい、人望のないトップというのは、自分が職員たちから好感を持たれていないことを自覚しています。上に目にかけてもらえない職員たちも、どうせ自分など相手にされていないのだからと卑屈になっているものです。こうした双方のネガティブな感情を解消してくれるのが愛語なのです。それくらい、「笑顔で名前を呼ばれ、何かを訊いてもらって、受けとめてもらって褒められる」ことは誰にとってもうれしいことなのです。

さて、あなたの職場では、朝夕の声かけ、上司・同僚・部下への日常的な声かけが自然に飛び交っているでしょうか? もしも、どこか職場の空気が停滞しているような印象があったとすれば、9割以上の確率で、リーダーであるあなたの人となり、つまり、人格に起因していると考えてまちがいありません。リーダーたるもの、ヒト・モノ・カネ・時間・情報をマネッジすることに加えて、「場」にも配慮することが不可欠だと思います。

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