【デキる上司の十訓十戒005】導き方 ~暗黙知を伝える「同事」~

「同事」とは、組織やチームをまとめることです。「星の王子さま」の作者であるサン・テグチュペリの言葉に、「愛とは互いの目を見つめることではなく、同じ星を見ることだ」というのがあります。上司というのは、会社や組織が目指す方向性を部下たちに常に意識させなければなりません。そこから逸脱したり逆行したりすることがないよう、やはり、折にふれ言葉にして伝える必要があるでしょう。決して説教にならぬよう配慮しながら。

「同事」とは、まさしく先述の暗黙知を言葉にして伝えるということです。上司であるあなたの信念や哲学、仕事観や事業観、人材観や行動指針などを、自身の言葉で端的にわかりやすく伝える。これを繰り返すことで部下の心にあなたが大切に考えていることが刻まれ、部下が仕事の各局面で選択を迫られた際に、行動の判断基準となってくれるのです。それによって、さまざまなリスクを回避したり低減したりできるようになるわけです。

「同事」も、やはり、主語をIにして伝えるのが望ましいとされています。例えば、「私はね、山田さん。約束の時間の30分前には、約束の場所に分で到着できる場所で待機するよう、かれこれ20年も続けているんですよ」といった具合です。

これまでキャリアを積み上げてきた過程で、仕事をする上であなたがもっとも大切にしてきたことは何でしょうか。きっとひとつやふたつはあるはずです。仮にもしもそれがないと、上司としてはちょっと薄っぺらくなってしまいますよね。ちょっと考えてみれば、最低でも3つくらいは出てくるはずです。これまでの仕事人生を回顧しながら、是非この機会に自分なりの「観」を見極めて、言葉化してみていただきたいと思います。これがあってこその、部下からの「信」であるはずです。

そしてもうひとつ。「観」とともに不可欠なのが、「星」を指し示すこと。つまり、部下に対して、キミにはこんなふうな人材に育ってほしいんだよと、キャリア上の目標をの明確にしめしてあげるということです。たとえば、大きな石をただ運べと言われてもそれは苦痛でしかありません。しかし、そこに立派な聖堂が建つとわかったとき、石を持つ手に力が入るのです。そして、仲間とその思いを共有し、仲間とともに前進し、ともにゴールを切るのだという明確なる認識を共有できたとき、人は石を運ぶことが楽しくなりさえするのです。

【犯人捜しから夢探しへのシフトチェンジ】

私自身、この逸話に近い経験があります。かつて勤務していた外資系コンピューター会社で、世界最大のハンバーガーチェーンを担当していた頃の話です。米国本社が開発したPOSレジを、日本の店舗にも売るように本国からの指示が出ました。しかし、そもそも筐体がデカすぎて、土地の狭い日本の小型店舗には物理的に適さないことは明らかでした。案の定、2年かけてもただの1台も受注できません。すべて国産メーカーにやられてしまっていました。

そんなときに、POSの営業チームの責任者としてニューヨークから特命部長がやってきたのです。彼は営業マンたちの市場分析や販売戦略のプレゼンテーションを遮ってこう言いました。「過去の話はもういい。未来に目を向けよう。1年後、どうなっていたいか考えるんだ」。そして、営業マンひとりひとりにプライベートの夢を語らせました。そのためには、どれくらい稼いで、どんな家に住み、どんな暮らしをしたいのか。あれやこれやいろいろな質問を部下にぶつけては、各自の夢を具体化させ、絵に描かせたのです。そしてこう言います。「どれもこれも、みな素晴らしい夢だ。絶対に実現すべきだ」と。

続いて彼は、連れてきていた市場調査部門のスタッフに、日本の外食企業トップ10社の店舗数とレジ台数について話をさせました。そして営業マンに訊きました。「さて、君らの夢を実現するために、まずは何台、売ろうかね?」。営業マンたちは、ふだん直属の上司から「なぜ売れないんだ! ヤル気はあるのか? 一体どんなアプローチをしているんだ! 今期中に確実に売れる台数をコミットせよ!」とさんざん叱責されてきたものですから、特命部長の話の展開に新鮮味を覚えたのかもしれません。電卓を弾きながら、20名の営業マンで合計1,000台を売ろうじゃないかと、自分たちでゴールを設定していったのです。

義務感にかられた後ろ向きなミーティングではなく、バラ色の未来を描く前向きなミーティング。これを通して、20名の営業マンたちは自分たちの夢をともに実現するための同志となりました。そしてその数か月後から、じわりじわりとシェアを伸ばしていきました。それに応じて、日本の狭い店内に合わせた、小さくておしゃれなPOSレジが国内で生産されるようにもなりました……。こんな話です。

本人たちがゴールセッティングできるように導き、それを果たした時のバラ色の未来をイメージさせてやる手法は、売れない原因をひたすら考えさせて犯人捜しをするような従来的な営業会議と比べ、はるかに楽しいものでした。夢と希望と志に満ち満ちた若い人たちには、かなり有効な方法だと思います。そこにはやらされ感がないからです。原因から思考するのか、結果から思考するのか。ほんのちょっとの違いです。しかし、その効果には雲泥の差が出るから不思議です。部下のヤル気をいかに喚起し持続させるか。これが組織をまとめ、組織全体のパフォーマンスをアップさせる要諦です。

【エジプトのレンガ職人】

エジプトのレンガ職人の話をしましょう。汗まみれになりながら、ひたすら重たいレンガを運ぶ職人たちに旅人がたずねてみます。「あなたがたは、いったい何をしているのか」と。三人三様の答えが返ってきます。
ひとりの職人が答えました。「見りゃわかるでしょ。レンガを運んでいるんですよ」。
別の職人が答えました。「働いてるんですよ。食べていくためにね」。また
また別の職人が、手にしていたレンガの山を地べたにおいて、流れる汗と泥をぬぐいながら答えました。「実はここに、大きな大きな聖堂ができるんですよ。かつて誰も見たことのないような壮大な聖堂がね。この国のランドマークになりますよ。そのために私たちは、来る日も来る日もレンガをひたすら運んでいるのです。ここで暮らす人たちの癒しと誇りの象徴となるであろう聖堂を建てるためにね。そりゃあ私は、今はしがないレンガ職人です。でも近い将来、設計技師になるつもりです。そのために夜は勉強に通っています。そして、いつか私自身が設計したものをね、形を残したいのです。そう思っています。そんな夢を、わたしは今、こうして運んでるんだと思います」。

実際問題、単に仕事がキツいとか、賃金が見合わないとかいうだけで人は辞めないものです。目的がわからなかったり、目的実現に向けての仲間との連帯感を感じられなかったり。そういうときに、人のこころは折れるものではないでしょうか。だとすれば、上司がすべきことはおのずと見えてくるはずです。

【導き方サンプル】

「私たちの仕事はさ、単にこの商品を売ることが目的じゃないんだよね。これを購入して使ってくれるお客様たちに家事に充てる時間を短縮してもらって、捻出した時間を余暇に回してくれたらいいなぁ~って思ってる。暮らしのなかで、そんなゆとりや潤いを与えて差しあげる……。そんな思いでこの仕事を続けてきたんだよね」

「自分がされてイヤなことは絶対にしない。自分がされて嬉しいことは積極的にしてあげる。目の前のお客様を自分の大切な身内や親友だと思って接する。私はね、これがお客様第一ということだと思うんだ」

「社内も対外も、とにかく笑顔と挨拶。これがない職場というのは何をやってもいい結果は生まれない。これだけはキミたちにも心の底から理解してほしいと願っているんだ」

「一年後、他部署の連中が自分もあのチームに行きたいと望むような課でありたいと思っている。それを実現するためのアイデアをどんどん出してほしいんだよね」

「キミはうちの課のリーダー候補だと思っている。だから、これからは自分の仕事に加えて、周囲のメンバーの状況を把握して、積極的にアドバイスしてやってもらいたいんだ。チーム全体の底上げを、キミに牽引してほしい。それが私の願いなんだ」

「池永さんもだいぶこの仕事に慣れてきたみたいで嬉しいよね。これからは、依頼された仕事をキチンとこなすことに加えて、何かひとつプラスαを意識してみようよ。そうしたら、ますます頼もしくなると思うんだ」
          
【桃太郎外伝】

 ここまで、部下や周囲の人たちを魅了する10の技術の前半5項目をお話してきました。振る舞い方、声のかけ方、称え方、諭し方、導き方。禅の教えである人格曼荼羅と四摂法。これらを総括する意味で、その本質が盛り込まれた話をご紹介したいと思います。これは管理職研修のグループワークでよく用いている題材です。
桃太郎。彼は物心ついた時から、祖父母に、鬼が島の鬼たちの非道によって村人や村の動物たちがいかにひどい目に遭わされてきたかを聞かされて育ちました。元服した彼は、祖父母に鬼退治に出かける決意を伝えます。逞しくなった彼に祖父母は目を細め、きびだんごを持たせて送り出します。道すがら出会ったイヌ・サル・キジをチームに従えて、ついぞ鬼が島に辿りついた彼は、鬼退治という大きなミッションを達成し村に凱旋しました。この物語には、桃太郎のリーダーシップが随所に散りばめられています。常に目標を明確に示し、部下たちのヤル気を喚起し、時に叱咤激励し、チームとして結束させていく。中でも、個性派ぞろいの部下たちを巧みにコントロールしながらチームを機能させていくプロセスは大いに参考になります。私自身、管理職研修ではよく用いる題材です。

犬猿の仲といわれるイヌとサル。空というまったく異質な文化のなかで生きてきたキジ。桃太郎も含め、4人の物の見方や価値観が大きく異なることは言うまでもありません。おまけに、それぞれがスキルも高く、プライドも高い。当然、ライバル心も半端ではない。
桃太郎は、道中、なぜ鬼が島に鬼たちを退治しに行かねばならないのか、鬼たちがいかに村人たちのみならず、あらゆる生き物たちの幸せな暮らしを損なってきたのかについて繰り返し話して聞かせます。大義あるプロジェクトの背景と目標を明確に示したわけです。

どうにかこうにか長旅を乗り切り、いよいよ明日は鬼が島に突入するという前日のこと。桃太郎は決戦直前ミーティングを開くことにしました。ここに辿りつくまでの20日間。イヌ・サル・キジは、些細なことで口論や喧嘩を繰り返してきました。桃太郎が注意してそのやり取りを聴いてみると、とどのつまりは、異口同音に「いちばん強いのは自分だ、褒美のキビダンゴをいちばん多く貰えるのは自分に決まっている」と誇示しているのでした。

桃太郎はこう話します。「鬼が島には荒くれの大きな赤鬼青鬼が20数匹いる。たしかにスピードという点ではわれらが勝るが、何かのはずみでひとたび捕まってしまえば、あの大きな手足でひと握りにされ、ひと踏みにされ潰されてしまうだろう。今回の鬼退治の目的は、イヌ・サル・キジのうち誰がいちばん強いかを決めることではない。われわれの暮らしをめちゃめちゃにしようとしている悪しき鬼どもを早々に退治すること。私には村の人たちの、君たちには君たちの仲間すべての期待と願いが託されている。勝利の報を持ち帰るために、必ずや鬼どもを成敗しなければならない。そのためにも、明日はいまから話す作戦通りに動いてもらいたい。まずは私が鬼を一匹ずつおびき出す。私が剣を抜き天高くかざすのを合図に、イヌは足に噛みつき、サルは胸板を掻きむしり、キジは空から急降下して目を射抜くのだ」。

果たして、翌朝、一気呵成に攻め込んだ桃太郎軍は、作戦通りチームプレイで鬼たちを次々と倒していきました。力では勝る鬼たちが、イヌ・サル・キジの得意技を一点集中の総攻撃に遭ってひとたまりもなく次々と倒れていったのです。誰がいちばん多くの鬼を倒すかで競いあっていたイヌ・サル・キジは、桃太郎が具体的かつ体系的に授けた作戦に則って効果的・効率的に鬼たちを撃破することができました。この大勝利の鍵は、桃太郎が戦場でイヌ・サル・キジそれぞれが具体的にどのように動くべきかを示し、理解させた点にあります。これこそが上司に求められる伝える力です。
 
ところで、この話にはもうひとつ、チームとしての目標を実現するために不可欠な、重要なポイントが記されています。作戦や意図をキッチリと伝える、桃太郎の伝える力については先述しましたが、これは言い方を変えれば、相手に論理的に納得してもらうということです。しかし、人間という生き物は、ロジカルに理解しただけではなかなか行動に移せないもの。そこには感情的にも納得するという要素が求められるのです。わかりやすく言うと、上に立つ者は、部下をして『ソノ気にさせる』ような伝え方をしなければならないということです。

一旦は桃太郎の作戦を理解したイヌ・サル・キジでしたが、桃太郎が夜中に目を覚ますと、何やら岩場の向こう側から言い争う声が聞こえてきます。耳を澄ませば、例によって部下たちが、誰がいちばん強いか、誰がいちばん手柄を上げるかで、罵り合いをしているではありませんか。そこで桃太郎は、再び3人に対してこう切り出します。

やあ。明日の戦いを前に、気持ちが高ぶって眠れないようだね。実は私もなんだ。いろいろなことを考えてしまってね。ちょっと話してもいいかな。イヌよ。君は鬼が島制圧に真っ先に賛同してくれた忠誠心の高いパートナーだ。しかも君の噛みつきは最強。例えあのバカデカイ鬼と一騎打ちになろうとも決して負けることはないだろう。サルよ。君の賢さは人間も顔負けだ。そしてその尖った爪での引っ掻き攻撃は例え鬼どもの分厚い胸板だってひとたまりもないはずだ。キジよ。空高くから全体の状況を見極め、ここぞと見たら、閃光のごとくその鋭利な嘴で相手の目玉を射抜く早業は鬼どもにとっての脅威となるだろう。つまり、私には最強のパートナーが揃っていてくれる。こんなに心強いことはないよね。

正直言えば、村を出発した時、私は本当のところ不安で不安でならなかったんだ。おじいさん、おばあさんに覚悟を伝え、勢い勇んで出発はしたものの、夜を迎えると怖くて怖くて震える思いだった。でも、君たちと出会い、君たちが私に賛同してくれたことで、今はどんなに心強いことか。頼もしい味方を得て、私がいかに勇気と自信に満ち満ちたことか。君たちが集ってくれたことに心から感謝している。ありがとう。 

長い旅の途中、確かにいろいろなことがあった。でも私たちは、いかなるトラブルもひとつひとつ乗り越えてきた。その過程で、私の心の中に変化が生じてきたんだ。それはね。君たちと多くの時間を共有するうちに、いつしか君たちのことを、単なる鬼退治の同志としてだけではなく、鬼退治のあともずっとつきあっていきたい、そんなかけがえのない生涯の友として見るように変わっていったんだよね。

だから……。(長い沈黙)だから、明日の戦いに、何より私が願うのは、かけがえのない大切な友の誰一人とて、たとえわずかな傷をも負ってほしくないということだ。みんな元気に、揃ってそれぞれの生活場所に戻っていってほしい。ひとりひとりがヒーローとして、君たちの仲間が暮らす場所に凱旋してほしいのだ。美味しくてあつあつのキビダンゴをたくさんお土産に持ってね。だからどうか、そのためにも、今回は私の指示通りに動いてもらいたいのだ」。

桃太郎がここまで話した時、イヌ・サル・キジの3人は、全身の血が湧き立つような感覚に身震いしました。そして、リーダーである桃太郎とともに、必ずや鬼たちを征伐してみせようと心に誓ったのです。わかってくれたのだなと感じた桃太郎が続けます。

「わかってくれたんだね。これまでありがとう。そして、明日からもよろしく頼むよ。さあ。明日は夜明けとともに果敢に鬼が島に攻め入り、鬼どもを一網打尽にして故郷へ凱旋しようではないか。わが桃太郎軍は最強なり~っ!」。そして、桃太郎を中心にエイ・エイ・オーと勝鬨を上げるイヌ・サル・キジ。

桃太郎の話を聴いてその胸の内を知ったイヌ・サル・キジは、それまでの俺が俺がという姿勢を改め、「本音的にはまぁ言いたいことはいろいろあるけれど、それはちょっと横に置いておいて、ここはひとつ一致団結して鬼退治という共通の目標を効果的かつ効率的に達成しようか」となったわけです。桃太郎が、それぞれ我こそがいちばんと張り合っているイヌ・サル・キジたちの自尊心をくすぐりつつ、自分の弱い一面をも自己開示しながら、チームとしての絆を作り上げ、士気を高めていくようにメッセージを送っているのがおわかりいただけたでしょうか?

これによって、部下たちの心に、論理的納得に加え、情緒的納得が根づいたということです。日常的に部下に指示をしたり、部下を指導したりすることがあるかと思います。この桃太郎の話法や話術は、きっとその時の参考になるでしょう。理屈だけではなく、感情面でも部下をソノ気にさせる。いくら理屈として正しいことを伝えたとしても、実際に行動を起こさせるためには、どうしてもソノ気にさせること、つまり情緒的納得が不可欠なのです。上に立つ者の意識の根底に求められるもの。それは、部下を成長させ、ともにゴールを切ろうじゃないかというマインドです。このマインドがあればこそ「ソノ気にさせる情緒的納得」が成立し、さらにその上に「キッチリと伝わる論理的納得」が重なることで、相手をこちらの意図する方向に持っていくことができるのだということを理解していただきたいものです。

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