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後期高齢の親を持つみなさんへ

例年寒い季節になると、介護にまつわる哀しい事件が目につくようになります。配偶者がいる場合、最大4人の老親リスクを抱えていることになります。今回は、75歳以上の老親をお持ちの現役世代のみなさんに、まさかが起きる前にどうしても知っておいてほしいことを書いてみます。

最悪の老親介護シナリオとは

親子間のもっとも悲惨な事件の典型は、「とりあえず在宅で家族介護」⇒「介護休業」⇒「介護離職」⇒「介護離婚」⇒「介護殺人・介護心中」…です。

こうなってしまう一因は、現在すべての企業に義務づけられている介護休業制度です。人材の替えに困らない大企業も、助成金がもらえる中小企業も、「遠慮しないで93日間、休んでいいんですよ」モードの人事・労務担当者が増えてきています。

従業員の中にも、「親のことで頻繁に職場を離れるのも気が引けるから、通常賃金の67%をもらえるのであれば、とりあえず介護休業を取得してみるか」と考えてしまう人も出てきます。

でも、何の問題解決にも至らぬままに3ヶ月がアッという間に過ぎて、介護離職に追い込まれてしまう。それなりの年齢だけに転職もままならず、仮に転職できたとしても収入源は必至です。カネの切れ目は縁の切れ目で、必然的に家族は崩れはじめます。

どうにか耐え忍んで老親介護が終焉したとしても、今度は自分自身の孤独死・孤立死の影がちらついてきて…。

介護休業制度の決定的な欠陥とは

「介護休業=介護するための休み」という誤解をしている人が実に多いです。介護離職ゼロを目標に掲げる厚労省(雇用環境・均等局職業生活両立課)では明確に、「介護休業の93日間は決して親の介護をするためのものではなく、今後に向けて介護の体制や環境を整えるための期間」と言っています。正確には、こちらから問い合わせれば、そう回答してきます。
しかしながら、実際には言行一致となっていません。介護休業制度には大きな矛盾がふたつあります。

まずは、従業員が介護休業を取得するための基準として、「対象となる親が、常時、介護が必要な状態であること」もしくは「要介護2以上」とある点です。そもそも、「介護の体制や環境を整える」という表現が極めてわかりづらいのですが、複数の厚労省職員にヒヤリングした結果を汲み取ると、要は、「親を然るべき病院や施設に入れると同時に、必要な引き継ぎを済ませる」ための93日間だということです。

ですが、そうなのであれば、「要介護2」になってしまったら、多くの場合、手遅れです。現実問題として、認知症と診断された人の70%は「要介護1以下」です。状態が軽いうちにこそ、入院や施設介護、さらにはおカネまわりの引継ぎも含めたエンディングまでの段取りをしておく必要があります。

もうひとつの矛盾が、介護休業制度関連事業の受託先が、在宅介護サービスを提供するだけの企業であって、施設介護をカバーしていない点です。厚労省は、なぜか毎年毎年おんなじ企業に委託しているのですが、93日間で療養先を確保させようとするのであれば、少なくとも介護施設を運営している企業をパートナーにすべきです。介護というのは延々と続くものであって、介護休業期間中に親を施設に入れないかぎり、職場復帰は叶わないのですからね。

ちなみに、令和4年度の実績ベースで、介護休業を取得した人の3人にひとりが介護離職に追い込まれています。第二次安倍政権が介護離職ゼロ構想をぶちあげてから8年。出口が見えないどころか、事態は悪化しています。厚労省には、もうそろそろ本当のことを言ってほしいところです。「仕事や家庭に支障が出ても構わないというのでないかぎり、仕事と介護の両立などできません」と。

介護離職する人たちの本当の理由とは

私は過去3年で34人、介護休業を取得した現役世代の人たちから相談を受けています。彼らと話をしていくうちに、93日間の介護休業期間中に介護離職をせざるを得なくなったボトルネックがよくわかりました。

34人すべてがふたつの壁にぶち当たり、八方塞がりに陥ってSOSを発してきました。まず、暴言・暴力、徘徊、モノ盗られ妄想、不潔行為等々の認知症の周辺症状が激しい場合の入院先の確保。つぎに、予算内で賄える介護施設の確保。これがどうしても、93日間ではクリアできなかったというわけです。

あと、もうひとつ付け加えるとすれば、同時並行で進めないと後々大変なことになる親名義財産の日常的な管理と承継の問題です。親が認知症になって判断能力がなくなってしまったら、親のおカネには手が付けられなくなります。そんなことにでもなったら、親の生存中ずっと、子どもが親に係る諸々のコストを持ち出して立替え続けなければならなくなります。あり得ないことです。下手をすれば10年以上もの長きに渡り…です。このあたりのことをしっかり段取りしておかないと、介護にまつわる悲惨な事件や、いわゆる争族のリスクが爆上がりしますので要注意です。

要は、医療や介護といった身上監護の話と、財産まわりの話は同時並行で進める必要があるわけです。それを93日間あればクリアできるだろうというのが介護休業制度の肝なのですが、ひとりっ子ならノープロなのですが、兄弟姉妹がいると、そうそう簡単には問屋が卸しません。制度設計が安直で杜撰なんですよね~。

なお、介護休業を介護するための93日間だと誤解していた人の場合、意思疎通の取れない親と、空けても暮れても時間と空間を共有し続けなければならないことのストレスに圧し潰されて、そこから施設さがしに舵を取るもおカネが足らず、漫然と在宅介護・家族介護を続けざるを得なかくなる…という構図です。

素人にはハードルの高い精神病棟の壁とは

厚労省では「認知症患者とその家族が、住み慣れた地域で安心して暮らせる社会」を目指し、情報拠点となる「認知症疾患医療センター(精神科を擁する病医院)」を全国各地に設置しています。親を入院させようと思ったら、親の住民票がある地域の同センターにコンタクトすることがはじめの一歩です。同センターでは、もの忘れ相談から、認知症の診断、治療、介護保険申請の相談まで、認知症に関する支援を包括的に提供してくれることになっています。一応、入院先も紹介してもらえることになってはいますが、精神科はどこも満床が当たり前なので、かなりむずかしい折衝になるはずです。

また、土日祝日や夜間の救急対応のために、各都道府県では『精神科救急情報センター』を設置しています。電話をすると、その日の当番病院が救急診療に当たってくれることになっています。当番病院には精神保健指定医という、国が認定する専門医が待機しているのですが、スタッフの整い方は病院によって差があることも事実です。

精神救急の最大の問題点は、病床数が足らないことです。東京都の場合で16床しかありません。電話がようやくつながったと思ったら空きがないと言われ、命の危険にさらされている等の緊急性を訴えたとしても、候補病院をさがすには「(素人には馴染みのない)診療情報提供書をファクスしてくれ」と言われる。手元に用意できていなければ動いてはもらえません。結局は、自分で精神病院を探し出して一件一件電話するしか方法がない。はっきり言ってしまえば、ひたすら電話しまくるか、警察を呼ぶか…。これが現状です。

おカネがないから施設に入れられない?

ほとんどの相談者が提示してくる予算は親の年金受給額の範囲内になります。厚生年金なら月額15万円。国民年金なら月額6万円。「どんなに頑張っても月額10万円」という人が過半数です。はっきり言ってしまえば、民間の有料老人ホームやサービス付き高齢者向け住宅は月額20万円では賄えません。思いっきりローカルであれば、若干の伝はありますが。となると、特養や老健といった公的介護施設になるわけですが、多くの場合、かなりの待期期間があるため、空きが出るまで在宅介護・家族介護に耐えられるかどうかという話になります。

ただし、方法はあります。親を扶養から外して生活保護を受けることで、月額12万円~14万円の予算が確保できます。その上、特養の場合、社会的経済的弱者の優先順位が上がるため、1ヶ月で入所できるケースもあります。また、エリアにこだわりさえしなければ、折衝の仕方次第ですんなりと入所できる場合もあるので、希望を捨てないことです。
「おカネがないから施設には入れられない。自分でヤルしかない」は禁句です。

老親介護から脱出するためにSOSを贈るべき相手とは

病院や施設の世界には独特の慣習というか、お作法というのがあって、経験したことがないと戸惑う場面が多々あると思います。老親の身の回りのことをこなしながら、慣れない作業に向き合っていると、ますます心身が疲弊してしまうことは目に見えています。そんな時は、代わりに動いてくれる人を見つけたいものです。それに相応しい専門職を3つお教えしておきましょう。

まずは、親御さんのかかりつけ医です。彼らには、患者の入院先を紹介するミッションがあります。つぎに、包括支援センターです。彼らには、地域の人たちの介護にまつわる相談に応じるミッションがあります。さいごに、社会福祉士という国家資格者です。地域で事務所を構えている社会福祉士が最適です。見当たらなければ、社会福祉協議会や自治体に多数在籍していますので、何とか見つけ出してください。

ただし、どんな専門職にも言えることですが、痒い所に手が届くのは2割程度です。なので、5人くらいに同じ話を繰り返さなければならない可能性があることは承知しておいてください。

もしも近い未来、老親介護の問題に見舞われたとしても、在宅でみずから介護に携わろうとしてはいけません。仕事にも家庭にも歪みが生じてしまうことは明らかです。少しでも早く医療機関や介護施設に入れることを考えるべきです。結局はそれが、老親にとっても現役世代のみなさんにとっても、安心で安全で快適な日々をもたらしてくれるのです。まちがっても、「おカネがないから」と決めつけないでください。

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