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必ず来るその日のために ~親を施設に入れることの是非~

月平均3件。現役世代のみなさんからの老親の施設さがしに係る相談件数です。相談者には、共通する3つの顕著な特徴があります。それを紹介しながら、自分を産んで育ててくれた親を介護施設に入所させることの是非について考えてみます。

モノ盗られ妄想にお決まりの怒涛の「大変だ」コール

東京下町の公立図書館で司書として働く磯ゆかりさん(55歳)から母親の介護施設さがしの相談を受けたのは、5月下旬の日曜日でした。母・真知子さんは83歳で要介護3。アルツハイマー型認知症で、周辺行動としてモノ盗られ妄想が顕著です。

父親の三周忌を終えたゴールデンウイークの頃からその傾向に拍車がかかり、週2日から3日の割合で、ゆかりさんの携帯電話と家の固定電話に、ひっきりなしに真知子さんから電話がかかってきて、着信履歴と伝言メッセージが溜まりまくりの状態です。メッセージの中身は、モノ盗られ妄想の定番「大変だ!泥棒に入られた!」です。

はじめのうちは電話に出て応対していたゆかりさんですが、かかりつけ医のアドバイスもあり、母親からの電話にリアルタイムで出ることを控え、しばらくしてから折り返すことにしています。何ということはありません。数時間後に母親に電話すれば100%、「あら、どうしたの?」となるからです。

犯人呼ばわれされ続けて決意した施設さがし

ひとり娘のゆかりさんは、母親を案じて東京都下の実家に寝泊まりするようになりました。そこから、母親のモノ盗られ妄想は次なるステージに突入します。実家の2階で就寝するゆかりさんは、きまって深夜に母親に起こされます。用件はいつもと同じで、「ゆかり…。もうおしまいだわ。泥棒に全部もってかれちゃった…。今すぐ警察に電話して頂戴」。

仕事に家庭に多忙なゆかりさんです。ご主人の理解を得て、仕事を終えた金曜の晩から月曜の朝まで、母親のそばで過ごすやさしい娘さんです。ですが、認知症特有の不穏行動が夜ごと繰り返されれば、専門誌に書かれているような、母親の言葉を否定せず傾聴してあげて「もう一度、一緒に探してみようよ」…などと対応するなど、できるわけがありません。そんなことは、赤の他人の介護職だからできるのです。血縁であれば感情が先に立って、ブチ切れ、そして良心の呵責に苛まれるのは時間の問題です。

なかなか警察に通報しようとしないゆかりさんを、母・真知子さんの、これまたモノ盗られ妄想定番の必殺フルコースが襲ってきます。

「財布も通帳も実印も家の権利書もぜぇんぶヤラレちゃったんだよ。わかってんの!?」・「ゆかり。明日の朝、電話する?どうしてあなた、そんなに落ち着いていられるの?」・「ゆかり。あなた、何か知ってるんじゃないの?」・「ええっ!まさか、あなたなの。ゆかりが盗ったの?」・「へぇ~っ。驚いたわねぇ。ゆかりがそんなことするとはねぇ。いいわ。啓介おじちゃん(母親の弟)からよぉく言ってもらわなきゃね。いゃ~っ、恐ろしいわねぇ。実の娘が親のおカネを盗むとはねぇ~。あ~、驚いた驚いた」

…といった具合です。

相談者に共通する、親を施設に入れることの葛藤

経緯を説明しながら涙が溢れ、声を詰まらせて嗚咽するゆかりさんが落ち着くのを待ちながら、私はいつもと同じことを考えていました。

「また同じパターンだな。親思いのこころやさしい娘さん。本で知識を得て何とか自分でやってみようとする頑張り屋。限界だから相談に来たにもかかわらず、自分の至らなさを口にする自虐型。本当にお気の毒。今日でその呪縛を説いてあげなきゃな」

相談者が当事者の娘さんの場合、9割が同じ展開です。経緯と事情の説明を聴くのに、だいたい1時間を要します。相談の目的は「条件に合致する介護施設の特定」であることは重々承知していますが、娘さんが心いくまで泣かせてあげて、その上で、これまでの頑張りを称えてあげて、親子双方にとって施設が最適解であることを納得してもらう…。この順番を踏まないと、母親を施設に入れたことが娘さんの今後の人生に影を落としてしまうのです。

ゆかりさんの話は、ようやく結論に差し掛かります。すなわち、「もう施設に入れるしかないのだけれど、予算内で賄える施設が見つからない」と。

自分を責める相談者の背中を押してあげる流れ

「おつらい話をしてくださってありがとうございました。おかげで状況はよくわかりました。お母さま想いの良いお嬢さんなのですね。でも、仕事も家庭もお忙しいなか、もう十分に頑張られたのではないでしょうか。ゆかりさんとして、できる以上のことをされてきたと、私は思いますよ。これ以上ご自分をイジメてしまうと、最終的にお母さまに対するネガティブな記憶と感情だけが残ってしまいかねません。施設に入ってもらうことでより安全になるし、確実にゆかりさんの負担も減りますからね。その分、たまにお見舞いに行かれた時に、お母さまにやさしく接してあげてください。それがお母さまにとっても、ゆかりさんにとっても絶対に良いことですよ。まちがいありません」

「そうでしょうか…。私たち夫婦にもっと甲斐性があれば、ずっと一緒に居てあげられるのにって…。どうしても自分を責めてしまって…」

「失礼ですが、ゆかりさん、お子さんはいらっしゃいますか?」

社会人3年目の長女と大学生の長男がいることがわかったので、私は先を続けます。

「もしもの話ですが、仮にゆかりさんが今のお母さまの年齢になられたとき、もしも介護が必要になったとしたら、娘さんか息子さんに一緒に暮らして介護をしてほしいですか?」

当然、彼女の答えはノーです。それも、間髪入れずに、です。

「ですよね。私だって、わが子に介護してもらうなんて絶対にイヤです。親の介護のことで、子どもたちが仕事や家庭に支障をきたすようなことは望むはずありません」

このあたりに差しかかると、涙ぐんだり俯き加減だったりした相談者が顔をあげる確率が一気に高まります。気づくのですね。親の側の気持ちに。

「そうです。そのとおりです。お母さまだって同じだったはずですよね。まだ元気だった頃、運悪く認知症になってしまう前のお母さまにしても、まちがってもゆかりさんの生活を犠牲にしてまで介護してほしいなんて、望んでいたわけ……絶対にありませんよね」

ここまでいくと話は一気に加速します。一日も早く条件に見合う施設を決めようとモードチェンジすることになります。

呪縛が解けたら候補の特定へ、おすすめは絶対に老健

ゆかりさんの場合、想定する介護施設の条件は、「東京23区内、個室、月額15万円以内」でした。単刀直入に無理であることを伝えてから、以下のことを言い添えます。
●ゆかりさんの自宅や勤務先に近い施設だと、「様子を見に行かなきゃ」というノルマ感がストレスになったり、施設からちょくちょく呼び出されたりする可能性がある。
●認知症の場合、個室よりも多床室のほうが、万一の時の発見が早い。
●月額15万円以内なら、超ローカルもしくは特養・老健。地方なら頻繁に見舞いに行けないことの後ろめたさが軽くなるし、特養・老健なら(お母さまの自己負担区分が第二段階であるため)月額10万円でおつりがくる。

加えて、現代は100歳まで生きる人もザラで、その間にゆかりさんご夫妻も高齢者に仲間入りすることを考えると、無理をして月額30万円はくだらない都市圏の有料老人ホームやサービス付き高齢者向け住宅に入所させることが妥当なのかどうか…という話をします。これまでお手伝いしてきた多くのケースと同様、ゆかりさんも「特養もしくは老健」の一択しかないと決心されました。

ここで必ず出てくるのが、「特養は順番待ちで何年も待たされる」・「老健は自宅に戻るための中間施設だから3ヶ月で退去しなければならない」という戯言です。自己負担がもっとも安価な特養にしたいのなら、希望する特養に申し込むのではなく、空室ありの特養に申し込むのです。医療看護体制がある老健にしたいのなら、経営方針が「看取りにも対応」の老健に申し込む。それだけの話です。

「老健は3ヶ月しか居られない」の誤解

ゆかりさんには私どもの考える認知症患者の標準ルートである、『もの忘れ外来⇒精神病棟入院⇒老健入所』をおすすめして同意を得ました。もの忘れ外来も、入院希望である旨を事前に伝えて初診のアポを取るようにします。クリニックとか診療所とかではなく、入院設備のある病院の精神科のもの忘れ外来を受診します。入院後は一日でも長く入院を継続できるよう病院側と折衝し、目標一年、短くても半年は診てもらえるように動きます。退院の際には、病院からの紹介で老健に入所する流れを作ります。

それぞれの具体的な進め方についてゆかりさんにガイダンスしたところ、さすがは図書館司書さんですね。ご自身でトライしてみるということでしたので、私どもはバーチャルでサポートさせていただくことになりました。

さて、「老健は3ヶ月」説ですが…。
私どもの最新の調査結果を最後に紹介しておきます。
東京都の場合、全204の老健のうち、看取りまで対応しているのは164施設。神奈川県では、全161の老健のうち、128施設が見取りに対応してくれます。いずれも8割ですね。

厚生労働省の老健局も、「在宅復帰支援と看取りが老健の2大ミッション」と明解に口外しています。もちろん、老健の経営者にはベッドの回転率を高めて介護報酬をたくさん得ようという戦略の人もいるでしょう。でも現実には、8割の老健が看取りまで対応してくれています。その意味で、老健は立派な最後の生活場所になり得ると、私どもでは考えています。

ちなみにですが、私どもがお手伝いをして老健に入っていただいた方は、直近の5年間で100人を超えています。そのうちの誰ひとりとして、3ヶ月で退所させられた人はいませんし、老健で他界された18名を除き、みなさん現在も老健で生活していらっしゃいます。



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