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【百寿コンシェルジュ・神崎眞のエピソードファイル】認知症介護の迷宮(9)

義母の入院は2ヶ月を過ぎた。原則として2ヶ月が入院期間の限度ではあったが、神崎のバックアップもあり、期間を延長してもらえている。

相談員に対しては、「なかなか金額的に条件に見合う物件がなく、徐々に都下のほうまで対象を広げている。多少遠方になったとしても、近々必ずハッキリさせるので、もう少しだけ猶予をいただきたい」といった主旨のことを、神崎も含め、3人三様に伝えていた。 

その甲斐あって、もう1ヶ月、入院の延長が認められたのだった。何から何までが、神崎の読み通りに進んでいた。最長であと3ヶ月はこのままでいけそうだと、神崎は予測していた。ギリギリまで入院を引っぱって、土壇場で老人保健施設を紹介してもらうのが作戦だった。実際に、神崎自身、自分の母親を認知症病棟に丸1年もの間、滞在させたという話だった。

はじめての施設見学のあと、さらに老人ホームを3件、グループホームを4件見学する機会を持ったものの、結局、老人ホームに適当な物件はなかった。グループホームも含めて、やはり月額20万円を超えてしまうという点がネックとなり、和彦は結論を出せずにいたのだ。そこへ神崎から提案があったようだ。

その晩、和彦から聞かされた話はこうだ。

「今日、神崎さんから電話もらってさ、帰りにちょっと会ってきたんだよね」
「へぇ~。飲んだの?」
「ま、軽くね。でさ、なかなか決めかねているようだけど、お金のことがネックなのであれば、ひとつ提案があるって」
「提案?」
「ああ。神崎氏が言うには、例の中間施設? 老健っていうらしいけどさ。老健は中身は違うけど、知らない人が見たら、病院なんだって。現に、医者も看護師も常駐してるんだ。ただ、基本的に病院に入院してた人が自宅とか老人ホームとかに移るための準備施設? 要は次の行き先に移るまでの間、リハビリとかをやるイメージだな。そういうのを中間施設っていうみたいだね」
「わたしも、そんな話は聞いた記憶がある」
「そうか。それでさ、老健が中間施設っていうのは建前でさ。結局、最後の最期まで老健で過ごす人も相当多いらしいんだよね。なんでも、認知症の人は老健でさいごまで過ごすのがベスト・・・っていうのが神崎さんの持論でさ、これまでに100人近く老健に入所させてきたって。神崎さんのお母さんなんて、丸5年も老健で暮らして看取ってもらったそうだから」
「5年も! あっ。だんだん思い出してきたわ。で、しかも、安いんでしょ?」
「そのとおり。おふくろのケースなら10万円はかからないって!」
「あのさぁ。あのぉ、あれあれ」
「なに?」
「ええっと、ちょっと待って。あれ、もらったじゃない?」
「なんだよ、あれあれって」

ふたりは顔を見合わせながら吹きだした。
ついに悠子が思い出す。

「ほら、お母さんの世帯を分けたじゃない、区役所行って。それで、限度額認定ってやったでしょ?」
「いや、あんま良くわかんないけど」
「もらったのよ、保険証とおんなじようなものなんだけどね。神崎さんが区役所で手続きして。でね、お母さんは、いくら医療や介護を使っても月額1万5千円だけ払えばいいんだって」
「すごいじゃん」
「だって、そのために世帯を分けたんじゃないのぉ?」
「う~ん。ま、よくわかんないけど、いいや。そうなんだ」
「そうだよ、きっと。最後の最後でこうなってもいいように、ああいう手続きをしてくれたんだよ、きっと」
「だから、10万円で収まるわけか!」
「きっとそうだよ!」

ふたりは遠足前夜の小学生のようにはしゃいでいた。悠子も和彦も、ちょっぴり幸せな気分に浸っていた。

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