【デキる上司の十訓十戒003】ほめ方 ~認めて、称えて、火を点ける「布施」~

続いて「布施」の話です。現在でも「お寺にお布施をする」などと使われていますが、本来は「与える」という意味です。では、何を与えるのか。もちろん、お金や物品を与えるということもあります。それだけでなく、自分が座っている席を譲るとか、場所をつめてスペースを作ってあげるとか、家に泊めてあげるとかする場合にも使われます。他にも知識や情報等々、いろいろあります。でも、上に立つ者にとっていちばん重要なのは、お金や地位や有給を与えてあげることではありません。部下がキチンとやっていることを認めて、称えて、自信を与えてあげることです。

尊敬する上司から褒められれば、おのずと「よし。もっと成長しよう」という前向きな気持ちが漲ってきます。そして、誰に言われたからでもなく、みずから成長しようと努めるようになるものです。だから、部下ひとりひとりのヤル気を高め、職場のムードを前向きなものにし、チームとしてのパフォーマンスを最大化しようと思ったら、この「布施」の本質である「ほめる」ということがとても重要になってくるのです。必要不可欠と言ってもいいでしょう。

それでは、この「布施」について、①日常的な認め方 ②ここぞという時の称え方 ③成果が出なかったときの火の点け方 の3ケースに分けてお話していきましょう。

【日常的な認め方】

まずは、「日常的な認め方」から。人心掌握における「布施」とは、機を見てはマメにほめてあげることといっていいでしょう。ところが、部下を称えることに難色を示す上司はいまだ多いものです。そんな彼らの口からは、「褒めるところがない」「安易に褒めたら頭に上がる」「自分だって褒められたことがないのに、なぜ部下だけを褒めなくちゃいけないんだ」「自分のほうが相手より劣っていることを認めるようで気が進まない」等々。いろいろな理由が出てくるのですが、時代は変わったのです。そんなのはもう100年古い。

大体、「褒めるところがない」等と平然と言い放つというのは、上司として部下の観察が足らないのです。煮ても焼いても喰えないような部下であっても、ひとつやふたつ、必ず良いところを持っている筈です。そこを見出して、気づかせてあげることが上司の重要な役割です。つまり、「認める」という行為はゴマスリやおべんちゃらではなくて、部下を伸ばし開花させるために水を与えることなのです。さしあたり、昭和時代の固定観念をリセットしてください。でないと、上司であるあなた自身が会社からリセットされてしまいますよ。

とにかく、部下を認めるという行為をあまり大袈裟に考えないことです。時間通り持ち場にスタンバイしているとか、任された仕事の提出期限を守るとか、電話できちんと丁寧語が使えているとか、身だしなみがいつもきちんとしているとか、いつもモリモリ美味しそうに食べるとか……。何でもいいのです。普通に当たり前にやっていることに対して、「私はちゃんと見ているよ」と伝えてあげるだけでいいのです。

逆に言えば、部下のふだんの様子をしっかりと観察しておくべきだということです。日常的な観察があればこそ、ちょっと顔を見かけたときに気の利いたひと言を伝えてあげられるのです。こういうのを、プラスのストロークといいます。これは上司であるあなたが思っている以上に、部下の心に響くものです。たったそれだけで、部下の心にプラスの感情が湧き立ちます。部下をして自分が認知されているとわかり、そこに居場所があることを実感できる。これが部下たちの自信になり、あなたへの好感につながるのです。個々の部下の前向きな気持ちや姿勢がチーム全体に浸透したら、それは絶大なチーム力になります。その恩恵を受けるのは、他ならぬあなたなのですから、ヤラない手はないでしょう? 

繰り返します。「認める」ということを大袈裟に考えないでください。極端に言えば、かつての軍隊教育の時代であれば、「そんなことできてあったりめぇだろうが」・「そんなんでいちいちほめてられっかよぉ」というレベルのことであっても言葉にして伝えてあげるべきだということです。後述する「叱る」と併せて、デキる上司のほめ言葉&叱り言葉が人財育成のガソリンと言われる由縁です。

【認め方サンプル】
 
「木戸さん。あなたの『ハイ』という返事は実に気持ちいい。きっとキミの心がまっすぐなんだろうね。スカッとして、私も背筋がピーンとする思いだよ」

「石田さんのさっきの会議での発言ね、とっても斬新な切り口だと私は感心したよ」

「おっ、山本さん、さっそく企画書をまとめてくれたんだね。助かるよ。ありがとう。じっくり拝見させてもらうよ」

「太田さん、今の電話、実に爽やかな応対だったね。きっと相手にも伝わると思うよ」

「あれっ、菊地さん、髪型変えたのかな? 知的な雰囲気が増してグッドだよね」

「竹村さんの字は本当にきれいで丁寧だな。内面のきめこまやかさが表れてるんだよね」

【ここぞという時の称え方】

つぎに、「ここぞという時の称え方」です。難攻不落の見込客から受注したとか、年間売上でトップになったとか、顧客からお褒めの言葉をいただいたとか、見事なトッププレゼンテーションをやってのけたとか……。なにか「これは!」という成果を収めたとき。他のメンバーにも是非とも倣ってほしいというアクションに対して。こういう時には声を大にして、ホットに称えてあげたいものです。できればチーム全員の前で、時には全体会議で、成果を出した部下が、みずからを誇らしく思えるような演出をしてあげればベターです。

その際に、大切なことがふたつあります。ひとつは、称える時の言い回しです。「山田さんはいつも字が丁寧だね」というのはダメです。ダメというか、効果が少ない。この言い方だと、褒められた部下側のモチベーションが長持ちしないのです。

ではどうすればいいかというと、主語を一人称(I)にする。「私はね、山田さん、あなたがいつも斬新で、見るものをハッとさせるような提案書を作ってくれるから、とっても頼もしくて感心しているんだよね」といった具合です。主語を「わたし」にすることで、相手の心への染み込み具合が格段と増すことがわかっています。心理学で検証されている話です。

もうひとつは、具体的に称えるということです。つまり、称えるネタがいるわけです。そもそも、例えば無遅刻無欠勤のような、客観的に見て「そんなの当然でしょ」とか「オレだってそうだし」とか受けとめられてしまう程度の内容でパンパカパーンをやらないことです。だからこそ、「ここぞ」の時の称え方なのです。

【称え方サンプル】

「今回の提案書は、下調べの段階で相当きめこまかい情報収集ができた点がすばらしかったよな。回を追うごとにブラッシュアップされてて、私はちょっぴり感動したよ」

「前田さんは実に仕事が丁寧で早い。うちの課のリーダーになってくれる日も近いんじゃないかって期待しているんだよね」

「私は、キミが毎日だれよりも早く出社して準備している姿を見ててね、なんかやってくれそうだなぁって感じているんだよね」

「渡辺さん、ナイス・プレゼンテーション! 簡潔にポイントがまとまってたね。ビジュアルもスピーチもバッチリで、私も鼻が高かったよ」

「新人時代は情熱で押しまくるようなところがあったよね。最近は、客観的データで裏づけることで説得力が増してきた。私としても頼もしい限りだよね」

「清水さんの接客は、何かこう、大切な身内と向き合っているかのような自然な親しみやすさがあって素敵だよね。接客時に何か意識していること、あるのかな?」

目を見張る成果に加えて、その部下のふだんのプロセスを認めて称えてあげるのです。だから、ここでもやはり、日常的な部下の観察が必要となってくるわけです。こんなふうに具体的に褒められた部下は、上司であるあなたがちゃんと自分のことを見ていてくれるのだなぁと実感することができて、さらにあなたの期待に沿えるようがんばろうという気持ちを掻きたてられるのだと思います。結局のところ、部下は会社や組織のためというよりは、上司であるあなたのために働いているようなところが多かれ少なかれあるものなのです。

【成果が出なかった時の火の点け方】

さいごは、「成果が出なかった時の火の点け方」です。結果的に失敗したとしても、失敗は成功の母です。私たちだって、そういう失敗の中から何かを学び、次につなげてきたからこそ現在があるわけです。だから、全力で取り組んだ結果の失敗であれば、そのプロセスにフォーカスして称えてあげるべきです。客観的な白黒がつきやすい営業部門であればなおのこと、評価すべきところはしっかりと評価してあげたいところです。

そりゃあ、受注できればそれに越したことはありません。が、そんな百発百中などという奇蹟はあり得ないことを私たちは知っています。毎年、予算を達成できれば万々歳です。しかし、いろいろな事情が交錯して、どうしてもダメな時だってあることを私たちは知っています。若くて志に燃えた部下たちが、壁にぶつかったとき何をどう伝えるのか。そこに上司の風格や威厳が出ます。部下の信頼を勝ち取る貴重なチャンスでもあります。

部下の心に響き、「よし、次こそは。期待してくれている上司のためにも、きっとあのお客様から初受注を獲得してみせるぞ」となったら、どんなにすばらしいか。目の前の事象を深く考察し、自発的に創意工夫する、そんな自律した部下を育成していることに他なりません。つまり、「ここぞという時」以上に、「成果が出なかった時」の上司の点火の仕方が部下の未来の浮沈を握っているのです。

【火の点け方サンプル】

「感情的になっているお客様に対して、最後まで丁寧かつ親身に対応できていた。すばらしかったよ。キミが『顧客第一』ということをカラダで理解している証拠だよね」
 
「今回は通らなかったけど、松田さんの業務改善提案は一理あると感じたね。それに、原因分析と解決策が理路整然とつながっていて見事な展開だった。頼もしく感じたよ」

「たしかに予算達成がならなかったのは残念だ。しかし、その一方で、畠山さんが面倒を見てくれた新人たちが確実に育って戦力になってきただろ?チーム全体の底上げを考えたとき、今年のキミの貢献はとても大きいと私は評価しているんだ。本当にありがとう」

「今回の失注は、客先の希望納期に応えられなかった結果。開発部門も含めた、わが社全体の問題だと思ってる。榊原さんは、考え得るあらゆる工夫を凝らして、客先と開発の両方とギリギリまで粘ってくれたじゃないか。私的には、営業の鑑だと思っているよ」

「今回は、たしかに成約には至らなかった。でもね、私はキミを高く評価しているよ。これまで先輩たちがモノにできなかった提案機会をもらって、最終的にはトッププレゼンテーションまで持ち込んだんだ。先方との良好な関係性を構築したからこそじゃないかな。だから、そう落ち込むことはないよ。この経験が必ずつぎに生きてくると思う。キミならきっと、つぎはどうやって攻略すればいいのか、もう対策を考え始めているんじゃないか?そんなキミを、私は誇らしく思っているからね」
 
「見通しがつくところまで何とか自分の力で持っていこうとしたのは、望月さんの責任感の表れだろうね。それは大したもんだ。次からは明確にデッドラインを意識して、先輩たちや私をうまく使うことも考えてみようよ。私たちはチームなんだからさ」

【インセンティブとモチベーション】

こうして見てくると、「布施」には部下の仕事人生を変える力が秘められていることをご理解いただけるのではないでしょうか。そして、部下のみならず、職場や組織全体をも。

飲み代を奢ってやったり、有給を取得させてやったり、さらには賞与を出してあげたりしても、お金やモノでは一過性の満足しか与えることができません。それどころか、繰り返し要求するようになってしまう。お金やモノを与えないと動かなくなってしまうのです。こういうのを外的動機づけ(インセンティブ)と言います。

そうではなくて、きわめて低コストで効果を持続しようとするならば、部下の内的動機づけ(モチベーション)に働きかけるべきでしょう。そのための具体的方法論が「布施」の「認め方、称え方、火の点け方」なのです。

心理学者のマズロー(20世紀を代表する米国の心理学者)によれば、元来、人間には古今東西・老若男女を問わず共通する根源欲求があります。人は誰しも、他者から「好かれたい(愛されたい)」「ほめられたい」「必要とされたい」「信頼されたい」「期待されたい」ものなのです。人の5大根源欲求です。ほめる時にここを刺激してやることで、部下の意欲がいっそう掻きたてられるのです。

日常的にほめ言葉を「布施」してやれば、きっと部下の心に変化が生じてくるはずです。「ああ、課長は僕のことを見ていてくれてるんだな」「ここには自分の居場所があるんだな」「気にかけてくれている課長のためにもがんばらなきゃな」等々。日常的に目をかけてくれて、きちんと視界に入れてくれている上司であればこそ、ここぞという時の叱咤や苦言も効いてくるのではないでしょうか。

【時には自分自身に布施を与えよう】
 
この布施のすごいところは、自分自身にも使えるところです。役職が上になればなるほど、他者から褒められる機会も減ってくるものです。でも本来は、前向きに仕事に取り組んでいくためには、誰かから褒めてもらうことが必要です。職場でも家庭でも褒めてもらえないから、褒めて欲しくって夜の街に繰り出すことになります。クラブやキャバクラのビジネスモデルは40年以上も変わっていません。褒めて気持ち良くさせてもらうことの対価として、結構な金額を支払っているわけです。この商売はこれから先もなくならないでしょう。個人的には、客を褒めるのが上手でない女性が増えてきたようには思いますが(笑)。

ちなみに、アスリートの世界でも、イメージトレーニングの主要アイテムとして自画自賛型の布施が使われています。昔なら読売巨人軍の桑田投手。最近なら、楽天イーグルスからヤンキースに行った田中将大投手。彼らは試合でピンチになると、マウンド上で、ボールを見ながら何やらブツブツつぶやいていました。あれは、「お前はエースなんだ。ふだんどおりに投げれば打たれるはずがない。だって、あれだけ過酷なトレーニングに耐えてきたのだから」みたいことを、自分で自分に言い聞かせているのです。変な人なわけではありません。この言葉の力で緊張や萎縮から解き放たれ、モチベーションが上がり、いつもどおりのパフォーマンスを発揮することが可能になるのです。

【効果的な布施は主語をIにして】

俗に、モチベーションは人財育成のエンジンと言われます。褒め言葉は人財育成のガソリンと言われます。部下に早く一人前に育ってもらって、組織に貢献してもらいたいと思うのならば、褒め言葉を、主語をIにして、こまめに発信してあげることです。思い返せば私たちだって、尊敬する(好きな)上司からの気の利いた褒め言葉で、「よぉし。もう一丁やってやるか」と自らを鼓舞し、心が折れたり萎えたりするような状況も乗り切ってきたのではありませんか? そんなカッコイイ上司になんぞ出会わなかったという人でも、たまたま観た映画の主人公のセリフ、好きな作家の小説に登場するフレーズ、好きなアーティストの楽曲の歌詞などに勇気づけられた経験があるはずです。だから人の上に立ったいま、今度は私たちの番です。何かの縁があってあなたの部署に配属された部下たちに、気の利いたメッセージを送ってあげたいものです。上司と部下の間には、両者が出会った意味がきっとあるはずですからね。

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